悪役令嬢よりも私の方が「本物の悪役」になって差し上げますわ!

黒猫かの

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夢のようなバカンスを終え、王都に戻った私を待っていたのは、山積みの仕事と――一枚の重々しい招待状だった。

差出人は、キャサリン・ヴァレンタイン大公妃。

シリウス様の叔母であり、両親を早くに亡くした彼に代わって長年ヴァレンタイン家を取り仕切ってきた、「鉄の女」と恐れられる人物だ。

「……呼び出し、ですわね」

バーンシュタイン邸のサロンで、私はその招待状をヒラヒラとさせた。

「ああ。僕たちの婚約を聞きつけて、黙っていられなかったんだろう」

シリウス様が苦々しい顔をする。

「彼女は伝統と格式の信奉者だ。君のような……『賑やかな』噂のある女性を、公爵夫人として認めるつもりはないらしい」

「賑やかだなんて。国を救った英雄(自称)を断罪しただけですのに」

「世間ではそれを『悪女の所業』と呼ぶんだよ」

シリウス様はため息をつき、私の手を取った。

「断ってもしつこく言ってくるだろう。僕が追い返してもいいが……」

「いいえ。逃げるのは趣味ではありませんわ」

私は不敵に微笑んだ。

「これから家族になる方ですもの。ご挨拶に伺うのが筋というものです。……それに」

私は指輪の輝きを見つめた。

「私の価値を認められないような節穴の目をお持ちなら、クラーク様と同様に『矯正』して差し上げなくては」

***

翌日。

私たちはヴァレンタイン家の本邸へと向かった。

王都の一等地にあるその屋敷は、シリウス様の別邸とは比べ物にならないほど巨大で、歴史の重みを感じさせる威圧感を放っていた。

「……幽霊が出そうですわね」

「歴代当主の肖像画が夜な夜な動き出すという噂はあるよ」

冗談を言い合いながら、案内されたのは最奥にある「バラの間」。

重厚な扉が開くと、そこには極寒の空気が漂っていた。

部屋の中央、猫足のソファに背筋をピンと伸ばして座っている老婦人。

白髪を完璧に結い上げ、片眼鏡(モノクル)をかけたその姿は、まさに物語に出てくる「厳格な教育係」そのものだ。

「……遅い」

キャサリン大公妃が、氷のような声で言った。

「約束の時間より30秒遅刻よ。これだから成金の娘は……」

「あら、ごきげんようおば様。30秒も私の到着を待ちわびてくださるなんて、光栄ですわ」

私が優雅にカーテシーをすると、彼女の眉がピクリと動いた。

「口が減らない娘ね。座りなさい」

許可が出たので、シリウス様のエスコートで対面のソファに座る。

キャサリン様は、値踏みするように私をジロジロと見た。

「単刀直入に言います。……私は、貴女をシリウスの嫁として認めません」

「理由は?」

シリウス様が口を挟むと、彼女は扇子で彼を制した。

「お黙りなさい、シリウス。貴方は顔がいい女に騙されているだけです」

そして、私に向き直る。

「ミオナ・バーンシュタイン。貴女の噂は聞いていますよ。元婚約者を陥れ、社交界で派手に立ち回り、あまつさえ『悪役令嬢』などと自称しているそうね」

「ええ。事実ですわ」

「恥を知りなさい! 公爵夫人たるもの、影のように夫を支え、慎ましく、清らかでなければなりません! 貴女のような『出しゃばり女』は、ヴァレンタイン家の品位を汚します!」

彼女の言葉は、古い価値観の塊だった。

慎ましく? 清らかに?

そんなもので家が守れると思っているのかしら。

私はマリーに目配せをし、持参した書類鞄を開かせた。

「おば様。品位というのは、具体的に『いくら』になりますの?」

「は、はぁ……?」

「ヴァレンタイン家は確かに歴史ある名家ですが、ここ数年、領地経営の一部で赤字が出ているようですね。特に、おば様が管轄されている繊維産業部門」

私は書類をテーブルに広げた。

「デザインが古臭くて売上が低迷しています。伝統を守るのは結構ですが、時代に合わせて変化しないのはただの『怠慢』ですわ」

「なっ……! 貴女、内部資料をどこで!?」

「私の実家の商会が調査しました。……私が公爵夫人になった暁には、まずこの部門を解体し、流行を取り入れた新ブランドを立ち上げます。初年度の予想利益は、現在の三倍」

私は電卓(魔導式)を指先で弾いた。

「慎ましさで赤字は埋まりません。必要なのは、稼ぐ力と、敵を排除する政治力。……違いますか?」

キャサリン様の顔が、怒りで赤く染まる。

「お、お金の話ばかり……! なんて卑しい! やはり貴女は商人の娘ね!」

「ありがとうございます。最高の褒め言葉ですわ」

「くっ……! 認めない! 絶対に認めないわよ!」

彼女は立ち上がり、私を指差した。

「いいでしょう。そこまで言うなら、貴女の実力を見せていただきましょうか」

「実力?」

「来週、我が家で『伝統の園遊会』が開かれます。そこで貴女が、招待客である王侯貴族たちを完璧にもてなし、かつ『公爵夫人に相応しい』と認めさせることができれば、婚約を認めてあげてもよくてよ」

なるほど。

嫁いびりの定番、「無理難題なパーティー運営」か。

シリウス様が口を開こうとしたが、私はそれを手で制して立ち上がった。

「面白いですわね。受けて立ちましょう」

「言っておくけれど、手助けはしませんよ。予算も最小限、スタッフも貴女が手配しなさい」

「構いませんわ。……その代わり、私が成功させた暁には」

私はキャサリン様に一歩近づき、不敵に微笑んだ。

「おば様の隠居後の生活費、私が全額面倒を見て差し上げますわ。……老人ホームの手配も含めて」

「なっ、生意気な……!」

「それでは、来週の園遊会でお会いしましょう。ごきげんよう、おば様」

私は優雅に一礼し、踵を返した。

部屋を出た瞬間、シリウス様が堪えきれずに吹き出した。

「ははは! あんな顔をした叔母上を初めて見たよ。『老人ホームの手配』だなんて」

「親切心ですわ。……それにしても、園遊会とはまた古風なイベントですこと」

「ああ。参加者は国内の保守派貴族ばかりだ。叔母上の息がかかった者たちが、こぞって君の粗探しをするだろうね」

「望むところですわ」

私は廊下を歩きながら、頭の中で既にプランを練り始めていた。

予算最小限?

手助けなし?

結構だわ。

私には、クラーク様の黄金像を破壊して稼いだ資金力と、弱みを握って手なずけた学園の生徒たちがいる。

それに、普通の園遊会なんてつまらない。

どうせやるなら、保守派の爺様婆様たちが腰を抜かすような、ド派手で、かつ利益が出る『悪役令嬢流・エンターテイメント』にして差し上げましょう。

「シリウス様。園遊会の招待客リスト、今夜中に用意していただける?」

「もちろん。……弱みを握るためかい?」

「人聞きが悪いですわね。『好みを把握するため』ですわ」

私たちは顔を見合わせてニヤリと笑った。

ラスボス・おば様との対決。

それは、私にとって「花嫁修業」という名の、新たなゲームの始まりだった。
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