悪役令嬢は婚約破棄に舞い踊る!

黒猫かの

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「きゃあああッ! 空が! 空が割れたわ!」


王宮の衣装室で、最終フィッティングを行っていたその時だった。


窓の外を見ていたアンナが悲鳴を上げた。


「何事? 空が割れるなんて、そんな物理的にあり得ない……」


私がドレスの裾を持ち上げて窓に駆け寄ると、そこには信じられない光景が広がっていた。


真っ青だったはずの王都の空に、巨大な亀裂が走り、そこからドス黒い瘴気が滝のように溢れ出していたのだ。


ズズズズズ……。


地鳴りと共に、王都全体が不気味な紫色に染まっていく。


「な、なんですかあれは!?」


「お嬢様! 懐! 懐が光っております!」


ジョセフの指摘で視線を落とすと、ドレスのポケットに入れていた『星の涙』が、まるで心臓のようにドクンドクンと赤黒く脈動している。


「熱っ!?」


火傷しそうなほどの熱さだ。


私は慌てて石を取り出し、床に放り投げた。


石は床の上で転がりながら、さらに輝きを増し、天井を突き抜けるような光の柱を立ち昇らせた。


「……共鳴している?」


その光の柱が、空の亀裂と繋がった瞬間。


バリバリバリッ!!


雷鳴のような音と共に、空の亀裂から『何か』が降りてきた。


それは、巨大な黒い影。


翼を生やし、禍々しい魔力を纏った人影が、王宮のテラスへと舞い降りた。


「……見つけたぞ」


深淵から響くような声。


ガラス窓が粉々に砕け散り、暴風が吹き荒れる。


「キャアアアアッ!」


メイドたちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、私は突風に耐えながらその侵入者を睨みつけた。


そこに立っていたのは、全身を漆黒のローブで覆い、手には歪な杖を持った老人だった。


その目は赤く爛々と輝き、人間離れした威圧感を放っている。


「誰ですか? 不法侵入ですよ。ガラスの修理代、請求しますからね」


私は震える足を踏ん張り、虚勢を張って声を上げた。


老人は私を見て、ニタリと笑った。


「威勢がいいな、小娘。……我はガルド帝国宮廷魔導師、ゼルギウス。その石、『星の核』を回収しに来た」


「星の核? これのこと?」


私は床の石を指差した。


「そうだ。それは太古の魔獣を封印した鍵であり、無限の魔力を生み出す増幅器。……愚かな王子がガラクタとして持っていたようだが、まさかこんな所で覚醒するとはな」


「へえ。つまり、市場価格よりも遥かに価値があるということですね?」


私の目が『¥』マークになった(ような気がした)。


「無限の魔力……。それがあれば、国中の照明や暖房をタダにできる。エネルギー革命が起きますね。売却額は国家予算十年分……いや、それ以上」


「……貴様、この期に及んで金の話か?」


ゼルギウスが呆れたように眉をひそめる。


「当たり前です。私は商売人ですから。……でおいくらで買い取ります? 今なら言い値で構いませんよ?」


「買う? 馬鹿め。力ずくで奪うに決まっているだろう!」


ゼルギウスが杖を振ると、黒い衝撃波が放たれた。


「しまっ……!」


私が身構えた、その時。


キンッ!!


金属音が響き、私の目の前に銀色の背中が現れた。


「……私の花嫁に、何をしている?」


ギルバート様だ。


彼は衝撃波を剣で弾き飛ばし、殺気全開でゼルギウスを睨みつけている。


「ギルバート様!」


「遅くなってすまない。……怪我はないか? チューナ」


「ええ、ドレスが少し煤けただけです。クリーニング代は彼に請求します」


「承知した。……慰謝料込みで、高くつかせよう」


ギルバート様が剣を構える。


「ふん、氷の騎士か。人間風情が、大魔導師である我に勝てると思うてか?」


ゼルギウスが詠唱を始める。


「出でよ、暗黒の眷属たち!」


彼の影から、無数の黒い魔獣(オオカミのような形をした影)が湧き出してきた。


「グルルルル……!」


数十、いや数百匹。


部屋の中があっという間に魔獣で埋め尽くされる。


「チューナ、下がっていろ!」


ギルバート様が剣を振るう。


一閃で十匹が消滅するが、すぐに次が湧いてくる。


キリがない。


「くっ……再生能力があるのか!」


「無駄だ無駄だ! この石が我に力を供給し続ける限り、魔獣は無限に湧く!」


ゼルギウスが高笑いする。


(石が力を供給……?)


私は床で光り続ける石を見た。


あれが原因なら、あれをどうにかしないとギルバート様がジリ貧になる。


「ジョセフ! アンナ! あの石を確保して!」


私は叫んだ。


『了解ですぅ!』


幽霊たちが突撃するが、石の周りには強力な結界が張られているようで、弾き飛ばされてしまった。


『熱っ! 無理ですお嬢様! 霊体でも触れません!』


「役立たず!」


その間にも、魔獣たちはギルバート様を取り囲み、牙を剥く。


「ぐっ……!」


ギルバート様の頬に傷ができ、血が流れた。


「ギルバート様!」


私の心臓が凍りついた。


彼が傷つく。


私の大切なパートナーが。私の愛する人が。


「……許さない」


私の中で、何かがプツンと切れた。


計算? 損得? 知ったことか。


「よくも私の『資産(夫)』を傷つけたわね……!!」


私は近くにあった花瓶を掴み、全力でゼルギウスに向かって投げつけた。


「死ねぇぇぇッ!!」


「ぬ?」


ゼルギウスが杖で花瓶を弾く。


その隙だ。


私はドレスの裾を捲り上げ、床を滑り込むようにして石へ向かった。


「チューナ!?」


ギルバート様が叫ぶ。


「触るな! 消し飛ぶぞ!」


ゼルギウスも警告する。


だが、私は止まらない。


「こんな石ころ一つに、私の幸せを邪魔されてたまるもんですかぁぁッ!!」


私は灼熱の光を放つ石を、素手でガシッと掴んだ。


ジュッ!


掌が焼ける音がした。激痛が走る。


だが、離さない。


「熱っ……熱いけど……!! 私の執念(金への執着)の方が熱いわよ!!」


私が石を握りしめると、不思議なことが起きた。


石の赤黒い光が、私の手の中で急速に収束し、優しい青色へと変わっていったのだ。


「な、なんだと!? 魔力を……吸っている!?」


ゼルギウスが驚愕する。


「貴様、何者だ!? ただの人間が、星の核を制御できるはずが……!」


「私はチューナ・ベルガモット! ただの守銭奴よ!」


私は青く輝く石を掲げた。


すると、部屋を埋め尽くしていた魔獣たちが一瞬で霧散した。


「馬鹿な……! 石の主導権を奪われただと!?」


ゼルギウスが後ずさる。


「今です、ギルバート様!」


「ああ!」


ギルバート様が踏み込む。


「覚悟!」


必殺の一撃がゼルギウスに迫る。


だが、老人はニヤリと笑った。


「面白い……。ならば、貴様ごと頂くのみ!」


ゼルギウスが杖を床に突き立てた。


「転移(テレポート)!」


部屋の床が光り、魔法陣が浮かび上がる。


その中心にいたのは、私だ。


「え?」


「チューナ!!」


ギルバート様が手を伸ばす。


その指先が、私の指先に触れた。


けれど、掴めなかった。


視界が歪む。


世界が反転する。


「ギルバート様ぁぁぁーーーーッ!!」


私の絶叫と共に、私は光の中に飲み込まれた。


最後に見たのは、必死の形相で私の名前を叫ぶギルバート様の顔だった。


          ◇


気つくと、私は冷たい石の床の上に倒れていた。


「……痛たた」


体を起こすと、そこは薄暗い牢獄のような場所だった。


鉄格子。湿った空気。そして微かに聞こえる波の音。


「目が覚めたか」


格子の向こうに、ゼルギウスが立っていた。


「ここは?」


「帝国の地下牢……と言いたいところだが、ここは我が居城『浮遊要塞』だ。今は雲の上を飛んでいる」


「浮遊要塞? また金のかかりそうな……」


私は埃を払いながら立ち上がった。


手の中には、まだ青く光る『星の涙』がある。


「返せとは言わぬ。どうやらその石は、貴様を主人として選んだようだ」


ゼルギウスが興味深そうに私を見る。


「貴様を触媒にすれば、この要塞の主砲で王国など一撃で消し飛ばせる」


「……私を電池にするつもりですか?」


「そうだ。光栄に思え。貴様の命で世界が変わるのだ」


ゼルギウスは高らかに笑い、去っていこうとした。


「待ちなさい」


私は彼を呼び止めた。


「なんだ? 命乞いか?」


「いいえ」


私は鉄格子を掴み、鬼のような形相で睨みつけた。


「拘束時間のチャージについてです。私は時給が高いですよ? それに、結婚式の準備を邪魔された精神的苦痛、ドレスの汚損、ギルバート様を傷つけた慰謝料……これらを合計すると、貴方のこの要塞を売っても足りないくらいの金額になりますが」


「……は?」


「覚悟しておきなさい。私のパートナーは、地獄の果てまで追いかけてきます。そして私が解放された暁には……この要塞ごと、貴方の全財産を没収してあげますから!」


「……狂っているのか、貴様は」


ゼルギウスは気味悪そうに吐き捨て、去っていった。


一人残された牢獄。


私は座り込み、膝を抱えた。


手の中の石を握りしめる。


「……ギルバート様」


怖くないと言えば嘘になる。


でも、信じている。


彼は言った。「君が計算を間違えても、私が補填する」と。


「待っています。……早く迎えに来ないと、延滞料金取りますからね」


私は唇を噛み締め、涙をこらえて空を見上げた(天井しかないけれど)。


最終決戦の舞台は整った。


囚われの姫(元悪役令嬢)と、最強の騎士。


愛と金と世界をかけた、最後の戦いが始まる。
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