悪役令嬢は婚約破棄に狂喜乱舞する!

猫宮かろん

文字の大きさ
3 / 28

3

しおりを挟む
「乾杯! 私の輝かしい無職ライフに!」

ガタゴトと揺れる馬車の中で、私は高らかに叫んだ。

手には最高級クリスタルグラス(※屋敷から持ち出した私物)。

中身は、先ほど休憩した村で調達した、ただの葡萄ジュースだ。

だが、気分は最高級のヴィンテージワインを飲んでいるに等しい。

「うーん、美味しい! これが『しがらみゼロ』の味ね!」

本来なら、この時間は翌日の公務スケジュールの確認をしている頃だ。

『カイル王子の詩集発表会の警備体制について』とかいう、この世で最も無意味な書類と格闘していたはずなのだ。

それがどうだ。

今の私は、誰の許可も得ずに足を組み、行儀悪くクッションにもたれかかっている。

御者台に通じる小窓をノックして、私は声をかけた。

「ねえ、運転手さん! あなたも一杯どう? あ、勤務中だから駄目ね。ボーナス弾むから安全運転で頼むわよ!」

「は、はい! ありがとうございます!」

御者の元気な声が返ってくる。

現金なものだが、労働への対価は即金で払うのが私の流儀だ。

トランクの中には、当面遊んで暮らせるだけの資金がある。

隣国の帝都に着いたら、まずは眺めのいいアパートを借りよう。

そして、昼まで寝て、午後はカフェで読書をし、夜はオペラ鑑賞。

投資で小銭を稼ぎつつ、悠々自適なセカンドライフを送るのだ。

「ふふふ……完璧すぎて怖いくらいだわ」

私は上機嫌でジュースをあおった。

その時だった。

ヒヒィィィン!!

突然、馬がいななき、馬車が急ブレーキをかけた。

私は勢い余って前の座席に突っ込みそうになる。

「きゃっ! な、何よ!? 乗り心地最悪じゃない!」

私はこめかみに青筋を立てて、小窓を開けた。

「ちょっと! 安全運転って言ったでしょ! 私の首をむち打ちにする気!?」

「も、申し訳ありません! ですが、その……!」

御者の声が恐怖で震えている。

「道が……塞がれておりまして……」

「はあ? 工事中?」

私が窓から顔を出そうとした瞬間、野太い声が響いてきた。

「おいおい、止まれ止まれぇ!」

「金目の物を置いていけば、命だけは助けてやるぜぇ!」

松明の明かり。

薄汚い格好をした男たちが十人ほど、道を塞ぐように立っていた。

手には錆びついた剣や斧を持っている。

典型的な、そして陳腐極まりない、盗賊団だ。

「ヒィッ! と、盗賊だぁ!」

御者が頭を抱えて縮こまる。

普通のご令嬢なら、ここで悲鳴を上げて気絶するシーンだ。

しかし、私は眉間の皺を深くしただけだった。

「……はあ」

深い、深い溜息が出る。

「せっかくの祝杯が台無しよ。雰囲気ぶち壊しじゃない」

私はグラスをホルダーに固定すると、バシッと馬車の扉を蹴り開けた。

「お嬢様!? 出ちゃダメです!」

御者の制止を無視して、私は地面に降り立つ。

夜風がドレスを揺らす中、私は仁王立ちで男たちを見据えた。

「おい、そこの不潔な集団」

私の第一声に、盗賊たちがギョッとして顔を見合わせる。

「あ? なんだこの女……」

「貴族の嬢ちゃんか? 威勢がいいな」

リーダー格らしい男が、下卑た笑みを浮かべて近づいてきた。

「へへ、金だけじゃなくて、嬢ちゃん自身も頂いていくとするか……」

「ストップ」

私は手で彼を制止した。

「近づかないで。汗臭さが風に乗ってこっちに来るわ」

「あぁ!?」

「それより、あなたたち。少し頭が悪すぎるんじゃない?」

私は呆れたように肩をすくめた。

「な、なんだと……!」

「計算してみなさいよ。ここは国境付近の街道よ? 私のような紋章付きの馬車が通るということは、当然、護衛がついている可能性が高い。もしくは、後から騎士団がパトロールに来る確率も高いエリアよ」

私は指を折りながら説明を始める。

「あなたたちの装備を見るに、手入れもされていない粗悪品ばかり。練度も低い。仮に私を襲って小銭を得たとして、その後に国境警備隊や騎士団に手配されるリスクを考えたことがあるの?」

「う……」

「捕まれば、この国の法律では盗賊行為は重罪。鉱山での強制労働二十年、もしくは死刑よ。たかだか数枚の金貨のために、人生の残りの時間をドブに捨てる気?」

男たちが動揺し始める。

「そ、そんなこと言ったってよぉ! 俺たちだって食うに困って……」

「食うに困って? だったら尚更、効率が悪すぎるわ!」

私はビシッと男を指差した。

「見てみなさい、この筋肉! 無駄についてるだけじゃない! その体力があるなら、隣国の開拓地に行けば『人夫募集・日当金貨一枚・三食昼寝付き』の求人が出てるわよ! なんでわざわざハイリスク・ローリターンの犯罪に手を染めるの!? バカなの!?」

「えっ……日当金貨一枚……?」

男たちがざわめく。

「本当かよ……」

「俺たち、ここで襲っても一人銀貨数枚にしかならねぇよな……」

「三食昼寝付き……?」

空気が変わった。

私は畳み掛けるように、懐から手帳を取り出した。

「ほら、これ。先週の求人情報誌の切り抜き。ガレリア帝国の土木工事現場よ。人手不足で猫の手も借りたい状況らしいわ。あなたたちみたいなゴロツキでも、現場監督が喜びの舞を踊って迎えてくれるはずよ」

私は切り抜きを千切って、リーダーの男に押し付けた。

男は呆然と紙を受け取る。

「字が読めないなら、あそこの関所に行って『仕事くれ』って言えばいいわ。紹介料は取らないであげる」

「あ、ありがとう……ごぜぇます……」

「わかったら、さっさと道を開けなさい! 私は急いでるの! あと、二度とその薄汚い顔を私の前に見せないでちょうだい。視界の汚染よ!」

「は、はいッ!」

「野郎ども! 撤収だ! 帝国へ行くぞ!」

「おう!!」

盗賊たちは、なぜか希望に満ちた目で私に一礼すると、蜘蛛の子を散らすように去っていった。

中には「お嬢様、一生ついていきます!」と叫ぶ者もいたが、丁重にお断りだ。

静寂が戻った街道。

私はパンパンと手の汚れを払うと、馬車に戻った。

「……お、お嬢様……」

御者が、幽霊でも見たような顔で私を見ている。

「な、何をしたんですか……?」

「何って? 再就職の斡旋よ」

私は涼しい顔で答えた。

「犯罪者を減らして、帝国の労働力を増やす。ついでに私の馬車の安全も確保する。一石三鳥の合理的な解決策でしょう? 彼らと戦って怪我をするなんて、治療費の無駄だもの」

「は、はあ……合理、的……?」

「さあ、邪魔者は消えたわ。出発して!」

「は、はい!」

馬車が再び動き出す。

私はグラスに残っていたジュースを一気に飲み干した。

「ふう、喋ったら喉が渇いたわ」

これだから世の中は非効率で溢れている。

私が指導して回らなければ、この大陸の経済損失は計り知れないわね。

そんなことを考えながら、私は再びクッションに身を沈めた。

だが、私は気づいていなかった。

この一部始終を、国境の森の陰から見つめる一対の目があることを。

『……面白い。あの盗賊団を、言葉だけで制圧するとは』

闇に溶け込むような黒いマントを羽織った男が、低く呟く。

『噂の悪役令嬢か……。報告よりも遥かに強烈だな』

男の口元に、獲物を見つけた猛獣のような笑みが浮かぶ。

『逃がさんぞ。私の退屈を紛らわせる玩具になってもらおうか』

馬車は、そんな危険人物が待ち構えているとも知らず、隣国ガレリア帝国へとひた走るのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

これで、私も自由になれます

たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

やり直し令嬢は本当にやり直す

お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

処理中です...