婚約破棄?これからは、推しの殿下のトップオタクとして生きていきますわ!

黒猫かの

文字の大きさ
5 / 28

5

「……なあ、リリアン。私は、間違ったことはしていないよな?」

 王宮の庭園、美しいバラに囲まれた東屋で。
 ヴィルフリート殿下は、ティーカップを手に持ったまま、虚空を見つめて呟きました。

「えっ? はい、もちろんですよ、殿下。メメル様はあんなに恐ろしい嫌がらせを私に……。婚約破棄は当然の報いですわ」

 リリアンは精一杯の愛らしさで微笑み、殿下のカップに紅茶を注ぎ足しました。
 しかし、殿下の眉間の皺は深くなるばかりです。

「そうだよな。あいつは私の婚約者という立場を利用して、私の周囲を嗅ぎ回り、私の私物を収集し、挙げ句の果てには私の寝顔をスケッチしていた。……あれは、間違いなく悪女の所業だった」

「……はい、聞いているだけで震えが止まりません」

「だが……。あの日、私が婚約破棄を告げた時の、あいつの顔が忘れられないんだ」

 殿下は、脳裏に焼き付いたメメルの表情を思い出しました。
 絶望でもなく、怒りでもなく、ましてや悲しみでもない。

 それは、真夏の太陽よりも眩しく、百合の花よりも清らかな……「救済を得た聖女」のような、一点の曇りもない満面の笑み。

「あんなに嬉しそうな顔をされると、まるで私が……あいつに最高のご褒美をプレゼントしてしまったような気分になる。私はあいつを罰したはずなのに、なぜ私の方が敗北感を味わっているんだ?」

「それは……メメル様が、ショックのあまり現実逃避されているだけですよ。きっと、お屋敷に帰って一人で泣いているはずですわ」

 リリアンがそう慰めた、その時でした。

「お言葉ですが、リリアン様。お嬢様は昨夜、過去最高に高い血圧とアドレナリン値を叩き出し、鼻歌交じりに殿下の祭壇を三倍の大きさに拡張しておりました」

 ガサリ、と茂みが揺れ。
 執事のセバスが、どこからともなく現れて深々と頭を下げました。

「うわあああ!? また貴様か! ここは王宮の、それも私のプライベートな庭園だぞ! なぜ公爵家の執事が当たり前のように庭師のふりをして潜んでいる!」

「失礼いたしました。お嬢様が『殿下のティータイムの背景に、黄色い花が足りない気がするわ』とおっしゃったので、急ぎパンジーを植えに参った次第です」

「……余計なお世話だ! というか、メメルはどうした! あいつはどこにいる!」

 殿下が周囲を警戒するように見回すと、セバスは静かに指を指しました。

「あちらの、時計塔の三階部分をご覧ください。あそこで不自然に反射している光が、お嬢様の『遠見の魔道具』にございます」

 殿下が目を凝らして時計塔を見上げると、そこには確かに、キラリと光るレンズのようなものが見えました。
 そして、風に乗って微かに、しかし確実に「尊い……ッ!」という叫び声が聞こえてきた気がしました。

「……あいつ、あんな遠くから監視しているのか? 私の視界に入るなと言ったからか?」

「左様でございます。お嬢様は『殿下という太陽を直視するのは、もはや畏れ多い。これからは反射光(リフレクション)を愛でる月になる』と、独自の哲学を開眼させておいでです」

「意味が分からん! 月になるなら、夜だけにしてくれ!」

 殿下は頭を抱えて座り込みました。
 これまで、多くの令嬢が彼を誘惑しようと近づいてきました。
 媚を売る者、涙を見せる者、家柄を盾にする者……。

 しかし、「婚約破棄されて、より一層元気に、遠くから拝み倒してくる者」など、前代未聞です。

「リリアン。……私は、あいつに『二度と顔を見せるな』と言った。それは、あいつが私に恋い焦がれて、苦しむ姿を想像していたからだ。だが、あいつは苦しむどころか、今の方が人生を楽しんでいるように見える」

「殿下……。そんな、メメル様のことばかり考えては、彼女の思う壺ですわ」

「わかっている。わかっているんだが……。あいつが私を見ない(物理的には見ているが、婚約者として接してこない)ことが、これほどまでに落ち着かないものだとは……」

 殿下は、自分の中にある奇妙な「独占欲」のようなものに気づき、戦慄しました。
 あんなに不気味で、あんなにストーカー気質だった女なのに。

 いざ「婚約者」という公的な絆が切れて、彼女が「自由なファン」という制御不能な存在になった途端、自分の方が彼女の掌の上で転がされているような……そんな錯覚に陥るのです。

「……セバス。メメルに伝えろ。そんな遠くからコソコソせずに、用があるなら正々堂々と来い、とな!」

「殿下、それは『ファンレターの返信』と受け取ってよろしいでしょうか?」

「違う! 苦情だ、ただの苦情だ!」

「承知いたしました。『殿下、ツンデレの極致へ』というタイトルでお伝えしておきます」

「タイトルをつけるなと言っているだろう!」

 殿下の叫び声に、時計塔のレンズが一段と激しく光りました。
 おそらく、メメルが感激のあまり魔道具を振り回しているのでしょう。

 ヴィルフリート殿下は、自分の人生が、この「婚約破棄」を境に、取り返しのつかない迷路に迷い込んでしまったことを予感せずにはいられませんでした。

「……リリアン。あいつのあの笑顔……。本当は、私が振られたんじゃないのか?」

「殿下! しっかりしてください! 振ったのは殿下の方ですわ!」

 春の風が、メメルの歓喜の叫びを、優しく、しかし執拗に殿下の耳へと運んでくるのでした。
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫に欠陥品と吐き捨てられた妃は、魔法使いの手を取るか?

里見
恋愛
リュシアーナは、公爵家の生まれで、容姿は清楚で美しく、所作も惚れ惚れするほどだと評判の妃だ。ただ、彼女が第一皇子に嫁いでから三年が経とうとしていたが、子どもはまだできなかった。 そんな時、夫は陰でこう言った。 「完璧な妻だと思ったのに、肝心なところが欠陥とは」 立ち聞きしてしまい、失望するリュシアーナ。そんな彼女の前に教え子だった魔法使いが現れた。そして、魔法使いは、手を差し出して、提案する。リュシアーナの願いを叶える手伝いをするとーー。 リュシアーナは、自身を子を産む道具のように扱う夫とその周囲を利用してのしあがることを決意し、その手をとる。様々な思惑が交錯する中、彼女と魔法使いは策謀を巡らして、次々と世論を操っていく。 男尊女卑の帝国の中で、リュシアーナは願いを叶えることができるのか、魔法使いは本当に味方なのか……。成り上がりを目論むリュシアーナの陰謀が幕を開ける。 *************************** 本編完結済み。番外編を不定期更新中。

悪女として処刑されたはずが、処刑前に戻っていたので処刑を回避するために頑張ります!

ゆずこしょう
恋愛
「フランチェスカ。お前を処刑する。精々あの世で悔いるが良い。」 特に何かした記憶は無いのにいつの間にか悪女としてのレッテルを貼られ処刑されたフランチェスカ・アマレッティ侯爵令嬢(18) 最後に見た光景は自分の婚約者であったはずのオルテンシア・パネットーネ王太子(23)と親友だったはずのカルミア・パンナコッタ(19)が寄り添っている姿だった。 そしてカルミアの口が動く。 「サヨナラ。かわいそうなフランチェスカ。」 オルテンシア王太子に見えないように笑った顔はまさしく悪女のようだった。 「生まれ変わるなら、自由気ままな猫になりたいわ。」 この物語は猫になりたいと願ったフランチェスカが本当に猫になって戻ってきてしまった物語である。

【完結】都合のいい女ではありませんので

風見ゆうみ
恋愛
アルミラ・レイドック侯爵令嬢には伯爵家の次男のオズック・エルモードという婚約者がいた。 わたしと彼は、現在、遠距離恋愛中だった。 サプライズでオズック様に会いに出かけたわたしは彼がわたしの親友と寄り添っているところを見てしまう。 「アルミラはオレにとっては都合のいい女でしかない」 レイドック侯爵家にはわたししか子供がいない。 オズック様は侯爵という爵位が目的で婿養子になり、彼がレイドック侯爵になれば、わたしを捨てるつもりなのだという。 親友と恋人の会話を聞いたわたしは彼らに制裁を加えることにした。 ※独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

婚約破棄を申し込むも、殿下の説得がガチすぎて詰む?

ちゅんりー
恋愛
公爵令嬢リペは、厳しい王妃教育と窮屈な未来から逃れるため、ある画期的な計画を思いつく。それは、世にも恐ろしい「悪役令嬢」になりきって、完璧な第一王子カイルに婚約破棄を叩きつけること! さっそくリペは、高笑いと共に「不敬な態度」「無駄遣い」「嫌がらせ」といった悪行の数々を繰り出すが……。

悪女と呼ばれた王妃

アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。 処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。 まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。 私一人処刑すれば済む話なのに。 それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。 目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。 私はただ、 貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。 貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、 ただ護りたかっただけ…。 だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。  ❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。

「やはり鍛えることは、大切だな」

イチイ アキラ
恋愛
「こんなブスと結婚なんていやだ!」  その日、一つのお見合いがあった。  ヤロール伯爵家の三男、ライアンと。  クラレンス辺境伯家の跡取り娘、リューゼットの。  そして互いに挨拶を交わすその場にて。  ライアンが開幕早々、ぶちかましたのであった。  けれども……――。 「そうか。私も貴様のような生っ白くてか弱そうな、女みたいな顔の屑はごめんだ。気が合うな」

【完結】侯爵令嬢は破滅を前に笑う

黒塔真実
恋愛
【番外編更新に向けて再編集中~内容は変わっておりません】禁断の恋に身を焦がし、来世で結ばれようと固く誓い合って二人で身投げした。そうして今生でもめぐり会い、せっかく婚約者同士になれたのに、国の内乱で英雄となった彼は、彼女を捨てて王女と王位を選んだ。 最愛の婚約者である公爵デリアンに婚約破棄を言い渡された侯爵令嬢アレイシアは、裏切られた前世からの恋の復讐のために剣を取る――今一人の女の壮大な復讐劇が始まる!! ※なろうと重複投稿です。★番外編「東へと続く道」「横取りされた花嫁」の二本を追加予定★

乳だけ立派なバカ女に婚約者の王太子を奪われました。別にそんなバカ男はいらないから復讐するつもりは無かったけど……

三葉 空
恋愛
「ごめん、シアラ。婚約破棄ってことで良いかな?」  ヘラヘラと情けない顔で言われる私は、公爵令嬢のシアラ・マークレイと申します。そして、私に婚約破棄を言い渡すのはこの国の王太子、ホリミック・ストラティス様です。  何でも話を聞く所によると、伯爵令嬢のマミ・ミューズレイに首ったけになってしまったそうな。お気持ちは分かります。あの女の乳のデカさは有名ですから。  えっ? もう既に男女の事を終えて、子供も出来てしまったと? 本当は後で国王と王妃が直々に詫びに来てくれるのだけど、手っ取り早く自分の口から伝えてしまいたかったですって? 本当に、自分勝手、ワガママなお方ですね。  正直、そちらから頼んで来ておいて、そんな一方的に婚約破棄を言い渡されたこと自体は腹が立ちますが、あなたという男に一切の未練はありません。なぜなら、あまりにもバカだから。  どうぞ、バカ同士でせいぜい幸せになって下さい。私は特に復讐するつもりはありませんから……と思っていたら、元王太子で、そのバカ王太子よりも有能なお兄様がご帰還されて、私を気に入って下さって……何だか、復讐できちゃいそうなんですけど?