悪役令嬢よりも私の方が「本物の悪役」になって差し上げますわ!

黒猫かの

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翌日。

コート・ダジュールの白い砂浜は、灼熱の太陽に照らされていた。

波の音がBGMとして響く中、ネットを挟んで対峙する二組のペア。

「オーッホッホ! 覚悟はよろしくて? 負けたら即刻、この別荘から出て行ってもらうわよ!」

リリィ王女が仁王立ちで叫ぶ。

彼女の今日の水着は、面積の少ないショッキングピンクのビキニ。

隣には、昨日の護衛たちの中から選抜された、身長2メートル越えの巨漢マッチョ(通称・ゴリさん)が控えている。

対する私たち。

「暑苦しいですわね。……日焼け止めは完璧かしら」

私はパラソルの下で、優雅にサングラスの位置を直した。

私の水着は、漆黒のワンピースタイプ。ただし、背中が大胆に開き、腰元に真紅のパレオを巻いた「悪女仕様」だ。

隣には、水着姿(上半身裸にショートパンツ)のシリウス様。

その鍛え抜かれた肉体美に、リリィ王女だけでなく、観客として集められた村の娘たちからも「キャーッ!」と黄色い悲鳴が上がっている。

「準備はいいかい、ミオナ。手加減は?」

「不要ですわ。さっさと終わらせて、冷えたシャンパンを飲みましょう」

審判(セバスチャン)が笛を吹く。

「プレイボール!」

試合開始だ。

「いくわよ! 『ロイヤル・サーブ』!!」

リリィ王女がいきなり跳んだ。

さすが元ユース代表、フォームが綺麗だ。

放たれたボールは強烈な回転がかかり、私の足元めがけて急降下してくる。

「甘い」

私は一歩も動かず、足の甲でボールを拾った。

サッカーのリフティングのような軽やかさでボールを上げる。

「なっ……足!?」

「手を使うと爪が割れますもの」

上がったボールを、シリウス様が絶妙なタイミングでトスする。

「ミオナ、いけ!」

「ええ!」

私は砂を蹴って跳躍した。

ドレス姿で護身術を使いこなす私にとって、砂浜など平地と変わらない。

空中で身体を反らせ、満面の笑みでスパイクを放つ。

狙うのは――リリィ王女の顔面ではない。

彼女の足元の、ほんの少し手前の砂地だ。

ドォォォン!!

ボールが砂に突き刺さるような音を立てる。

その衝撃で大量の砂が巻き上がり、散弾銃のようにリリィ王女の顔を襲った。

「ぶべらっ!?」

「きゃー! 王女殿下!」

リリィ王女が顔を押さえてのたうち回る。

「目! 目がぁぁ! 砂が入ったぁぁ!」

「あら、ごめんなさい。ボールの威力が強すぎて、砂浜が爆発してしまいましたわ」

私は着地し、髪をかき上げる。

「これが私の『アース・エクスプロージョン(砂地爆破スパイク)』です」

「反則よ! 砂をかけるなんて!」

「ボールはコート内に入りましたわ。正当なポイントです」

審判のセバスチャンが「バーンシュタイン組、1点!」と宣言する。

その後も、私たちの猛攻は続いた。

シリウス様のサーブは、太陽の光と重なる位置から放たれるため、ボールが消える。

「見えない! ボールが消えた!?」

マッチョ護衛が空を見上げて呆然としている隙に、ボールは彼の頭にコツンと当たり、得点になる。

「『ソーラー・イクリプス(日食サーブ)』だ。眩しくてすまないね」

シリウス様が爽やかに謝罪する(確信犯)。

さらに私の精神攻撃も炸裂する。

リリィ王女がスパイクを打とうとした瞬間。

「あら、王女殿下。脇の処理が甘くてよ?」

「えっ!?」

王女が思わず脇を隠した隙にボールは落下。

「うそつき! 昨日の夜、完璧に処理したもん!」

「確認不足でしたわ、失礼」

10対0。

圧倒的なワンサイドゲームである。

焦ったリリィ王女は、ついに禁じ手に出た。

「ええい! ゴリさん! アレをやりなさい!」

「ウホッ!」

巨漢の護衛が、なんとリリィ王女を片手で持ち上げ、高い高いをしたままネット際へ突進してきた。

「必殺! 『人間砲台・ハイタワー攻撃』よ!」

高さ3メートルからのスパイク。

これは物理的にブロック不可能だ。

「死になさい、ミオナァァァ!!」

王女が上空からボールを叩きつける。

しかし。

「……単純な高さ勝負なら、負けないよ」

シリウス様が、私を軽々とお姫様抱っこした。

「えっ、シリウス様?」

「しっかり捕まっていて」

彼はそのまま、驚異的な脚力でジャンプした。

人間一人を抱えているとは思えない高さ。

私たちは空中でリリィ王女たちと視線が合った。

「な、なんで私より高いのよぉぉ!?」

「愛の重さが違うからさ」

シリウス様が空中で私を放り投げる(トス)。

私は最高到達点から、リリィ王女の顔面めがけて、渾身の力を込めて腕を振り抜いた。

「これでおしまいですわ! 『メテオ・ストライク』!!」

バチィィィン!!

ボールは音速を超え、リリィ王女の額に直撃した。

「ひでぶっ!!」

王女は空中で回転し、そのまま護衛を巻き込んで砂浜に墜落した。

ズズーン……。

砂煙が晴れると、そこには白目を剥いてピクピクしている王女と、その下敷きになった護衛の姿があった。

ボールは砂に埋まり、煙を上げている。

「……ゲームセット。勝者、バーンシュタイン・ペア!」

セバスチャンの宣言に、観客の村人たちから割れんばかりの拍手が起こった。

「すげぇ! 人間業じゃねぇ!」

「悪魔だ! 美しい悪魔たちだ!」

私たちはハイタッチを交わし、勝利の余韻に浸った。

「ナイススパイクだ、ミオナ」

「ナイス・トスでしたわ、シリウス様」

***

数時間後。

バーンシュタイン家の別荘では、新たな光景が広がっていた。

「そこ! 汚れが落ちていませんわよ!」

「ひぃぃっ! はいぃぃ!」

三角巾とエプロンをつけたリリィ王女が、涙目で床の雑巾掛けをしている。

庭では、マッチョな護衛たちが、荒らされた花壇の修復作業に追われていた。

「くっ、屈辱よ……! 一国の王女である私が、こんな……!」

リリィ王女が雑巾を絞りながら呻く。

私はソファに座り、冷えたシャンパンを飲みながら、その様子を監督していた。

「賭けは賭けですもの。貴女が汚したこの別荘、ピカピカになるまで帰しませんわよ」

「ううっ……覚えてなさいよぉ……!」

「あら、まだ口が減らないの?」

私が空になったグラスをコツンと鳴らすと、王女はビクッとして雑巾掛けのスピードを上げた。

「やります! やらせていただきます!」

どうやら、あのスパイクの恐怖が骨身に染みたらしい。

シリウス様がシャワーを浴びて戻ってきた。

濡れた髪を拭きながら、私の隣に座る。

「やれやれ。これでやっと、静かなバカンスが始められそうだね」

「ええ。最高の労働力(メイド)も手に入りましたし」

私たちは顔を見合わせて笑った。

リリィ王女は、その後三日間、別荘の掃除、洗濯、料理(ただし失敗ばかりなので皿洗い専門)に従事させられた。

最初は文句ばかり言っていた彼女だが、意外にも単純な性格らしく、シリウス様に「床が綺麗になったね」と一言褒められただけで、「でしょ!? 私、掃除の才能あるかも!」と覚醒。

最終日には、「プロの清掃員」として村人たちに感謝されるほどの働きを見せた。

「……ミオナ。アンタ、意外といい性格してるわね」

別れ際、リリィ王女は少しだけ清々しい顔で言った。

「私、負けたままじゃ終われないから。国に帰って修行してくるわ! 次はビーチバレー以外で勝負よ!」

「ええ。いつでも受けて立ちますわ。……掃除用具を用意して待っています」

「キーッ! 次はアンタに雑巾持たせてやるんだから!」

リリィ王女は嵐のように去っていった。

その背中を見送りながら、私は肩の力を抜いた。

「ふぅ。やっと二人きりになれましたわね」

「長かったね」

夕日が水平線に沈んでいく。

誰もいない、静かなテラス。

シリウス様が私の肩を抱き寄せ、顔を近づけてくる。

今度こそ、邪魔者はいない。

「……ミオナ。愛しているよ」

「……私もですわ、シリウス様」

私たちの唇が重なる。

潮騒の音と、甘い空気。

これぞ、バカンスの醍醐味。

……まあ、明日にはまた別のトラブルが起きるかもしれないけれど。

それはそれで、私たちの恋のスパイスになることでしょう。

悪役令嬢ミオナの毎日は、いつだって波乱万丈で、最高に楽しいのだから。
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