8 / 28
8
しおりを挟む
「……セバス。ついに、ついに完成いたしましたわ! 我がラズライト公爵家の魔導技術と、私の執念が産んだ最高傑作が!」
深夜の公爵邸、地下の研究室。
私は、怪しく光る紫色の魔石をはめ込んだ小さな小箱を掲げ、勝ちどきを上げました。
「おめでとうございます、お嬢様。……で、それは一体何なのですが? 見たところ、ただの録音機能付きの魔導具のようですが」
「ただの録音機だなんて、失礼なことを言わないでちょうだい! これは『ヴィル様・添い寝&お目覚め・フルコンボBOX』ですわ!」
「……名前からして不敬の香りが漂っておりますね。具体的にどのような機能が?」
私は誇らしげに、箱の横にあるスイッチを押しました。
すると、箱の中から、ヴィルフリート殿下のあの低くて甘い、そして少しだけ不機嫌そうな声が響き渡ったのです。
『……いつまで寝ている。さっさと起きろ、このグズが』
……ああ! この「グズが」のあとの、僅かな吐息の漏れ!
耳元で囁かれているような、この圧倒的な臨場感!
「……お嬢様。これ、先日の夜会で殿下が激昂された時の音声を、加工して繋ぎ合わせたものですね?」
「ええ! 『起きろ』は、殿下が演習場で兵士に出した号令から。『グズが』は、私をゴミのように見た時の最高の一言から抽出いたしましたわ。これを枕元に置いて寝れば、毎朝、殿下の罵倒で一日をスタートできる……。これ以上の幸福がこの世にあるかしら!?」
「……一般的な女性なら、泣いて逃げ出すレベルの目覚まし時計ですが。お嬢様には聖音(ゴスペル)に聞こえるのですね」
「当然ですわ! この箱、量産して学園の女子寮で……いえ、全校生徒に配布したい……。でも、殿下の声を独占したいという私の独占欲(エゴ)が、それを許さないの……!」
私は魔導具を頬にすり寄せ、陶酔の表情を浮かべました。
翌日。
私はその「試作品」を懐に忍ばせ、意気揚々と学園に登校しました。
狙うは、本人の前での「動作確認」です。
廊下の角で、リリアンさんと談笑しているヴィルフリート殿下を発見。
私はすかさず、物陰からスイッチをオンにしました。
『……いつまで寝ている。さっさと起きろ、このグズが』
静かな廊下に、殿下の声が朗々と響き渡ります。
「……えっ!? 今、殿下がおっしゃったのですか?」
リリアンさんが驚いて周囲を見回しました。
殿下は、自分が口を開いていないのに自分の声が聞こえてきたことに、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしています。
「い、いや、私は何も言っていないぞ。……だが、今のは確かに私の声……」
「……ああっ、素晴らしい。生(なま)の声と、魔導具の声が共鳴(シンクロ)して、廊下全体が殿下のマイナスイオンで満たされていますわ……!」
私が壁際で悶絶していると、殿下が鋭い視線で私を見つけました。
「メメル! 貴様、また何を持っている! 今のは何だ!」
「殿下、お気づきになりましたか! これぞ私の愛の結晶、『罵倒ボイス付き目覚まし・ヴィル様一号』にございます!」
「勝手に私の声をサンプリングするな! しかもなぜ、よりによって一番不機嫌な時の声を選んだ!」
「それは、殿下の美しさが最も際立つのは『怒り』の感情がピークに達した時だからですわ。見てください、今のその、こめかみに浮き出た青筋! これも録音したかった……! セバス、次の『二号』には『こめかみピキピキ音』も追加しましょう!」
「承知いたしました。効果音として登録しておきます」
「勝手なことをするな! その箱を渡せ! 没収だ!」
殿下は顔を真っ赤にして、私から魔導具をひったくりました。
没収……! 殿下が、私の作ったグッズを自らの手で……!
「……ああっ、殿下! それは『実質的なプレゼントの受領』と解釈してよろしいでしょうか!? 『没収』という名の『受け取り』……! 殿下、ツンデレが過ぎますわ!」
「違う! 証拠隠滅だ! こんなおぞましい機械、今すぐ壊して……」
殿下が箱を叩き壊そうとした、その時。
箱から、隠しコマンドとして設定しておいた「極上のデレボイス」が流れ出しました。
『……あまり無理をするな。……お前のことは、私が……』
それは、数年前。
まだ私が「普通の」婚約者だった頃、殿下が一度だけ、風邪を引いた私に掛けてくれた言葉の断片。
私が魔法記憶(メモリー)の底から、死に物狂いで復元した奇跡の音声。
「…………っ!?」
殿下の動きが、ピタリと止まりました。
廊下に、気まずい沈黙が流れます。
「メメル……。貴様、こんな昔の声を、まだ……」
「……殿下。その声は、私の宝物庫の最奥に厳重に保管されていたものです。ですが、今の『ゴミ瞳』の殿下も素敵ですが、たまにはその『無自覚な優しさ』というスパイスも必要だと思いまして」
私は、少しだけ真面目な顔で殿下を見つめました。
殿下の耳の裏が、真っ赤に染まっていくのが分かります。
「……うるさい! とにかく没収だ! これは私が預かる!」
殿下は、箱を抱えたまま、足早に走り去っていきました。
その後ろ姿を見送りながら、リリアンさんが呆然と呟きました。
「……殿下、壊さないで持って行っちゃいましたね……」
「ええ。きっと今夜あたり、お一人でこっそり再生して悶絶されるはずですわ。それもまた、良い供給ですこと」
私は満足げに頷き、懐から「ヴィル様二号(バックアップ)」を取り出しました。
「セバス。殿下は一号を持って行かれましたが、予備はあと十個ありますわね?」
「はい、お嬢様。すでに公爵邸の各部屋、および殿下の寝室の天井裏に設置済みでございます」
「完璧だわ、セバス。さあ、次は『殿下の足音だけを抽出した癒やしASMR』の開発に取りかかりましょう!」
「承知いたしました。録音部隊を配置いたします」
没収されたことですら、次のオタ活の燃料にする。
メメルの「新作グッズ」旋風は、学園全体を巻き込みながら、さらに激しさを増していくのでした。
深夜の公爵邸、地下の研究室。
私は、怪しく光る紫色の魔石をはめ込んだ小さな小箱を掲げ、勝ちどきを上げました。
「おめでとうございます、お嬢様。……で、それは一体何なのですが? 見たところ、ただの録音機能付きの魔導具のようですが」
「ただの録音機だなんて、失礼なことを言わないでちょうだい! これは『ヴィル様・添い寝&お目覚め・フルコンボBOX』ですわ!」
「……名前からして不敬の香りが漂っておりますね。具体的にどのような機能が?」
私は誇らしげに、箱の横にあるスイッチを押しました。
すると、箱の中から、ヴィルフリート殿下のあの低くて甘い、そして少しだけ不機嫌そうな声が響き渡ったのです。
『……いつまで寝ている。さっさと起きろ、このグズが』
……ああ! この「グズが」のあとの、僅かな吐息の漏れ!
耳元で囁かれているような、この圧倒的な臨場感!
「……お嬢様。これ、先日の夜会で殿下が激昂された時の音声を、加工して繋ぎ合わせたものですね?」
「ええ! 『起きろ』は、殿下が演習場で兵士に出した号令から。『グズが』は、私をゴミのように見た時の最高の一言から抽出いたしましたわ。これを枕元に置いて寝れば、毎朝、殿下の罵倒で一日をスタートできる……。これ以上の幸福がこの世にあるかしら!?」
「……一般的な女性なら、泣いて逃げ出すレベルの目覚まし時計ですが。お嬢様には聖音(ゴスペル)に聞こえるのですね」
「当然ですわ! この箱、量産して学園の女子寮で……いえ、全校生徒に配布したい……。でも、殿下の声を独占したいという私の独占欲(エゴ)が、それを許さないの……!」
私は魔導具を頬にすり寄せ、陶酔の表情を浮かべました。
翌日。
私はその「試作品」を懐に忍ばせ、意気揚々と学園に登校しました。
狙うは、本人の前での「動作確認」です。
廊下の角で、リリアンさんと談笑しているヴィルフリート殿下を発見。
私はすかさず、物陰からスイッチをオンにしました。
『……いつまで寝ている。さっさと起きろ、このグズが』
静かな廊下に、殿下の声が朗々と響き渡ります。
「……えっ!? 今、殿下がおっしゃったのですか?」
リリアンさんが驚いて周囲を見回しました。
殿下は、自分が口を開いていないのに自分の声が聞こえてきたことに、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしています。
「い、いや、私は何も言っていないぞ。……だが、今のは確かに私の声……」
「……ああっ、素晴らしい。生(なま)の声と、魔導具の声が共鳴(シンクロ)して、廊下全体が殿下のマイナスイオンで満たされていますわ……!」
私が壁際で悶絶していると、殿下が鋭い視線で私を見つけました。
「メメル! 貴様、また何を持っている! 今のは何だ!」
「殿下、お気づきになりましたか! これぞ私の愛の結晶、『罵倒ボイス付き目覚まし・ヴィル様一号』にございます!」
「勝手に私の声をサンプリングするな! しかもなぜ、よりによって一番不機嫌な時の声を選んだ!」
「それは、殿下の美しさが最も際立つのは『怒り』の感情がピークに達した時だからですわ。見てください、今のその、こめかみに浮き出た青筋! これも録音したかった……! セバス、次の『二号』には『こめかみピキピキ音』も追加しましょう!」
「承知いたしました。効果音として登録しておきます」
「勝手なことをするな! その箱を渡せ! 没収だ!」
殿下は顔を真っ赤にして、私から魔導具をひったくりました。
没収……! 殿下が、私の作ったグッズを自らの手で……!
「……ああっ、殿下! それは『実質的なプレゼントの受領』と解釈してよろしいでしょうか!? 『没収』という名の『受け取り』……! 殿下、ツンデレが過ぎますわ!」
「違う! 証拠隠滅だ! こんなおぞましい機械、今すぐ壊して……」
殿下が箱を叩き壊そうとした、その時。
箱から、隠しコマンドとして設定しておいた「極上のデレボイス」が流れ出しました。
『……あまり無理をするな。……お前のことは、私が……』
それは、数年前。
まだ私が「普通の」婚約者だった頃、殿下が一度だけ、風邪を引いた私に掛けてくれた言葉の断片。
私が魔法記憶(メモリー)の底から、死に物狂いで復元した奇跡の音声。
「…………っ!?」
殿下の動きが、ピタリと止まりました。
廊下に、気まずい沈黙が流れます。
「メメル……。貴様、こんな昔の声を、まだ……」
「……殿下。その声は、私の宝物庫の最奥に厳重に保管されていたものです。ですが、今の『ゴミ瞳』の殿下も素敵ですが、たまにはその『無自覚な優しさ』というスパイスも必要だと思いまして」
私は、少しだけ真面目な顔で殿下を見つめました。
殿下の耳の裏が、真っ赤に染まっていくのが分かります。
「……うるさい! とにかく没収だ! これは私が預かる!」
殿下は、箱を抱えたまま、足早に走り去っていきました。
その後ろ姿を見送りながら、リリアンさんが呆然と呟きました。
「……殿下、壊さないで持って行っちゃいましたね……」
「ええ。きっと今夜あたり、お一人でこっそり再生して悶絶されるはずですわ。それもまた、良い供給ですこと」
私は満足げに頷き、懐から「ヴィル様二号(バックアップ)」を取り出しました。
「セバス。殿下は一号を持って行かれましたが、予備はあと十個ありますわね?」
「はい、お嬢様。すでに公爵邸の各部屋、および殿下の寝室の天井裏に設置済みでございます」
「完璧だわ、セバス。さあ、次は『殿下の足音だけを抽出した癒やしASMR』の開発に取りかかりましょう!」
「承知いたしました。録音部隊を配置いたします」
没収されたことですら、次のオタ活の燃料にする。
メメルの「新作グッズ」旋風は、学園全体を巻き込みながら、さらに激しさを増していくのでした。
0
あなたにおすすめの小説
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
居候と婚約者が手を組んでいた!
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!
って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!
父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。
アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。
最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。
能ある妃は身分を隠す
赤羽夕夜
恋愛
セラス・フィーは異国で勉学に励む為に、学園に通っていた。――がその卒業パーティーの日のことだった。
言われもない罪でコンペーニュ王国第三王子、アレッシオから婚約破棄を大体的に告げられる。
全てにおいて「身に覚えのない」セラスは、反論をするが、大衆を前に恥を掻かせ、利益を得ようとしか思っていないアレッシオにどうするべきかと、考えているとセラスの前に現れたのは――。
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
婚約者はメイドに一目惚れしたようです~悪役になる決意をしたら幼馴染に異変アリ~
たんぽぽ
恋愛
両家の話し合いは円満に終わり、酒を交わし互いの家の繁栄を祈ろうとしていた矢先の出来事。
酒を運んできたメイドを見て小さく息を飲んだのは、たった今婚約が決まった男。
不運なことに、婚約者が一目惚れする瞬間を見てしまったカーテルチアはある日、幼馴染に「わたくし、立派な悪役になります」と宣言した。
婚約破棄から~2年後~からのおめでとう
夏千冬
恋愛
第一王子アルバートに婚約破棄をされてから二年経ったある日、自分には前世があったのだと思い出したマルフィルは、己のわがままボディに絶句する。
それも王命により屋敷に軟禁状態。肉塊のニート令嬢だなんて絶対にいかん!
改心を決めたマルフィルは、手始めにダイエットをして今年行われるアルバートの生誕祝賀パーティーに出席することを目標にする。
嫁ぎ先(予定)で虐げられている前世持ちの小国王女はやり返すことにした
基本二度寝
恋愛
小国王女のベスフェエラには前世の記憶があった。
その記憶が役立つ事はなかったけれど、考え方は王族としてはかなり柔軟であった。
身分の低い者を見下すこともしない。
母国では国民に人気のあった王女だった。
しかし、嫁ぎ先のこの国に嫁入りの準備期間としてやって来てから散々嫌がらせを受けた。
小国からやってきた王女を見下していた。
極めつけが、周辺諸国の要人を招待した夜会の日。
ベスフィエラに用意されたドレスはなかった。
いや、侍女は『そこにある』のだという。
なにもかけられていないハンガーを指差して。
ニヤニヤと笑う侍女を見て、ベスフィエラはカチンと来た。
「へぇ、あぁそう」
夜会に出席させたくない、王妃の嫌がらせだ。
今までなら大人しくしていたが、もう我慢を止めることにした。
『働いたら負けだと思ったので、何もしなかったら勝手に勝ちました』
ふわふわ
恋愛
王太子から一方的に婚約を破棄された公爵令嬢、
ファワーリス・シグナス。
理由は単純。
「何もしようとしない女だから」。
……だが彼女は、反論もしなければ、復讐もしない。
泣き叫ぶことも、見返そうと努力することもなく、
ただ静かに言う。
――「何をする必要が?」
彼女は何もしない。
問題が起きれば専門家が対処すべきであり、
素人が善意で口出しする方が、かえって傷口を広げると知っているから。
婚約破棄の後、
周囲は勝手に騒ぎ、勝手に動き、勝手に自滅し、
勝手に問題を解決していく。
彼女がしたことは、
・責任を引き受けない
・期待に応えない
・象徴にならない
・巻き込まれない
――ただそれだけ。
それでも世界は、
彼女を基準にし、
彼女を利用しようとし、
最後には「選ぼう」とする。
だがファワーリスは、
そのすべてを静かに拒み続ける。
働いたら負け。
何もしないのが勝ち。
何も背負わず、何も奪わず、何も失わない。
「何もしない」という選択を貫いた令嬢が手にしたのは、
誰にも邪魔されない、完全な自由だった。
これは、
戦わず、争わず、努力もせず、
それでも最後に“勝ってしまった”
一人の令嬢の、静かなざまぁ物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる