悪役令嬢は婚約破棄に狂喜乱舞する!

猫宮かろん

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「な、なんだこの部屋は! 殺風景すぎるぞ!」

通された「歓迎会場」――もとい、城内の大会議室で、カイル王子が声を上げた。

彼とリリィが座らされたのは、部屋の中央にある小さなパイプ椅子。

対して、その周囲を取り囲むように、階段状の席には帝国の文官たちがズラリと並んでいる。

まるで法廷だ。

いや、実質的に「ロゼリア王国破綻原因究明委員会」という名の公開処刑場である。

私はアレクシスの隣、一番高い雛壇(ひなだん)の特等席で、キャラメル味のポップコーンを頬張っていた。

「……ねえアレク。これ、いじめじゃない?」

「何を言う。彼らに発言の機会を与えているんだ。民主的だろう?」

アレクシスは楽しそうにグラスを傾けている。

下界では、カイルがキョロキョロと落ち着きなく周囲を見回していた。

「おい、料理はどうした! 歓迎パーティーなのだろう!? 肉だ! 酒だ! あと音楽!」

「静粛に」

アレクシスがマイクを通した声で制する。

「カイル殿下。食事の前に、少しばかり男同士の語らいをしようじゃないか」

「語らい?」

カイルがパッと顔を輝かせた。

「おお! そうか! やはり君も、私の帝王学を聞きたいのだな? いいだろう、特別に教えてやる!」

カイルはパイプ椅子の上で足を組み、ふんぞり返った。

「まず、王に必要なのは『笑顔』だ! 国民が飢えていたら、私が笑顔で手を振る! すると彼らは満腹になるのだ!」

「……メモをとるな、リゲル。脳が腐るぞ」

アレクシスが、真面目に記録しようとした補佐官を止める。

「さて、カイル殿下。単刀直入に聞こう。君はミリオネ嬢について、どう思っている?」

その問いに、カイルは「やれやれ」といった風に肩をすくめた。

「ミリオネか。……まあ、悪い女だよ」

カイルはチラリと私の方(雛壇の上)を見て、ニヤリと笑った。

「おい皇帝。君も苦労しているだろう? あいつは可愛げがないからな」

「ほう。具体的には?」

「まず、口が悪い! 私がロマンチックな詩を詠んでも、『韻(いん)が踏めてません。採点不能』と切り捨てる! さらに金に汚い! デートのたびに領収書を要求してくるんだぞ!」

会場の文官たちがざわめく。

「……領収書だと?」

「……デートを経費で落とすつもりだったのか?」

「……セコい」

カイルはざわめきを「同意」と勘違いしたらしい。さらに調子に乗って畳み掛けた。

「それに、性格がキツイ! リリィが少しドジをしただけで、『反省文、原稿用紙三枚』とか言い出すんだ! 悪魔だろ!? 君もあいつに罵倒されて、傷ついているんじゃないか?」

カイルは「俺にはわかるよ、友よ」と言わんばかりの同情の眼差しをアレクシスに向けた。

私はポップコーンを握り潰しそうになった。

「……あの馬鹿、あとで体育館裏に呼び出しね」

「まあ待て、ミリオネ」

アレクシスがマイクを握り直す。

彼の紫色の瞳が、スッと細められた。

「……カイル殿下。君の評価は、実に興味深い」

「だろう? 私が引き取ってやるから、君は感謝して……」

「だが、訂正させてもらおう」

アレクシスの声が、氷点下まで下がった。

空気がビリビリと震える。

カイルが「ひっ」と息を呑む。

「君は彼女の『口が悪い』と言ったな。それは違う。彼女は『事実を正確に伝えている』だけだ。韻が踏めていない詩など、騒音でしかない。彼女の指摘は慈悲だ」

「は、はあ……?」

「『金に汚い』? 笑わせるな。彼女は『経済観念が鋭い』のだ。君のような浪費家を管理するには、領収書は必須だろう。むしろ、君の財布の紐を握ってくれていた彼女に感謝すべきだ」

アレクシスは立ち上がり、階段を一歩ずつ降りていく。

その威圧感に、カイルが椅子ごと後ずさる。

「そして、『性格がキツイ』だと?」

「そ、そうだよ! あいつは悪役令嬢なんだぞ!」

「知っている。……そこが良いんじゃないか」

アレクシスは恍惚とした表情で言い放った。

「は?」

カイルが間の抜けた声を出す。

「彼女の罵倒は、最高のアートだ。無駄のない言葉選び、的確な急所攻撃、そして蔑(さげす)むような冷ややかな視線……。ゾクゾクするほど美しいと思わないか?」

「……はあ?」

「彼女に『死ね』と言われた時の高揚感。君には分からんのか? あれは『私の視界から消え失せろ=私だけの世界を作りたい』という愛の裏返しだぞ?」

「……」

会場が静まり返る。

文官たちが、全員遠い目をしている。

リゲルだけが「さすが陛下! 懐が深い!」と感動しているが、あいつも大概おかしい。

私はポップコーンのカップに顔を埋めた。

(……やめて。私の性癖が歪められてる)

だが、アレクシスの暴走は止まらない。

彼はカイルの目の前まで歩み寄り、見下ろした。

「カイル殿下。君はダイヤモンドを石ころだと言って捨てた。そして今、私が磨き上げたダイヤモンドを見て『やっぱり返せ』と言っている」

「う、うるさい! ミリオネは私のものだ!」

「違うな。彼女は誰のものでもない」

アレクシスは断言した。

「彼女は自由だ。だが、その自由な翼が休める場所は、私の腕の中だけだ。……君のような、彼女の輝き(毒舌)を理解できない男には、指一本触れさせない」

「な、なんなんだ貴様は……! ドMなのか!?」

カイルが叫ぶ。

「君限定でな」

アレクシスが即答すると、会場から「キャーッ!」という悲鳴にも似た歓声が上がった。

「……勝った」

私は呟いた。

議論の内容は最低だが、気迫の面でアレクシスの圧勝だ。

「わ、訳が分からないよぉ……」

隣でリリィが泣き出した。

「カイル様ぁ、この人怖いですぅ……変態ですぅ……」

「そ、そうだなリリィ! ここは危険だ! 話が通じない!」

カイルが立ち上がろうとする。

しかし、アレクシスがパンと手を叩いた。

「おっと、まだ終わりではないぞ」

「な、なんだ! まだ何かあるのか!」

「ここからは第二部だ。『なぜロゼリア王国は紙幣を刷ってしまったのか』についての討論会だ。……リゲル、頼む」

「はっ!」

補佐官リゲルが、分厚い資料の束を持って進み出た。

彼のメガネが、キラリと光る。

「さて、カイル殿下。貴国が発行した国債の利回りについてですが、デュレーションの計算はお済みですか?」

「でゅ……でゅれ……?」

「おや、ご存知ない? では、金利リスクに対するヘッジ手法については?」

「へ、へっじ……?」

「まさか、インフレターゲットの設定すらしていないと? それでよく国家運営が務まりますね。猿でももう少しマシな計画を立てますよ」

「う、うわぁぁぁぁ!」

リゲルの容赦ない専門用語の波状攻撃が始まった。

「ミリオネ様なら、この程度の計算、暗算で三秒でしたよ! それに比べて貴方は……!」

「やめろ! 数字の話はするな! 頭が痛くなる!」

カイルが耳を塞いで蹲(うずくま)る。

「リリィ様もです! 『お金がないなら刷ればいい』? 貴女の頭の中はお花畑ですか! 需要と供給の曲線を今すぐここに描いてみなさい!」

「うえぇぇぇん! いじめだぁ!」

阿鼻叫喚の地獄絵図。

私は特等席で、最後のポップコーンを口に放り込んだ。

「……うん。いい見世物だったわ」

私は立ち上がり、伸びをした。

「アレク、私もう寝るわ。明日の朝、彼らが息をしてたら起こして」

「ああ。良い夢を、ミリオネ」

アレクシスが手を振る。

眼下では、カイルとリリィが「もうしません!」「許してぇ!」と泣き叫んでいた。

こうして、第一回・元婚約者迎撃作戦は、帝国側の圧倒的勝利(主に性癖と知識の差)で幕を閉じたのだった。
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