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「コケェェェェェッ!!!」
その日の朝、私の目覚まし時計代わりになったのは、地獄の底から響くような咆哮だった。
「……何?」
私は寝袋から飛び起きた。
テントがビリビリと震えている。
「地震? それともまたバッファロー?」
「いいえ、ミシェル様。……震源地は『鶏小屋』です」
ルーカスがすでに装備(ミスリルの鍬)を整えていた。
私たちはテントを飛び出し、昨日ルーカスが岩を削って作った「要塞型・鶏小屋」へと走った。
そこには、信じがたい光景が広がっていた。
石造りの頑丈な壁にヒビが入り、屋根が吹き飛んでいる。
そして、その残骸の中から、巨大な影がヌッと立ち上がった。
「コォォォォォォ……!」
体長3メートル。
燃えるような真紅の羽毛。
鋭い眼光と、鋼鉄のようなクチバシ。
「……ドラゴン?」
私が呟くと、その怪物は私を見て首を傾げた。
「コケ?」
「……コッコ1号ね」
間違いない。あのつぶらな瞳(サイズは皿くらいあるが)は、村から連れてきた愛鶏、コッコ1号だ。
「巨大化しましたね」
ルーカスが冷静に分析する。
「原因は明白です。昨日、エサに混ぜた『ハーブ』です」
「あのドラゴンの肥料で育ったロイヤルミント?」
「はい。さらに飲み水として『天然微炭酸水(魔素入り)』を与えました」
「ドーピングじゃない!」
私は頭を抱えた。
ドラゴンの魔力が宿ったハーブと、大地のエネルギー満タンの水。
それを摂取した鶏が、ただの鶏でいられるはずがなかった。
「どうしますか、ミシェル様。……〆(シメ)ますか?」
ルーカスが鍬を構える。
コッコ1号が殺気を感じ取り、羽を逆立てた。
「コケェェェッ!」
ボォォォォォッ!!
口から灼熱の炎が吐き出された。
「火ぃ吹いたわよ!?」
「危ない!」
ルーカスが私を抱えて横っ飛びする。
炎は地面を焼き焦がし、岩をドロドロに溶かした。
「……火力強すぎない? 焼き鳥にする前にこっちが消し炭になるわ」
私はルーカスの腕の中で、即座に電卓(ゴールドモデル)を取り出した。
ピンチはチャンス。
この状況を「利益」に変えるルートを検索する。
1秒後。計算完了。
「ルーカス! 殺してはダメ! 生け捕りよ!」
「はい!? しかし危険です!」
「見て! あそこ!」
私は鶏小屋の奥を指差した。
そこには、巨大な金色の物体が鎮座していた。
「……卵?」
「そうよ。コッコ1号が産んだ卵よ。……直径50センチはあるわね」
私はニヤリと笑った。
「通常の卵の50倍のサイズ。しかも『火を吹く鶏(フェニックス・チキン)』の卵となれば、希少価値は計り知れないわ」
「な、なるほど……!」
「それに、あの火力! 冬場の暖房器具としても使えるし、温泉を沸かす熱源にもなるわ!」
「さすがミシェル様! 魔獣すらもインフラの一部とみなすとは!」
ルーカスは感服し、鍬の峰(背の部分)を向けた。
「わかりました! 私が手なずけてみせます! ……お座り!!」
ルーカスが殺気を消し、両手を広げてコッコ1号に近づく。
「コ、コケッ!(やるか!)」
コッコ1号がクチバシで攻撃を仕掛ける。
ガキンッ!!
ルーカスはそれを鍬で受け止めた。
「いい子だ……お前は強い。だが、主(ミシェル様)の安眠を妨げるのは感心しないな」
「コケッ!?」
「俺に従え。そうすれば、もっと美味いハーブを食わせてやる」
「……コケ?」
「マッサージもしてやるぞ。ここか? トサカの裏か?」
ルーカスは攻撃をさばきながら、コッコ1号の急所(気持ちいいポイント)を的確に撫でた。
「コ……コケェ~……♡」
数分後。
巨大な怪鳥は、ルーカスの足元で喉を鳴らして甘える巨大なペットと化していた。
「……手懐けたわね」
「動物には好かれるタチですので」
ルーカスが汗を拭う。
「ミシェル様、卵を回収しました。……熱いです。まだ燃えています」
彼が抱えてきた卵は、ほんのりと赤く発光していた。
「素晴らしいわ。早速、朝食にしましょう」
私たちはその巨大卵を使って、超特大目玉焼きを作った。
石板の上で焼くと、殻を割った瞬間に濃厚な香りが広がり、黄身は宝石のように輝いていた。
「いただきます」
一口食べる。
「……!!」
全身に力がみなぎる感覚。
「これは……滋養強壮どころじゃないわ。寿命が延びた気がする」
「魔力が回復しますね。徹夜続きでも平気になりそうです」
「商品名『不老不死の卵』で売り出しましょう。一個金貨百枚ね」
こうして、私たちの養鶏場は、「魔物牧場」へと進化した。
コッコ1号(フェニックス種)を筆頭に、他の鶏たちも次々と進化を遂げ、色とりどりの巨大卵を産むようになった。
数週間後。
荒野の風景は激変していた。
ガッポリ商会が運んできた資材と、ルーカスの超人的な建築スキルにより、テント生活は終了。
そこには、ログハウス風の立派な邸宅(二階建て・執務室完備)が建っていた。
庭には、青々と茂るハーブ園。
裏手には、巨大鶏たちが放し飼いにされている牧場。
そして、湧き出した炭酸泉を利用した露天風呂まで完成していた。
「……極楽ね」
私は露天風呂に浸かりながら、シュワシュワするお湯の感触を楽しんでいた。
目の前には、広大な荒野と満天の星空。
隣(の男湯)からは、ルーカスが鼻歌を歌っているのが聞こえる。
「ミシェル様、お湯加減はいかがですか?」
「最高よ。コッコ1号が沸かしてくれたお湯だから、芯まで温まるわ」
「それは良かったです。……あ、ミシェル様」
「何?」
「そろそろ、ガッポリが『アレ』を持ってくる頃ですね」
「アレ?」
「ウェディングドレスです」
ドキリ、とした。
そうだった。
生活基盤が整ったら、式を挙げようと約束していたのだ。
「……そうね。もうそんな時期か」
私はお湯に顔を半分沈めた。
照れ隠しだ。
「準備、できてる?」
「はい。教会はありませんが、この荒野そのものが聖堂です。神父役は……まあ、通りすがりの誰かを捕まえましょう」
「適当ね」
「愛があれば形式など不要です」
壁越しに、彼の優しい笑い声が聞こえる。
幸せだ。
王城で書類と格闘していた日々が、遥か昔のことのように思える。
「楽しみね、ルーカス」
「はい、ミシェル様」
しかし。
私たちの結婚式が、ただの「慎ましい式」で終わるはずがなかった。
招待状も出していないのに、当日は「招かれざる客」たちが大挙して押し寄せることになるのだ。
その日の朝、私の目覚まし時計代わりになったのは、地獄の底から響くような咆哮だった。
「……何?」
私は寝袋から飛び起きた。
テントがビリビリと震えている。
「地震? それともまたバッファロー?」
「いいえ、ミシェル様。……震源地は『鶏小屋』です」
ルーカスがすでに装備(ミスリルの鍬)を整えていた。
私たちはテントを飛び出し、昨日ルーカスが岩を削って作った「要塞型・鶏小屋」へと走った。
そこには、信じがたい光景が広がっていた。
石造りの頑丈な壁にヒビが入り、屋根が吹き飛んでいる。
そして、その残骸の中から、巨大な影がヌッと立ち上がった。
「コォォォォォォ……!」
体長3メートル。
燃えるような真紅の羽毛。
鋭い眼光と、鋼鉄のようなクチバシ。
「……ドラゴン?」
私が呟くと、その怪物は私を見て首を傾げた。
「コケ?」
「……コッコ1号ね」
間違いない。あのつぶらな瞳(サイズは皿くらいあるが)は、村から連れてきた愛鶏、コッコ1号だ。
「巨大化しましたね」
ルーカスが冷静に分析する。
「原因は明白です。昨日、エサに混ぜた『ハーブ』です」
「あのドラゴンの肥料で育ったロイヤルミント?」
「はい。さらに飲み水として『天然微炭酸水(魔素入り)』を与えました」
「ドーピングじゃない!」
私は頭を抱えた。
ドラゴンの魔力が宿ったハーブと、大地のエネルギー満タンの水。
それを摂取した鶏が、ただの鶏でいられるはずがなかった。
「どうしますか、ミシェル様。……〆(シメ)ますか?」
ルーカスが鍬を構える。
コッコ1号が殺気を感じ取り、羽を逆立てた。
「コケェェェッ!」
ボォォォォォッ!!
口から灼熱の炎が吐き出された。
「火ぃ吹いたわよ!?」
「危ない!」
ルーカスが私を抱えて横っ飛びする。
炎は地面を焼き焦がし、岩をドロドロに溶かした。
「……火力強すぎない? 焼き鳥にする前にこっちが消し炭になるわ」
私はルーカスの腕の中で、即座に電卓(ゴールドモデル)を取り出した。
ピンチはチャンス。
この状況を「利益」に変えるルートを検索する。
1秒後。計算完了。
「ルーカス! 殺してはダメ! 生け捕りよ!」
「はい!? しかし危険です!」
「見て! あそこ!」
私は鶏小屋の奥を指差した。
そこには、巨大な金色の物体が鎮座していた。
「……卵?」
「そうよ。コッコ1号が産んだ卵よ。……直径50センチはあるわね」
私はニヤリと笑った。
「通常の卵の50倍のサイズ。しかも『火を吹く鶏(フェニックス・チキン)』の卵となれば、希少価値は計り知れないわ」
「な、なるほど……!」
「それに、あの火力! 冬場の暖房器具としても使えるし、温泉を沸かす熱源にもなるわ!」
「さすがミシェル様! 魔獣すらもインフラの一部とみなすとは!」
ルーカスは感服し、鍬の峰(背の部分)を向けた。
「わかりました! 私が手なずけてみせます! ……お座り!!」
ルーカスが殺気を消し、両手を広げてコッコ1号に近づく。
「コ、コケッ!(やるか!)」
コッコ1号がクチバシで攻撃を仕掛ける。
ガキンッ!!
ルーカスはそれを鍬で受け止めた。
「いい子だ……お前は強い。だが、主(ミシェル様)の安眠を妨げるのは感心しないな」
「コケッ!?」
「俺に従え。そうすれば、もっと美味いハーブを食わせてやる」
「……コケ?」
「マッサージもしてやるぞ。ここか? トサカの裏か?」
ルーカスは攻撃をさばきながら、コッコ1号の急所(気持ちいいポイント)を的確に撫でた。
「コ……コケェ~……♡」
数分後。
巨大な怪鳥は、ルーカスの足元で喉を鳴らして甘える巨大なペットと化していた。
「……手懐けたわね」
「動物には好かれるタチですので」
ルーカスが汗を拭う。
「ミシェル様、卵を回収しました。……熱いです。まだ燃えています」
彼が抱えてきた卵は、ほんのりと赤く発光していた。
「素晴らしいわ。早速、朝食にしましょう」
私たちはその巨大卵を使って、超特大目玉焼きを作った。
石板の上で焼くと、殻を割った瞬間に濃厚な香りが広がり、黄身は宝石のように輝いていた。
「いただきます」
一口食べる。
「……!!」
全身に力がみなぎる感覚。
「これは……滋養強壮どころじゃないわ。寿命が延びた気がする」
「魔力が回復しますね。徹夜続きでも平気になりそうです」
「商品名『不老不死の卵』で売り出しましょう。一個金貨百枚ね」
こうして、私たちの養鶏場は、「魔物牧場」へと進化した。
コッコ1号(フェニックス種)を筆頭に、他の鶏たちも次々と進化を遂げ、色とりどりの巨大卵を産むようになった。
数週間後。
荒野の風景は激変していた。
ガッポリ商会が運んできた資材と、ルーカスの超人的な建築スキルにより、テント生活は終了。
そこには、ログハウス風の立派な邸宅(二階建て・執務室完備)が建っていた。
庭には、青々と茂るハーブ園。
裏手には、巨大鶏たちが放し飼いにされている牧場。
そして、湧き出した炭酸泉を利用した露天風呂まで完成していた。
「……極楽ね」
私は露天風呂に浸かりながら、シュワシュワするお湯の感触を楽しんでいた。
目の前には、広大な荒野と満天の星空。
隣(の男湯)からは、ルーカスが鼻歌を歌っているのが聞こえる。
「ミシェル様、お湯加減はいかがですか?」
「最高よ。コッコ1号が沸かしてくれたお湯だから、芯まで温まるわ」
「それは良かったです。……あ、ミシェル様」
「何?」
「そろそろ、ガッポリが『アレ』を持ってくる頃ですね」
「アレ?」
「ウェディングドレスです」
ドキリ、とした。
そうだった。
生活基盤が整ったら、式を挙げようと約束していたのだ。
「……そうね。もうそんな時期か」
私はお湯に顔を半分沈めた。
照れ隠しだ。
「準備、できてる?」
「はい。教会はありませんが、この荒野そのものが聖堂です。神父役は……まあ、通りすがりの誰かを捕まえましょう」
「適当ね」
「愛があれば形式など不要です」
壁越しに、彼の優しい笑い声が聞こえる。
幸せだ。
王城で書類と格闘していた日々が、遥か昔のことのように思える。
「楽しみね、ルーカス」
「はい、ミシェル様」
しかし。
私たちの結婚式が、ただの「慎ましい式」で終わるはずがなかった。
招待状も出していないのに、当日は「招かれざる客」たちが大挙して押し寄せることになるのだ。
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