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私が手にした巻物を床に投げると、それは重厚な絨毯の上をコロコロと転がり、エリオット殿下の足元まで届いた。
その長さ、およそ三メートル。
「な、なんだこれは……。おい、どこまで続くのだ!」
殿下が震える指で巻物を指さすと、私は扇を広げて優雅に笑った。
「あら、ただの『リスト』ですわ。殿下との有意義な婚約期間中、私が我慢して差し上げたプレゼントの数々……。それらを全て、現在の市場価値に換算した慰謝料の請求目録でございます」
「が、我慢した……だと? 貴様、毎回あれほど嬉々として宝石をねだっておきながら、よくもそんな口が叩けたものだ!」
「お言葉ですが殿下。あのような『そこそこの品』で喜んで差し上げたのは、私の並々ならぬ女優魂ゆえですわ」
私は一歩、殿下の方へ詰め寄った。
「本当は、ダイヤモンドのカラット数があと二つは欲しかったですし、ルビーの産地もピジョンブラッドにこだわってほしかったですの。それを殿下の懐事情を察して、あえて『その程度』で妥協して差し上げましたのに……」
私はチラリと、セシル様の偽ガラスに目を向けた。
「まさか、本物の宝石を贈る体力さえ残っていないほど、王家の台所事情が火の車だったなんて。そんな方にこれ以上おねだりをするのは、公爵令嬢としての慈悲の心に反しますわ。ですから、婚約破棄という形で縁を切ってくださって、むしろ感謝しておりますのよ?」
「き、貴様ぁ……! 私を、王家を侮辱する気か!」
「滅相もございません。ただ、実利の話をしましょうと言っているのです。……さあ殿下、そのリストの三ページ目をご覧くださいませ」
殿下は顔を真っ赤にしながらも、渋々といった様子で巻物を手繰り寄せた。
「な……『王立庭園の黄金薔薇、現物十株』……? さらに、『隣国から献上された伝説の絹織物、一反』だと!? こんなもの、王妃の戴冠式でもなければ動かせない品だぞ!」
「ええ。ですが、婚約破棄によって私が被る『精神的苦痛』は、その程度では到底癒えませんわ。……ああ、そうだわ。もし用意が難しいのでしたら、そちらのセシル様がつけていらっしゃる……あ、いえ、偽物はいりませんでしたわね。おーほっほっほ!」
会場のあちこちから、必死に笑いを堪えるような「ブフォッ」という音が聞こえ始めた。
もはや、この場を支配しているのは不実を糾弾する王子ではなく、圧倒的な物欲を正論で武装した私だった。
「リーナ様、あまりにも酷すぎます……! エリオット様を、お金や物でしか見ていらっしゃらないなんて……」
セシル様が涙を浮かべて割って入ってきた。
彼女の武器は、その「健気さ」なのだろう。
だが、私には通用しない。
「あらセシル様。物でしか見ていないのではなく、『物は嘘をつかない』と言っているのですわ。愛だの心だのという形のないものは、いくらでも偽造できますけれど……宝石の輝きと金の純度は、鑑定すればすぐに分かりますもの」
私は彼女の目を真っ直ぐに見つめた。
「あなたのように『一輪の花でいい』なんて言う女性がいるから、男性のセンスが磨かれないのですわよ? それとも、あなたは本当に、その首のガラス玉がダイヤモンドだと信じ込まされて幸せなのですか? だとしたら、あまりに同情いたしますわ」
「ぐ、うう……!」
セシル様は言葉に詰まり、唇を噛み締めて俯いた。
おそらく、彼女も心の中では「本物が欲しい」と思っていたに違いない。
そうでなければ、婚約者のいる王子に近づき、王妃の座という「最高のプレゼント」を狙うはずがないのだから。
「殿下、返答は後日、我が家の家令を通じて行わせていただきますわ。リストにある品を全て揃えるか、同等の価値がある領地を割譲するか……じっくりとお考えくださいませ」
「ま、待てリーナ! 話はまだ終わっていない! 警備兵! この不遜な女を捕らえろ!」
殿下が叫んだが、周囲の兵士たちは戸惑ったように顔を見合わせるばかりだった。
それもそのはず。私の父、メルヴェイユ公爵は、この国の軍事予算の半分を握る大パトロンなのだ。
「兵士の方々。明日、私の実家から皆様に『慰労品』として最高級の干し肉と地酒が届く予定ですわ。どうぞ、楽しみにしていてくださいね?」
私がにっこり笑うと、兵士たちは一斉に直立不動の姿勢をとった。
「はっ! ありがとうございます、リーナ様!」
「こ、貴様ら……! 誰の給料で食っていると思っているのだ!」
「殿下、それを言うなら『私の父が納めた税金』ですわよ」
私は最後にもう一度、深く優雅なカーテシーをして見せた。
「それでは皆様、ごきげんよう。……ああ、殿下。リストの最後に載せた『幻の青い蝶の標本』だけは、絶対に忘れないでくださいませね。あれ、ずっと欲しかったんですの!」
私は振り返ることなく、大夜会の会場を後にした。
背後でエリオット殿下が何かを叫んでいたけれど、私の頭の中はすでに、実家に帰ってから始める「コレクション整理」のことでいっぱいだった。
(さて、まずは自室の金庫を空にして、新しい慰謝料を迎え入れる準備をしませんと……!)
夜風が心地よく、私のドレスを揺らす。
婚約破棄。それは、新しいプレゼントとの出会いの合図。
私の、欲望に忠実で煌びやかな新しい生活が、今幕を開けたのだ。
その長さ、およそ三メートル。
「な、なんだこれは……。おい、どこまで続くのだ!」
殿下が震える指で巻物を指さすと、私は扇を広げて優雅に笑った。
「あら、ただの『リスト』ですわ。殿下との有意義な婚約期間中、私が我慢して差し上げたプレゼントの数々……。それらを全て、現在の市場価値に換算した慰謝料の請求目録でございます」
「が、我慢した……だと? 貴様、毎回あれほど嬉々として宝石をねだっておきながら、よくもそんな口が叩けたものだ!」
「お言葉ですが殿下。あのような『そこそこの品』で喜んで差し上げたのは、私の並々ならぬ女優魂ゆえですわ」
私は一歩、殿下の方へ詰め寄った。
「本当は、ダイヤモンドのカラット数があと二つは欲しかったですし、ルビーの産地もピジョンブラッドにこだわってほしかったですの。それを殿下の懐事情を察して、あえて『その程度』で妥協して差し上げましたのに……」
私はチラリと、セシル様の偽ガラスに目を向けた。
「まさか、本物の宝石を贈る体力さえ残っていないほど、王家の台所事情が火の車だったなんて。そんな方にこれ以上おねだりをするのは、公爵令嬢としての慈悲の心に反しますわ。ですから、婚約破棄という形で縁を切ってくださって、むしろ感謝しておりますのよ?」
「き、貴様ぁ……! 私を、王家を侮辱する気か!」
「滅相もございません。ただ、実利の話をしましょうと言っているのです。……さあ殿下、そのリストの三ページ目をご覧くださいませ」
殿下は顔を真っ赤にしながらも、渋々といった様子で巻物を手繰り寄せた。
「な……『王立庭園の黄金薔薇、現物十株』……? さらに、『隣国から献上された伝説の絹織物、一反』だと!? こんなもの、王妃の戴冠式でもなければ動かせない品だぞ!」
「ええ。ですが、婚約破棄によって私が被る『精神的苦痛』は、その程度では到底癒えませんわ。……ああ、そうだわ。もし用意が難しいのでしたら、そちらのセシル様がつけていらっしゃる……あ、いえ、偽物はいりませんでしたわね。おーほっほっほ!」
会場のあちこちから、必死に笑いを堪えるような「ブフォッ」という音が聞こえ始めた。
もはや、この場を支配しているのは不実を糾弾する王子ではなく、圧倒的な物欲を正論で武装した私だった。
「リーナ様、あまりにも酷すぎます……! エリオット様を、お金や物でしか見ていらっしゃらないなんて……」
セシル様が涙を浮かべて割って入ってきた。
彼女の武器は、その「健気さ」なのだろう。
だが、私には通用しない。
「あらセシル様。物でしか見ていないのではなく、『物は嘘をつかない』と言っているのですわ。愛だの心だのという形のないものは、いくらでも偽造できますけれど……宝石の輝きと金の純度は、鑑定すればすぐに分かりますもの」
私は彼女の目を真っ直ぐに見つめた。
「あなたのように『一輪の花でいい』なんて言う女性がいるから、男性のセンスが磨かれないのですわよ? それとも、あなたは本当に、その首のガラス玉がダイヤモンドだと信じ込まされて幸せなのですか? だとしたら、あまりに同情いたしますわ」
「ぐ、うう……!」
セシル様は言葉に詰まり、唇を噛み締めて俯いた。
おそらく、彼女も心の中では「本物が欲しい」と思っていたに違いない。
そうでなければ、婚約者のいる王子に近づき、王妃の座という「最高のプレゼント」を狙うはずがないのだから。
「殿下、返答は後日、我が家の家令を通じて行わせていただきますわ。リストにある品を全て揃えるか、同等の価値がある領地を割譲するか……じっくりとお考えくださいませ」
「ま、待てリーナ! 話はまだ終わっていない! 警備兵! この不遜な女を捕らえろ!」
殿下が叫んだが、周囲の兵士たちは戸惑ったように顔を見合わせるばかりだった。
それもそのはず。私の父、メルヴェイユ公爵は、この国の軍事予算の半分を握る大パトロンなのだ。
「兵士の方々。明日、私の実家から皆様に『慰労品』として最高級の干し肉と地酒が届く予定ですわ。どうぞ、楽しみにしていてくださいね?」
私がにっこり笑うと、兵士たちは一斉に直立不動の姿勢をとった。
「はっ! ありがとうございます、リーナ様!」
「こ、貴様ら……! 誰の給料で食っていると思っているのだ!」
「殿下、それを言うなら『私の父が納めた税金』ですわよ」
私は最後にもう一度、深く優雅なカーテシーをして見せた。
「それでは皆様、ごきげんよう。……ああ、殿下。リストの最後に載せた『幻の青い蝶の標本』だけは、絶対に忘れないでくださいませね。あれ、ずっと欲しかったんですの!」
私は振り返ることなく、大夜会の会場を後にした。
背後でエリオット殿下が何かを叫んでいたけれど、私の頭の中はすでに、実家に帰ってから始める「コレクション整理」のことでいっぱいだった。
(さて、まずは自室の金庫を空にして、新しい慰謝料を迎え入れる準備をしませんと……!)
夜風が心地よく、私のドレスを揺らす。
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私の、欲望に忠実で煌びやかな新しい生活が、今幕を開けたのだ。
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