悪役令嬢は婚約破棄に狂喜乱舞する!

猫宮かろん

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「……ねえ、アレク。ちょっと相談があるんだけど」

豪奢な天蓋付きのベッドに腰掛けながら、私は極めて真剣な面持ちで切り出した。

部屋は薄暗い。

甘い香油の匂いが漂い、キャンドルの火が揺れている。

いわゆる「初夜」のムード満点なシチュエーションだ。

だが、私の心拍数は別の意味で上がっていた。

「なんだ? 愛の告白なら受け付けているぞ」

アレクシスが、シャツのボタンを外しながら近づいてくる。

その動作がいちいち洗練されていて、無駄に色気があるのが腹立たしい。

「違うわよ。明日のスケジュールのことよ」

私は枕の下に隠しておいた手帳を取り出した。

「明日は朝から『新婚パレード』があるでしょう? その後の祝賀会でのスピーチ原稿、まだチェックしてないのよ。今から読み合わせを……」

「却下だ」

アレクシスは私の手から手帳をひょいと取り上げ、サイドテーブルの引き出しに放り込んだ。

「あ! 私のネタ帳!」

「今夜は仕事の話は禁止だ。……それとも、怖いのか?」

彼がベッドに片膝をつき、私の顔を覗き込む。

図星を突かれて、私は思わず視線を泳がせた。

「こ、怖いわけないでしょ! 私はミリオネよ? 国を傾けた王子をボコボコにした女よ? お化けだって裸足で逃げ出すわ!」

「強がりだな。指先が震えているぞ」

アレクシスが私の指をそっと包み込む。

「……寒いのよ。この部屋、空調の設定温度が低すぎるんじゃない?」

「なら、温めてやろう」

「……っ!」

彼が抱き寄せてくる。

体温が伝わる。

鼓動が早いのが、自分でも分かる。

(……くっ、計算外だわ。もっとこう、事務的に終わらせる予定だったのに……!)

私は必死に理性を総動員した。

「ま、待って! 契約確認! 初夜におけるガイドラインを制定したいわ!」

「ガイドライン?」

アレクシスが面白そうに眉を上げる。

「ええ。第一条! 『睡眠時間の確保』。明日のパレードで目の下にクマを作りたくないから、最低でも六時間は寝かせること!」

「努力目標として受理しよう」

「第二条! 『現状復帰の義務』。もし私の肌にキスマークとかつけたら、コンシーラー代として一箇所につき金貨十枚を請求する!」

「……高いな。だが、払えばいいということか?」

「えっ? いや、そういう意味じゃ……」

「第三条は?」

アレクシスが顔を近づけてくる。

唇が触れそうな距離。

私の思考回路がショート寸前だ。

「……だ、第三条……えっと……」

言葉が出てこない。

彼の瞳に、私の顔が映っている。

いつもの強気な「悪役令嬢」の仮面が剥がれ落ちて、ただの戸惑う少女のような顔をしている自分が。

「……思いつかないなら、私が決めよう」

アレクシスが囁く。

「第三条。……『抵抗しても無駄』」

「……独裁者!」

「今夜だけな」

唇が重なる。

昼間の誓いのキスよりも、もっと深く、もっと熱い口づけ。

私は抵抗する気力を失い、彼のシャツをギュッと握りしめた。

ベッドに押し倒される。

幻獣の羊毛で作られたシーツが、ふわりと背中を受け止める。

「……アレク」

「なんだ」

「……優しくしなさいよ。もし痛かったら、明日から口きいてあげないから」

「善処する」

彼は愛おしそうに私の髪を撫でた。

「ミリオネ。……愛している」

「……耳タコよ」

「何度でも言うさ。……君はどうだ?」

彼が私の瞳を見つめて問いかける。

「……」

私は口を尖らせた。

ここで「私も愛してる」なんて素直に言うのは、私のプライドが許さない。

安売りはしない主義なのだ。

でも。

今のこの状況、この温もり、そして私だけを見つめるこの瞳。

それを拒絶したいとは、微塵も思えなかった。

私は視線を逸らし、小さく呟いた。

「……まあ、悪くないわ」

「ん?」

「あなたのことよ。……顔は良いし、お金持ちだし、私のわがままを聞いてくれるし。……物件としては、最優良物件だと認めてあげる」

「……ふっ」

アレクシスが噴き出した。

「物件扱いか。最高の評価だな」

「そうよ。だから……」

私は意を決して、彼を見上げた。

「……契約更新、してあげてもいいわよ。……一生分」

「……!」

アレクシスが目を見開く。

そして、今まで見たこともないほど嬉しそうな、子供のような笑顔を見せた。

「……ああ。永久契約だ。解約は認めんぞ」

「望むところよ」

私は彼の首に腕を回した。

もう、計算も理屈もどうでもいい。

この夜だけは、私の「合理主義」のスイッチを切って、ただの幸せな花嫁になってあげてもいい。

……まあ、明日の朝になったら、きっちり「深夜労働手当」は請求するつもりだけど。

キャンドルの火が吹き消される。

闇の中で、私たちは重なり合う。

「……ねえ、アレク」

「まだ喋るのか?」

「大事なことだから。……明日の朝食、オムレツにはケチャップじゃなくてデミグラスソースをかけてね」

「……この期に及んで食欲か」

「食欲は生きる活力よ。……んっ」

再び口づけが降ってくる。

私の長い長い一日が、ようやく終わりを告げようとしていた。

そして、私の新しい人生が、ここから始まるのだ。

悪役令嬢ミリオネ。

これからは、帝国皇后ミリオネとして。

大陸全土にその名を轟かせ(主に金儲けと毒舌で)、隣のこの男と共に生きていく。

……まあ、悪くない人生設計だわ。

私は薄れゆく意識の中で、満足げに微笑んだ。
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