周囲が放っておいてくれません!悪役令嬢は自由なりたい!

黒猫かの

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「……到着しました、ミシェル様」

ルーカスが馬を止め、重々しい口調で言った。

私は馬から降り、目の前の光景を見上げた。

「……なるほど」

そこにあったのは、別荘というより「遺跡」だった。

屋根は半分抜け落ち、壁は蔦(つた)に覆われ、窓ガラスは一枚も残っていない。

入り口の扉は蝶番(ちょうつがい)が壊れて斜めに傾き、風が吹くたびに「ギー……」とホラー映画のような音を立てている。

庭は雑草というレベルを超えて、すでに原生林になりかけていた。

「素晴らしいわ」

私は感嘆の声を漏らした。

ルーカスがギョッとして私を見る。

「す、素晴らしい、ですか? どう見ても廃墟ですが」

「いいえ、ルーカス。これは『キャンバス』よ」

私は両手を広げた。

「完成された家なんてつまらないわ。自分の手で、自分好みに作り変えられる。これこそがDIY(Do It Yourself)の醍醐味! ああ、創作意欲が湧いてきたわ!」

「……そうですか。貴女がそう仰るなら、ここは宮殿の礎(いしずえ)に見えてきました」

ルーカスは瞬時に洗脳された。

適応能力が高すぎる。

「さあ、まずは現状確認(インスペクション)よ! 中に入るわ!」

私は傾いた扉を蹴り開けようとしたが、腐っていたため、蹴った瞬間に扉ごとバタンと倒れた。

「……風通しが良くなったわね」

「ポジティブですね」

中に入ると、埃(ほこり)とカビの臭いが鼻をつく。

床板はところどころ腐り落ちており、慎重に歩かないと一階から地下室へ直行することになりそうだ。

蜘蛛の巣がカーテンのように垂れ下がっている。

「まずは掃除ね。この埃と蜘蛛の巣を一掃しないと、寝る場所も確保できないわ」

「お任せください」

ルーカスが前に出た。

腰の剣に手をかける。

「え? 掃除用具なんてないわよ?」

「必要ありません。私の剣技『旋風(サイクロン)』を使えば」

ルーカスが剣を抜き、目にも止まらぬ速さで回転させた。

ヒュゴォォォォォ!!!

室内で突風が発生した。

竜巻のような風圧が、埃も、蜘蛛の巣も、腐った床板の破片も、全てを巻き込んで窓の外へと吹き飛ばしていく。

数秒後。

そこには、チリ一つない(ついでにボロい家具も消滅した)空間が広がっていた。

「……完了しました」

ルーカスが涼しい顔で剣を納める。

私は拍手した。

「すごい! 人間ルンバね!」

「光栄です」

「じゃあ次は草刈りよ! 庭がジャングルすぎるわ」

「お安い御用です。秘剣『薙ぎ払い』で」

ザシュッ!!

一閃。

庭の雑草が根元から綺麗に切断された。

しかも、ちょうどいい長さに揃えられている。

「ついでに薪(まき)も作っておきました」

「有能すぎるわ……! 貴方、騎士団長より便利屋の方が向いているんじゃない?」

「貴女専用の執事になれるなら、騎士の称号など捨てても構いません」

私たちはその後も、驚異的なスピードで作業を進めた。

私が「あそこの壁、穴が開いてる」と言えば、ルーカスが森から木を切り出し、剣で製材し、手刀で釘を打ち込んで修復する。

私が「水回りが汚い」と言えば、ルーカスが水魔法(初級)を高圧力で噴射し、高圧洗浄機となって汚れを削ぎ落とす。

夕方になる頃には、廃墟は「ちょっと古風なコテージ」くらいまでランクアップしていた。

「ふぅ……。ひとまず、住める状態にはなったわね」

私たちは綺麗になったテラス(床板は新品)に腰掛け、夕日を眺めた。

労働の後の充実感が心地よい。

「ミシェル様、お茶が入りました」

ルーカスが、どこからともなく取り出したティーセットで紅茶を淹れてくれた。

カップからは湯気が立ち上り、優雅な香りが漂う。

「ありがとう。……ねえ、ルーカス」

「はい」

「貴方、本当になんでもできるのね」

「いいえ。私にできるのは破壊と、少しの生活魔法だけです。貴女のように『設計図』を描き、指示を出すことはできません」

彼は真面目な顔で言った。

「今日、改めて思いました。貴女の指示は的確で、無駄がない。廃墟を前にしても動じず、次々と改善案を出すその姿……やはり、貴女は王(キング)の器だ」

「買い被りすぎよ。私はただ、快適な養鶏ライフを送りたいだけ」

「養鶏……そういえば、鶏小屋のスペースも確保しましたね」

「ええ。明日、村へ行って鶏を仕入れてくるわ。卵があれば、食生活は豊かになるもの」

私たちは紅茶を啜った。

静かだ。

王城の喧騒も、アレクセイの喚き声もない。

ただ、虫の声と風の音だけが聞こえる。

「……幸せね」

私がポツリと呟くと、ルーカスが優しく微笑んだ。

「ええ。貴女が笑ってくれるなら、ここは王宮よりも豪華な場所です」

甘い空気が流れる。

このまま、二人でスローライフを……。

そう思った瞬間だった。

ヒュ~~~……ドロドロドロ……。

どこからともなく、不気味な音が聞こえてきた。

そして、部屋の奥から、青白い人魂のようなものがフワフワと漂ってきた。

『……うらめしやぁ……』

透き通った老人の姿が、宙に浮いている。

「……出た」

私は冷静にカップを置いた。

看板に書いてあった『※ただし幽霊が出ます』は、本当だったらしい。

ルーカスが即座に立ち上がり、剣の柄に手をかけた。

「悪霊退散(エクソシズム)! 斬り捨てますか?」

「待って。物理攻撃は効かないでしょ」

「では、聖水(ホーリーウォーター)をぶっかけます」

「もったいないわ。話を聞きましょう」

私は幽霊に向かって手招きした。

「こんばんは。ここの元家主さん?」

幽霊はピタリと止まった。

『……え? 怖くないの?』

「生きた人間(王太子)の方がよっぽど怖かったから、平気よ。で、何か未練でも?」

『い、いや……誰も住んでくれないから寂しくて……出て行けって言うつもりだったんじゃが……』

幽霊のおじいちゃんは、モジモジしている。

私はニヤリと笑った。

またしても「労働力」の匂いがする。

「おじいちゃん。ここ、私がリフォームしたの。快適でしょう?」

『う、うむ。見違えるようじゃ』

「住ませてあげてもいいわよ。ただし」

『ただし?』

「家賃の代わりに、夜間の警備(セコム)をお願いできる? 泥棒とか、ストーカー王子とかが来たら、その幽霊パワーで追い返して欲しいの」

『えっ、そんなことでいいのか? わし、脅かすのは得意じゃぞ!』

「交渉成立ね」

私はルーカスに目配せした。

「ルーカス、彼にお供え物(お酒)を用意してあげて。今日から彼は、うちの警備員よ」

「……ミシェル様。貴女は幽霊まで雇用するのですか」

ルーカスは呆れつつも、従順にお酒を用意した。

こうして、辺境の別荘ライフ初日。

私たちは、最強の騎士団長(家政夫)と、地縛霊(警備員)という、鉄壁の布陣を手に入れたのだった。

夜。

修復したばかりのベッドで眠りにつきながら、私は思った。

「明日は村へ行って、鶏と……あと『下僕』を増やさないとね」

私の野望は、まだ始まったばかりだ。
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