婚約破棄?悪役令嬢は、貢がれすぎて幸せを掴む

黒猫かの

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ノイシュタットの港が黄金色に染まっていた頃、ヴァルキール王国の王宮では、全く別の意味で「血の気が引く」ような事態が起きていました。


「……どういうことですの!? この請求書の束は!」


離宮のガランとした広間で、セシルが絶叫しました。


彼女の前には、王宮の財務官たちが青い顔をして列を成し、手には入り切らないほどの書類を抱えています。


「セシル様、申し訳ございません。これらはすべて、お父上である男爵様が『将来、娘が王妃になれば返済する』という条件で、公爵家関連の商会から借り入れていた資金の催促状でございます」


「お、お父様が……? そんなの知らないわよ! 私は被害者よ!」


「いいえ、セシル様。それだけではございません。あなたがこの一ヶ月で勝手にお付けになった『王妃御用達予定』の宝石商やドレスメーカーからの請求も、すべて支払期日を過ぎております。……合計で、金貨三万枚分になります」


「さ、三万……!?」


セシルの喉がヒュッと鳴りました。金貨三枚のガラス玉で喜んでいた「清らかな乙女」の裏の顔は、父親の放蕩と自身の見栄が生み出した、底なしの「負債の怪物」だったのです。


「リーナ様がいらっしゃった頃は、公爵家の威光でこれらも『無利子での据え置き』、あるいは『公爵家による肩代わり』が行われていたのですが……。あの方が去り際に、すべての債権を第三者の商会……アウレウム商会に売却されまして」


「アウレウム商会……! あのアバズレ令嬢が今いるところじゃない!」


セシルが地団駄を踏んだその時、扉が力なく開き、潮風と屈辱にまみれたエリオット殿下がよろよろと入ってきました。


「……セシル。戻ったぞ……」


「エリオット様! 遅かったじゃない! この状況をなんとかしてよ! あいつよ、あのリーナが裏で手を引いているのよ!」


セシルが縋り付こうとしましたが、エリオットは彼女を突き放し、ヴィクトールから投げつけられた「金貨の袋」を机に叩きつけました。


「……これだ。これでどうにかしろ。……ヴィクトールに、私の愛を買い取られた代金だ」


「金貨!? まあ! さすがエリオット様、やっぱり頼りになるわ!」


セシルは手のひらを返したように笑い、袋に飛びつきました。


しかし、中身をぶちまけた瞬間、彼女の顔から笑顔が消えました。


「……な、何これ。これだけ? ……千枚? たったの千枚なの!?」


「……たったの千枚だと? セシル、君は銀貨三枚の首飾りで満足する女ではなかったのか?」


エリオットの冷めた視線が、セシルを射抜きました。


「そんなの建前に決まってるでしょ! 千枚なんて、私のドレス一着分にもならないわよ! だいたい、あんたがリーナを適当にあしらっておけば、今頃こんな借金に追われることもなかったのに!」


「……君、今、なんと言った?」


「あんたが無能だからよ、このカボチャ頭! 愛だの心だの言ってる間に、リーナは世界一の金持ちを捕まえたじゃない! 私はあんたのその情けない顔を見るのも飽きたわ!」


セシルはエリオットの足元に落ちた金貨を、必死にドレスの裾でかき集め始めました。


その姿には、かつての健気な令嬢の面影など微塵もありません。


「……ああ。……あああ……。私は、一体何を捨てて、何を手に入れようとしていたんだ……」


エリオットは、ガランとした自室の壁を見つめ、力なく笑い出しました。


彼は、自分の「真実の愛」という幻想が、巧妙な金銭のやり取りと、一人の令嬢の徹底した「管理」の上に成り立っていたことを、ようやく、そして完全な手遅れの状態で悟ったのです。


そこに、さらに追い打ちをかけるように侍従長が駆け込んできました。


「殿下! 大変です! 公爵家……リーナ様の父君より、『婚約破棄による慰謝料が未納であるため、本日をもって王宮の厨房への食材供給を停止する』との通告がありました!」


「食い物まで……!? リーナ様、あの方は、あの方は本気で私たちを干し殺す気だわ!」


侍女たちが泣き叫ぶ中、セシルは金貨を抱きしめたまま、誰にも渡すまいと唸り声を上げていました。


ヴァルキール王宮。かつてリーナの物欲によって煌々と輝いていたその場所は、今や借金と罵声、そして空腹の絶望が渦巻く「黄金の牢獄」へと変貌したのでした。


一方、ノイシュタットの迎賓館で、エボニー(黒檀)のテーブルに並ぶ豪華な料理を眺めていた私は、ふと窓の外を見ました。


「あら……? なんだか遠くの方で、カラスが鳴いているような気がいたしますわね。お腹でも空いているのかしら?」


「ハハッ。きっと、自分の価値を見誤った哀れな鳥たちが、エサを探して彷徨っているんだろう。……さあリーナ、この『虹色のキャビア』を食べてごらん。君の瞳のように輝いているよ」


「まあ! ヴィクトール様、あなたという方は、本当に私を飽きさせませんわね!」


私は優雅にフォークを動かし、最高の贅沢という名の「勝利」を味わうのでした。
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