悪役令嬢は婚約破棄に舞い踊る!

黒猫かの

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「次の方、どうぞ。面談のお時間です」


王宮の大会議室。


そこに据えられた長机の中央に私が座り、右にリリア、左にギルバート様(威圧担当)が控えている。


ここは、本日から始まった『王宮職員適性検査および進退面談』の会場だ。


重い扉が開き、脂ぎった顔の中年男が入ってきた。


財務大臣のバロン侯爵だ。


彼は尊大な態度で椅子に座り、葉巻を取り出した(すぐにギルバート様が剣の柄を鳴らしたので、慌ててしまったが)。


「ふん、小娘が。私が誰だか分かっているのか? この国の財布を握る財務大臣だぞ。お前のような部外者に審査される覚えはない!」


「財布を握っているのは貴方ではなく、国民の税金です」


私は冷ややかに返し、リリアに目配せした。


「リリア、報告を」


「はい! バロン侯爵、過去三年の経費申請書に不審な点が多々あります!」


リリアが分厚いファイルを机に叩きつける。


「まず、毎月定額で計上されている『特別会議費』。これ、実際には貴族街の高級クラブの飲み代ですよね? 店の領収書と日付が完全に一致しています」


「な、何を……!」


「次に、『視察旅行費』。行き先がすべて温泉地なのは偶然ですか? しかも、現地での会議記録が一行もありません。あるのは『マッサージ代』と『芸者代』の請求書だけです!」


「ぐぬぬ……そ、それは外交の一環で……!」


「さらに!」


私が追撃する。


「貴方が管理している『裏帳簿』の写しを入手しました。王宮の改修工事費を水増しし、その差額を自分の隠し口座に送金していますね? 横領額、金貨二千枚」


「ば、馬鹿な! なぜそれを!?」


「私の『幽霊情報網』を甘く見ないでください。夜中に貴方の執務室に忍び込み、金庫の中身を確認するのは造作もないことです」


ジョセフたちが「へへへ、寝顔がマヌケだったぜ」と天井から顔を出す。


バロン侯爵の顔色が青ざめる。


「こ、公金横領罪で告発しますか? それとも、全額返済して辞表を書きますか?」


「ふ、ふざけるな! 衛兵! 衛兵はおらんか! この無礼な女を捕らえろ!」


侯爵が叫ぶと、扉が開き、数人の屈強な兵士たちが雪崩れ込んできた。


彼が個人的に雇っている私兵だ。


「やれ! こいつらを叩き出せ!」


兵士たちが剣を抜き、私に向かって殺到する。


リリアが「ひっ」と身をすくめる。


だが、私は動かない。


紅茶を一口すする余裕さえあった。


なぜなら。


「……私のパートナーに、剣を向けたな?」


ドォォォォン……!!


室内の気圧が急激に下がった。


私の隣に座っていたギルバート様が、ゆっくりと立ち上がったのだ。


抜剣すらしていない。


ただ、彼から放たれる『殺気』だけで、空気が凍りついたように重くなる。


「あ、あ……」


先頭を走っていた兵士が、泡を吹いて倒れた。


続く兵士たちも、ギルバート様のアイスブルーの瞳に見据えられただけで、蛇に睨まれた蛙のように硬直する。


「ご苦労様です、ギルバート様。……掃除をお願いできますか?」


「ああ。一秒で終わらせる」


ギルバート様が消えた。


そう錯覚するほどの神速。


ガキンッ! ドカッ! バキッ!


一瞬の交錯の後、兵士たちは全員、武器を破壊されて床に転がっていた。


「ひ、ひぃぃぃッ!! 化け物だぁッ!!」


バロン侯爵が椅子から転げ落ち、這いつくばって逃げようとする。


その背中を、ギルバート様が革靴でグリグリと踏みつけた。


「逃げるのか? まだ面談は終わっていないようだが」


「や、辞めます! 辞めさせていただきます! 金も返します! だから命だけは助けてくれぇ!」


「承認します」


私は辞職届(あらかじめ名前以外は書いておいたもの)を彼の目の前に差し出した。


「サインを。震えて読めない字は無効ですよ」


侯爵は泣きながらサインをし、ギルバート様に襟首を掴まれて退室していった。


「はい、次の方ー!」


          ◇


その後も、面談(という名の断罪)は続いた。


無能な外務大臣、賄賂まみれの建設長官、仕事もせずにナンパばかりしている近衛騎士隊長……。


次々と悪事が暴かれ、リストラされていく。


夕方になる頃には、王宮の主要ポストの半分が空席になってしまった。


「ふぅ……だいぶスッキリしましたね」


私は大きく伸びをした。


「ですが師匠、人が減りすぎて業務が回りません!」


リリアが空席だらけの組織図を見て悲鳴を上げる。


「大丈夫。無能な人間が百人いるより、優秀な人間が十人いる方が組織は回ります。……それに、補充要員なら心当たりがありますし」


「え?」


「私がリストアップした『不遇の有能者たち』です。家柄や派閥のせいで冷遇されていたけれど、実務能力はずば抜けている若手官僚や地方貴族たち。彼らを抜擢します」


私は新しい組織図を広げた。


それは、実力主義に基づいた、筋肉質で効率的な最強の布陣だ。


「なるほど……! これならいけます!」


リリアが目を輝かせる。


「さて、本日の業務はこれまで。残りは明日にしましょう」


私が立ち上がると、ギルバート様が近づいてきた。


「お疲れ様、チューナ。……見事な手腕だった」


「貴方こそ。あの『無刀取り』、お見事でした。オプション料金を払わなければなりませんね」


「金はいらない。……代わりに、少し付き合ってくれないか?」


「え?」


ギルバート様に誘われ、私たちは王宮のバルコニーに出た。


夕日が沈み、王都に明かりが灯り始めている。


風が心地よい。


「……静かだな」


ギルバート様が手すりに寄りかかり、街を見下ろす。


「ええ。ゴミが一掃されましたから、空気も美味しいです」


「君のおかげだ。……正直、最初は驚いた。君がここまで冷徹になれるとは」


「幻滅しましたか?」


「逆だ」


ギルバート様が私の方を向く。


夕日を背にした彼の表情は、今まで見たどの瞬間よりも優しく、そして熱を帯びていた。


「惚れ直した」


「……っ」


不意打ちだった。


「君は、誰よりもこの国のことを……いや、現実を見ている。甘い言葉で誤魔化さず、汚れ役を引き受けてでも、必要なことを断行する強さがある」


彼は私の頬に手を伸ばし、そっと触れた。


その指先は、剣を振るう人のものとは思えないほど温かい。


「私は、そんな君だからこそ、生涯をかけて守りたいと思うのだ」


「……ギルバート様」


私は胸の高鳴りを抑えようとしたが、無駄だった。


計算ができない。


損得勘定が働かない。


ただ、顔が熱くて、心臓がうるさい。


「……契約内容の確認です。その『守る』には、私の老後の安泰も含まれますか?」


照れ隠しに、そんな憎まれ口を叩いてしまう。


だが、彼は嬉しそうに笑った。


「ああ、もちろんだ。君が白髪のお婆ちゃんになっても、私が隣でマッサージを……いや、エスコートをし続けよう」


「それは……悪くない条件ですね」


私が微笑み返すと、彼が顔を近づけてくる。


(キス……!?)


私は目を閉じた。


その時。


「し、師匠ー!! 大変ですー!!」


バルコニーの扉が勢いよく開き、リリアが飛び込んできた。


「!!??」


私たちは弾かれたように離れた。


「な、何ですかリリア! 空気(ムード)を読みなさい!」


「す、すみません! でも緊急事態なんです!」


リリアは顔を真っ赤にして叫んだ。


「国王陛下が! 『チューナ嬢に王位を譲る』と言い出しました!」


「はあ!?」


「『わしにはもう無理だ。あの女傑に国を任せて、わしは隠居したい』って! 今、譲位の書類を書いてます!」


「止めて!! 全力で止めて!!」


私は絶叫した。


「私は王妃なんてまっぴらごめんよ! 責任重大で給料は税金頼み、しかもプライベートなしのブラック職じゃない!」


「でも陛下、本気です! 『王冠をかぶった悪魔』って泣いてます!」


「誰が悪魔よ!」


私はドレスの裾を捲り上げ、執務室へと走り出した。


「ギルバート様、ロマンスは一時中断です! 王位継承を阻止します!」


「……やれやれ。君といると退屈しないな」


ギルバート様は苦笑しながら、私の背中を追って走り出した。


甘い時間は一瞬で終わったが、不思議と悪い気分ではなかった。


私たちの「契約」は、まだまだ波乱含みで続きそうだ。
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