悪役令嬢よりも私の方が「本物の悪役」になって差し上げますわ!

黒猫かの

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決戦の日曜日。

ヴァレンタイン公爵家の庭園は、朝から不穏な空気に包まれていた。

「……あら、ミオナさん。準備は進んでいて?」

キャサリン大公妃が、意地悪な笑みを浮かべて現れる。

彼女の背後には、使用人たちが台車を押して控えていた。

「約束通り、食材と装飾品を用意してあげたわ。……予算が少ないから、少し『訳あり』だけれど」

台車に乗っていたのは、見るも無惨な品々だった。

茶色く変色した薔薇の花束。

カチカチに乾燥して石のようになったフランスパン。

そして、賞味期限がギリギリ(あるいはアウト)の紅茶葉。

「……随分と熟成された品々ですこと」

私が眉をひそめると、キャサリン様は扇子で口元を隠した。

「当家の倉庫に眠っていた在庫よ。捨てるのも勿体ないでしょう? 貴女のような『やりくり上手』なら、これを使って最高のおもてなしができるはずよね?」

完全に嫌がらせだ。

普通の令嬢なら泣いて逃げ出すレベルの廃棄物処理案件。

しかし、私はそのゴミの山を見て、ニヤリと笑った。

「ええ、もちろんですわ。……素晴らしい素材をありがとうございます。これなら『最高の演出』ができますわ」

「は? 強がりを言っても無駄よ。今日の招待客は、味にうるさい古狸……いえ、重鎮の方々ばかりなんだから」

彼女は鼻で笑い、立ち去っていった。

残された私と、その横で呆然としているシリウス様。

「……ミオナ。さすがにこれは酷い。僕が新しい食材を手配しようか?」

「いいえ、必要ありません」

私はカチカチのパンを手に取り、コンコンと叩いた。

「シリウス様。世の中には『言い換え』という魔法がありますの」

「言い換え?」

「ええ。枯れた花は『ドライフラワー』というアンティークな芸術品へ。堅いパンは薄く切って砂糖をまぶせば、高級菓子『ラスク』へ。古い紅茶は、スパイスとミルクで煮出して『ヴィンテージ・チャイ』へと変貌させます」

私は指を鳴らした。

すると、庭木の陰から、私の忠実な下僕たち(学園の元・取り巻き令嬢や、生徒会の面々)がわらわらと現れた。

「さあ、みんな! 仕事の時間よ! このゴミ山を宝の山に変えるわよ!」

「「「イエス・マム!!」」」

***

数時間後。

園遊会が始まった。

集まったのは、キャサリン様の予告通り、頭の固そうな年配の貴族たちばかり。

彼らは「成金の小娘が主催だって?」「どうせ金に物を言わせた派手なだけの会だろう」と、最初から批判的な目で庭園に入ってきた。

しかし。

彼らの目の前に広がっていたのは、予想を裏切る光景だった。

「な、なんだこれは……!?」

そこは、いつもの煌びやかな庭園ではなかった。

茶色く枯れた薔薇は、シックなリボンで束ねられ、流木や古書と共に飾られた「シャビーシック(古びた味わい)」な空間演出。

派手な生花よりも落ち着きがあり、秋の憂いを感じさせる洗練されたデザインだ。

「……なんと。詫び寂び(わびさび)の世界観ではないか」

「うむ。華美を排し、枯淡の美を表現するとは……なかなか風流だ」

お爺様たちの反応は上々だ。

そこへ、クラシカルなメイド服(学園祭の衣装を再利用)を着た生徒たちが、お茶とお菓子を運んでくる。

「ようこそお越しくださいました。本日のテーマは『古き良き時代の回顧(ノスタルジー)』でございます」

私が恭しく挨拶し、カップを差し出す。

「こちらは、当家の地下倉庫でじっくりと熟成させた、希少なヴィンテージ茶葉を使用した『ロイヤル・ミルクティー』です」

「ほう! 熟成茶か!」

貴族たちは一口飲み、「うーむ、深いコクがある」「渋みが消えてまろやかだ」と絶賛している。

(ただ煮出しすぎて渋くなったのを、大量のミルクと砂糖で誤魔化しただけですけれど)

さらに、メインディッシュの登場だ。

「そしてこちらは、堅焼きにした伝統のパン菓子『ラスク』。現代の軟弱なパンとは違う、歯ごたえのある『貴族の魂』を形にしました」

(ただの乾燥したパンの再利用です)

ガリッ、ボリッ。

お爺様たちが懸命に噛み砕く音が響く。

「おお……硬い! だが、噛めば噛むほど味が出る!」

「昔、戦場で食べた乾パンを思い出すわい……」

「これぞ質実剛健! 最近の若いもんに食わせたい味じゃ!」

なぜか大好評だ。

キャサリン様は、その光景を信じられないという顔で見ていた。

「な、なんなのよこれ……! ただのゴミを使った貧乏パーティーじゃない!」

彼女が小声で文句を言っていると、重鎮の一人である侯爵が話しかけてきた。

「いやあ、キャサリン殿! 素晴らしい嫁御寮(よめごりょう)を見つけなさいましたな!」

「えっ? は、はい?」

「最近のパーティーといえば、贅沢な食材を並べるだけの退屈なものばかり。しかし、この会は違う! 古いものを慈しみ、工夫を凝らして新たな価値を生み出す……これぞ、斜陽の時代にある我が国の貴族が目指すべき『清貧の美学』ですぞ!」

「せ、清貧……?」

「うむ! ヴァレンタイン家の財政改革も、このお嬢さんなら安心だ!」

周囲の貴族たちも「そうだそうだ」「賢い奥方だ」と口々に褒め称える。

キャサリン様は顔を引きつらせ、「オホホ……そうでございましょう?」と調子を合わせるしかなかった。

勝負あり。

私は扇子を開き、勝利の笑みを浮かべた。

しかし、私の本当の狙いはここからだ。

「皆様、お褒めいただき光栄です。……つきましては、本日お出ししたこの『ヴィンテージ・ティー』と『特製ラスク』、特別にお土産として販売させていただきますわ」

「おお! 売ってくれるのか!」

「家に帰って妻にも食べさせたい!」

私は用意していた「お土産セット(原価ほぼゼロ)」を、法外な値段……もとい、適正なプレミア価格で販売し始めた。

「一袋、金貨一枚になります」

「安い安い!」

飛ぶように売れていく。

シリウス様が私の耳元で囁く。

「……君、ゴミをお金に変える錬金術でも使えるのかい?」

「錬金術ではありません。ブランディングですわ」

チャリンチャリンと小銭の音が響く中、私はキャサリン様の元へ歩み寄った。

彼女は悔しそうに唇を噛んでいる。

「……認めるわ。貴女の勝ちよ」

「ありがとうございます、おば様」

「でも、勘違いしないでちょうだい。私は貴女のことが嫌いなままよ。商人のような真似をして……品がないわ!」

彼女はツンと顔を背けた。

私はその手を取り、一枚の紙を握らせた。

「これは?」

「本日の収支報告書です。……おば様が『捨てるはずだった在庫』が、これだけの利益になりました」

キャサリン様が紙を見る。

そこに書かれた数字(黒字)を見た瞬間、彼女の目が点になった。

「なっ……! こ、こんなに!?」

「ええ。この利益の一部を、おば様が管理されている繊維部門の赤字補填に回させていただきます。……これで、来月の給料遅配は免れますわね?」

「……っ!」

彼女は絶句し、それから震える声で言った。

「……貴女、知っていたの? 私が……内緒で赤字を埋めるために、自分の宝石を売ろうとしていたことを」

「さあ? なんのことでしょう」

私はとぼけて微笑んだ。

実は、彼女が「嫌味なおば様」を演じながらも、必死で家を守ろうとしていた苦労人であることは調査済みだ。

だからこそ、完全に叩き潰すのではなく、こうして「恩」を売ることにしたのだ。

キャサリン様はしばらく報告書を見つめていたが、やがて小さくため息をついた。

「……ふん。やっぱり可愛くない嫁ね」

彼女は少しだけ表情を和らげ、私を見た。

「でも……頼りにはなりそうよ。シリウスには勿体ないくらいにね」

「あら。最高の褒め言葉ですわ」

「次は負けないわよ。……来月の舞踏会、予算はたっぷりつけてあげるから、私の度肝を抜くようなことをなさい」

「望むところです」

こうして、ラスボス・おば様との戦いは、私の完全勝利(と、莫大な利益)で幕を閉じた。

帰り道。

シリウス様が感心したように言った。

「叔母上をデレさせるとはね。君の人心掌握術は、もはや国宝級だよ」

「デレてはいませんわ。あれは『新たな金づるを見つけて目がくらんだ顔』です」

「手厳しいな」

私たちは笑い合い、夕焼けの庭園を歩いた。

手元には、今日の売上がずっしりと重い。

「さて、シリウス様。このお金で、次は結婚式の衣装をグレードアップさせましょうか」

「まだ豪華にするのかい?」

「ええ。クラーク様たちが見たら失神するくらい、眩しいドレスにしますわ」

私の野望は尽きない。

次は結婚式。

人生最大の晴れ舞台を、史上最高のエンターテイメントにしてやるわ。
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