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「……重い」
王城の衣裳部屋。
私は全身鏡の前で、不機嫌を隠そうともせずに呟いた。
「これ、何キロあるの? 鎧(よろい)?」
「い、いえ! 最新流行の、宝石を散りばめたウエディングドレスでございます! 総重量はわずか二十キロほどで……」
「二十キロ!?」
私は叫んだ。
「お米二袋分を背負って歩けと言うの? これは結婚式よ、修行じゃないのよ!」
「し、しかし、皇后陛下の威厳を示すためには、これくらいのボリュームが……」
デザイナーの女性がオロオロしている。
私はバサリとドレスの裾を持ち上げ(重すぎて手首が折れそうだ)、ソファで優雅に紅茶を飲んでいるアレクシスを睨みつけた。
「アレク! 却下よ! こんなの着てたら、誓いのキスの前に私が圧死するわ!」
「ふむ。私は君が苦悶する表情も嫌いではないが」
「式場で花嫁が白目剥いて倒れてもいいのね?」
「それは困るな」
アレクシスはカップを置き、立ち上がった。
「デザイナー。彼女の要望を聞いてやってくれ。彼女は『機能美』を愛する女性だ」
「は、はい! では、どのようなデザインをご希望で……?」
デザイナーが手帳を構える。
私は即座に条件を列挙した。
「第一に、軽量化! 総重量は三キロ以内! 走って逃げられる重さにして!」
「に、逃げるのですか? 結婚式から?」
「緊急避難用よ! もしカイル王子みたいな馬鹿が乱入してきたら、蹴り飛ばせるくらいの可動域が必要なの!」
「は、はあ……(蹴り飛ばす……)」
「第二に、素材! レースやフリルはいらないわ。最高級のシルク一枚布で、シンプルかつゴージャスに。あ、ポケットもつけて」
「ポケット、ですか?」
「ええ。小腹が空いた時用に、クッキーやビーフジャーキーを隠し持てる深めのポケットを左右に」
「は、花嫁衣装にビーフジャーキー……!?」
デザイナーが卒倒しそうな顔をする。
「そして第三に! これが一番大事なんだけど……」
私は真顔で言った。
「一番『高そうに見える』やつにして。参列した貴族たちが『うわ、あの布地、国宝級じゃね?』ってビビるくらいのやつ」
「……承知いたしました。機能性と、威圧感ですね」
デザイナーはプロ根性を発揮し、猛スピードでデッサンを描き始めた。
「ミリオネ。ドレスはそれでいいとして」
アレクシスが分厚いファイルを差し出した。
「次は式次第と、会場装飾の打ち合わせだ」
「……まだあるの? もう入籍届にハンコ押して終わりじゃダメ?」
「ダメだ。盛大にやると約束しただろう」
私は渋々ファイルを受け取った。
パラパラとめくる。
「……ねえ、この『会場装花代:一千万ガルド』って何? 森でも作る気?」
「国中のバラを買い占める予定だ」
「無駄よ! 花なんて数日で枯れるじゃない! ゴミにお金を払うようなものよ!」
「ではどうする?」
「野菜になさい」
「……はい?」
「キャベツとかブロッコリーとか、緑が鮮やかな野菜を飾るのよ。遠目には花と変わらないわ。で、式の後は参列者に『引き出物』として持って帰らせるの。フードロス削減! 合理的でしょ?」
「……斬新すぎるな。皇后の結婚式が『野菜市』になったと歴史書に残るぞ」
「『国民の食卓を案じる慈悲深い皇后』って書かせればいいのよ」
私がドヤ顔で言うと、アレクシスは腹を抱えて笑い出した。
「くくく……っ! 最高だ。野菜のブーケか。君がブロッコリーを投げる姿、ぜひ見てみたい」
「ブロッコリーは投げないわよ。重いから鈍器になるわ」
「分かった。装飾の一部に野菜を取り入れよう。ただし、メインは宝石細工の花にする。これなら枯れないし、後で資産になるだろう?」
「……! 資産価値のある花! 採用!」
私の目が『¥』マークになった。
「次に、招待客リストだ」
アレクシスが別のリストを見せる。
「各国の王族、国内の有力貴族、合わせて二千人だ」
「二千人……! ご祝儀の計算が追いつかないわね」
私はニヤリと笑った。
「ねえ、入場料とれないかしら?」
「……ご祝儀とは別に、か?」
「ええ。『世紀の結婚式・S席チケット』とか言って売り出せば、プレミア価格で売れるわよ。転売対策もして」
「……君は本当に、どこまでも貪欲だな」
アレクシスは呆れつつも、愛おしそうに私を見る。
「チケット制は却下だ。品位に関わる。その代わり、当日の様子を描いた『記念絵画』や『記念硬貨』を販売しよう。その売上は君のポケットマネーにしていい」
「……記念グッズ販売! その手があったわね!」
私はポンと手を打った。
「やりましょう! 『ミリオネ&アレクシス・アクリルスタンド』とか『二人の愛の言葉カルタ』とか作りましょう!」
「カルタの内容が気になるが……まあいい、許可する」
こうして、私たちの結婚式の準備は、ロマンチックとは程遠い「ビジネス会議」の様相を呈して進んでいった。
数時間後。
すべての打ち合わせを終え、私はソファに沈み込んだ。
「……疲れた。もう動けない」
「よく頑張った。ご褒美だ」
アレクシスが、冷えた桃のコンポートを差し出してくる。
私はそれを口に含み、生き返ったように息をついた。
「……ねえ、アレク」
「なんだ」
「結婚式って、大変ね。たった数時間のために、これだけの労力とお金をかけて……」
「無駄だと思うか?」
「……効率だけで考えればね」
私はスプーンをくわえたまま、彼を見上げた。
「でも、まあ……あなたに『世界一綺麗な花嫁』を見せるためなら、少しは頑張ってあげてもいいわよ」
私の言葉に、アレクシスが目を見開く。
そして、蕩(とろ)けるような甘い笑顔を見せた。
「……楽しみにしている。きっと、どんな宝石よりも輝いているはずだ」
「当たり前でしょ。素材が良いんだから」
私はふんと鼻を鳴らし、照れ隠しに桃を頬張った。
ドレスよし。
予算よし。
グッズ販売計画よし。
準備は整った。
あとは当日、転ばないように歩き、誓いの言葉を噛まずに言い、美味しい料理を食べるだけだ。
……と思っていたのだが。
やはり、私の人生において「何事もなく終わる」なんてことはあり得ないのだった。
王城の衣裳部屋。
私は全身鏡の前で、不機嫌を隠そうともせずに呟いた。
「これ、何キロあるの? 鎧(よろい)?」
「い、いえ! 最新流行の、宝石を散りばめたウエディングドレスでございます! 総重量はわずか二十キロほどで……」
「二十キロ!?」
私は叫んだ。
「お米二袋分を背負って歩けと言うの? これは結婚式よ、修行じゃないのよ!」
「し、しかし、皇后陛下の威厳を示すためには、これくらいのボリュームが……」
デザイナーの女性がオロオロしている。
私はバサリとドレスの裾を持ち上げ(重すぎて手首が折れそうだ)、ソファで優雅に紅茶を飲んでいるアレクシスを睨みつけた。
「アレク! 却下よ! こんなの着てたら、誓いのキスの前に私が圧死するわ!」
「ふむ。私は君が苦悶する表情も嫌いではないが」
「式場で花嫁が白目剥いて倒れてもいいのね?」
「それは困るな」
アレクシスはカップを置き、立ち上がった。
「デザイナー。彼女の要望を聞いてやってくれ。彼女は『機能美』を愛する女性だ」
「は、はい! では、どのようなデザインをご希望で……?」
デザイナーが手帳を構える。
私は即座に条件を列挙した。
「第一に、軽量化! 総重量は三キロ以内! 走って逃げられる重さにして!」
「に、逃げるのですか? 結婚式から?」
「緊急避難用よ! もしカイル王子みたいな馬鹿が乱入してきたら、蹴り飛ばせるくらいの可動域が必要なの!」
「は、はあ……(蹴り飛ばす……)」
「第二に、素材! レースやフリルはいらないわ。最高級のシルク一枚布で、シンプルかつゴージャスに。あ、ポケットもつけて」
「ポケット、ですか?」
「ええ。小腹が空いた時用に、クッキーやビーフジャーキーを隠し持てる深めのポケットを左右に」
「は、花嫁衣装にビーフジャーキー……!?」
デザイナーが卒倒しそうな顔をする。
「そして第三に! これが一番大事なんだけど……」
私は真顔で言った。
「一番『高そうに見える』やつにして。参列した貴族たちが『うわ、あの布地、国宝級じゃね?』ってビビるくらいのやつ」
「……承知いたしました。機能性と、威圧感ですね」
デザイナーはプロ根性を発揮し、猛スピードでデッサンを描き始めた。
「ミリオネ。ドレスはそれでいいとして」
アレクシスが分厚いファイルを差し出した。
「次は式次第と、会場装飾の打ち合わせだ」
「……まだあるの? もう入籍届にハンコ押して終わりじゃダメ?」
「ダメだ。盛大にやると約束しただろう」
私は渋々ファイルを受け取った。
パラパラとめくる。
「……ねえ、この『会場装花代:一千万ガルド』って何? 森でも作る気?」
「国中のバラを買い占める予定だ」
「無駄よ! 花なんて数日で枯れるじゃない! ゴミにお金を払うようなものよ!」
「ではどうする?」
「野菜になさい」
「……はい?」
「キャベツとかブロッコリーとか、緑が鮮やかな野菜を飾るのよ。遠目には花と変わらないわ。で、式の後は参列者に『引き出物』として持って帰らせるの。フードロス削減! 合理的でしょ?」
「……斬新すぎるな。皇后の結婚式が『野菜市』になったと歴史書に残るぞ」
「『国民の食卓を案じる慈悲深い皇后』って書かせればいいのよ」
私がドヤ顔で言うと、アレクシスは腹を抱えて笑い出した。
「くくく……っ! 最高だ。野菜のブーケか。君がブロッコリーを投げる姿、ぜひ見てみたい」
「ブロッコリーは投げないわよ。重いから鈍器になるわ」
「分かった。装飾の一部に野菜を取り入れよう。ただし、メインは宝石細工の花にする。これなら枯れないし、後で資産になるだろう?」
「……! 資産価値のある花! 採用!」
私の目が『¥』マークになった。
「次に、招待客リストだ」
アレクシスが別のリストを見せる。
「各国の王族、国内の有力貴族、合わせて二千人だ」
「二千人……! ご祝儀の計算が追いつかないわね」
私はニヤリと笑った。
「ねえ、入場料とれないかしら?」
「……ご祝儀とは別に、か?」
「ええ。『世紀の結婚式・S席チケット』とか言って売り出せば、プレミア価格で売れるわよ。転売対策もして」
「……君は本当に、どこまでも貪欲だな」
アレクシスは呆れつつも、愛おしそうに私を見る。
「チケット制は却下だ。品位に関わる。その代わり、当日の様子を描いた『記念絵画』や『記念硬貨』を販売しよう。その売上は君のポケットマネーにしていい」
「……記念グッズ販売! その手があったわね!」
私はポンと手を打った。
「やりましょう! 『ミリオネ&アレクシス・アクリルスタンド』とか『二人の愛の言葉カルタ』とか作りましょう!」
「カルタの内容が気になるが……まあいい、許可する」
こうして、私たちの結婚式の準備は、ロマンチックとは程遠い「ビジネス会議」の様相を呈して進んでいった。
数時間後。
すべての打ち合わせを終え、私はソファに沈み込んだ。
「……疲れた。もう動けない」
「よく頑張った。ご褒美だ」
アレクシスが、冷えた桃のコンポートを差し出してくる。
私はそれを口に含み、生き返ったように息をついた。
「……ねえ、アレク」
「なんだ」
「結婚式って、大変ね。たった数時間のために、これだけの労力とお金をかけて……」
「無駄だと思うか?」
「……効率だけで考えればね」
私はスプーンをくわえたまま、彼を見上げた。
「でも、まあ……あなたに『世界一綺麗な花嫁』を見せるためなら、少しは頑張ってあげてもいいわよ」
私の言葉に、アレクシスが目を見開く。
そして、蕩(とろ)けるような甘い笑顔を見せた。
「……楽しみにしている。きっと、どんな宝石よりも輝いているはずだ」
「当たり前でしょ。素材が良いんだから」
私はふんと鼻を鳴らし、照れ隠しに桃を頬張った。
ドレスよし。
予算よし。
グッズ販売計画よし。
準備は整った。
あとは当日、転ばないように歩き、誓いの言葉を噛まずに言い、美味しい料理を食べるだけだ。
……と思っていたのだが。
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