悪役令嬢は婚約破棄に狂喜乱舞する!

猫宮かろん

文字の大きさ
26 / 28

26

しおりを挟む
「……ねえ、リゲル。これ、本当に売れてるの?」

控室で、私は窓の外を指差して尋ねた。

純白のドレス(特注:ポケット付き・重量三キロ)に身を包んだ私の視線の先には、城の広場に長蛇の列が出来ていた。

「はい、完売間近です。『アレクシス陛下&ミリオネ様・愛の誓いアクリルスタンド(限定版)』は、発売開始五分で売り切れました」

リゲルが興奮気味に報告してくる。

「『ミリオネ様の毒舌日めくりカレンダー』も増刷決定です。国民の皆様が『これを飾ると魔除けになる』と……」

「……誰が魔物よ」

私は呆れつつも、脳内の電卓を弾いた。

原価率と売上個数、そして利益。

「……ふふ、悪くないわね。これで新婚旅行の予算は確保できたわ」

「準備はいいか、ミリオネ」

扉が開き、正装したアレクシスが入ってきた。

白と金を基調とした皇帝の礼服。

普段の軍服姿も良いが、今日の彼は暴力的なまでに美しかった。

光り輝く銀髪、紫水晶の瞳、そして溢れ出る王者の風格。

一瞬、見惚れてしまいそうになるのを、私は必死に堪えた。

「……遅いわよ。待ちくたびれて、ポケットのビーフジャーキーを食べるところだったわ」

「花嫁が控室で肉を食うな」

アレクシスは苦笑しながら近づき、私の手を取った。

そして、真剣な眼差しで私を頭のてっぺんから爪先まで眺める。

「……美しい」

「素材が良いからって言ったでしょ」

「ああ。だが、最高素材に磨きがかかっている。……世界一の花嫁だ」

彼は私の手に口づけを落とした。

「緊張しているか?」

「まさか。私が緊張するのは、国税局の監査が入った時だけよ」

「頼もしいな。では、行こうか。二千人の観客が、私たちのショーを待っている」

***

ファンファーレが鳴り響く。

大聖堂の巨大な扉が、ギギギ……と重々しく開かれた。

眩い光と共に、パイプオルガンの荘厳な音色が降り注ぐ。

「うわぁ……」

私は思わず声を漏らした。

バージンロードの両脇には、私が提案した「宝石細工の花」と、彩り豊かな「高級野菜のオブジェ」が飾られている。

遠目には前衛芸術(アート)に見えるが、よく見ると最高級キャベツやカボチャだ。

「……計算通りね。照明が当たって、カボチャが金塊のように輝いているわ」

「君のセンスには脱帽だよ」

アレクシスにエスコートされ、私はゆっくりと歩き出す。

参列席には、各国の王族や貴族たちがずらりと並んでいる。

彼らの視線が、一斉に私たちに注がれる。

「あれが噂の悪役令嬢……?」

「なんて堂々としているんだ……」

「陛下があんなにデレデレな顔をされているなんて……!」

ヒソヒソ話が聞こえてくるが、私は顔色一つ変えずに微笑み(営業スマイル)を振りまいた。

「……ねえアレク。右側の三列目にいる太ったおじさん、誰?」

小声で尋ねる。

「隣国の石油王だ。ご祝儀を一番弾んでくれた」

「あの方ね! 後で個別にお礼の手紙(と次の投資案件の資料)を送らなきゃ」

「式中に営業をするな」

祭壇の前まで進むと、司祭様がガチガチに緊張して待っていた。

無理もない。

目の前にいるのは「冷徹帝」と「毒舌皇后」の最強コンビだ。

噛んだら消されると思っているのかもしれない。

「あ、あー……。神の御前において……ち、誓いを……」

司祭様の声が裏返る。

「落ち着いてください、司祭様。深呼吸を。タイムイズマネーですが、一分くらいなら待ちますよ」

私が声をかけると、司祭様は「ひぃっ! すみません!」と震え上がった。

「……コホン。では、新郎アレクシス・フォン・ガレリア。汝、この者を妻とし、病める時も、健やかなる時も、これを愛することを誓いますか?」

アレクシスは迷いなく答えた。

「誓う。たとえ世界が滅びても、私だけは彼女を愛し抜くと誓おう」

重い。

愛が重力崩壊を起こしている。

会場の女性陣から「キャーッ!」と黄色い悲鳴が上がる。

「……では、新婦ミリオネ・ラ・ベル・フルール。汝、この者を夫とし……」

司祭様が私を見る。

私はアレクシスを見上げた。

「誓います。……ただし」

「ただし?」

司祭様が目を丸くする。

「彼が私に美味しい食事を与え続け、私の安眠を妨害せず、かつ国家予算の運用権を私に委ねる限りにおいて、全力で愛することを誓います」

「……え、条件付き?」

会場がざわめく。

しかし、アレクシスは満足げに笑った。

「望むところだ。その契約、受諾しよう」

「……では、誓いのキスを」

司祭様が投げやり気味に進行を進める。

アレクシスが私のベールを上げた。

至近距離。

紫色の瞳が、熱っぽく揺れている。

「……覚悟はいいか、ミリオネ」

「何のだい? ただの儀式でしょ? チュッとして終わり……」

んっ。

私の言葉は、彼の唇によって塞がれた。

ただの「チュッ」ではない。

深く、甘く、そして長い口づけ。

一秒。

五秒。

十秒。

(……長いわよ!)

私は心の中でツッコミを入れた。

息が続かない。

酸素が足りない。

会場のざわめきが、悲鳴と歓声に変わっていく。

「み、見て! 陛下が離さないわ!」

「なんて情熱的なの……!」

私は彼の背中をトントンと叩いた。

(ギブ! ギブアップ! 酸欠で倒れる!)

ようやく唇が離れる。

私は肩で息をしながら、彼を睨みつけた。

「……はぁ、はぁ……! 殺す気!? 長すぎるわよ!」

「一生分だと言っただろう?」

アレクシスは悪びれもせず、艶やかに唇を舐めた。

「これでも足りないくらいだ。続きは夜にたっぷりと」

「……変態」

「愛しているぞ、私の皇后」

ワァァァァァッ!!

割れんばかりの拍手と歓声が、大聖堂を揺らす。

天井から、花びら(と予算削減で混ぜられた色紙)が舞い落ちてくる。

「……まあ、いいわ」

私は観念して、彼の腕にすがった。

「私も……少しだけ、愛してあげてもいいわよ。利子をつけてね」

「高くつきそうだな」

私たちは腕を組み、バージンロードを振り返った。

光の中、新しい人生への扉が開く。

その時、リゲルが駆け寄ってきて小声で報告した。

「陛下! ミリオネ様! たった今入った情報ですが……!」

「なに? この感動的なフィナーレに水を差すようなこと?」

「いえ! 朗報です! ロゼリア王国に送り返されたカイル元王子ですが……『借金返済のためにアイドルデビューさせられた』そうです!」

「……は?」

「『転落王子と泥んこ聖女』というユニット名で、地方巡業を始めたとか。物珍しさでチケットがバカ売れしているそうです」

私とアレクシスは顔を見合わせた。

そして、同時に吹き出した。

「ぶっ……あはははは!」

「くくく……! やるな、あの馬鹿も!」

「アイドル!? あの音痴が!? 世も末ね!」

「だが、借金を返す気概はあるようだ。見直したぞ」

最高だ。

最高の結婚祝いだ。

私はお腹を抱えて笑った。

「リゲル! そのユニットのグッズ、こっちでも輸入販売しなさい! 絶対売れるわ! 『歌う借金取り』として売り出すのよ!」

「は、はい! 直ちに!」

商魂たくましい花嫁の指示に、側近たちが走り出す。

「……君はブレないな」

アレクシスが涙を拭いながら言う。

「当然よ。転んでもタダでは起きない。それが私の流儀よ」

私はドレスのポケットから、隠し持っていたクッキーを取り出し、パクリと口に入れた。

「さあ、行きましょうアレク! 披露宴では海龍のステーキが待ってるわ!」

「ああ。共に歩こう。……どこまでもな」

私たちは光溢れる扉の外へと踏み出した。

国民の大歓声と、香ばしい野菜の香り、そして未来への計算高い希望に包まれて。

私の「悪役令嬢」としての人生はここで幕を閉じ、ここからは「最強の皇后」としての、新たな伝説(と金儲け)が始まるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

これで、私も自由になれます

たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

やり直し令嬢は本当にやり直す

お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

処理中です...