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「さあ、皆様! エプロンの紐はきつく締めましたか? 今日はルベル公爵家の威信をかけた、最高のおもてなしを披露いたしますわよ!」
私は鏡の前で、いつもより少しだけ「強気」な赤を差したメイクを確認し、背後に控える二十五名の元・騎士たちに声をかけました。
「はっ、アイーナ様! シャンパングラスの角度はミリ単位で調整済みです!」
「料理の提供タイミングも、各諸侯の咀嚼速度に合わせて計算しております!」
カイルさんをはじめとする元・近衛騎士たちは、今や執事としてのプロ意識に目覚めていました。
彼らの手には、剣の代わりに磨き抜かれた銀のトレイが握られています。
「アイーナ様、本当に諸侯の皆様がいらっしゃるのでしょうか? 殿下の動員令を無視して、こちらの夜会に来るなんて……」
マリエル様が、不安そうにドレスの裾をいじりながら尋ねました。
「来ますわ。……というより、来ざるを得ません。彼らだって、殿下の無意味な戦争に付き合わされて領地を疲弊させるより、美味しい食事と『今後の減税計画』の話を聞く方が、よほど有意義だと分かっていますもの」
私は営業用スマイルを、さらに「信頼感」を高めた黄金比率で構築しました。
すると、屋敷の正面玄関から、続々と馬車が到着する音が響き始めました。
アステリア王国の重鎮である侯爵や伯爵たちが、当惑したような、それでいて興味津々な表情で会場へと入ってきます。
「……これは。戦の準備かと思えば、なんとも優雅な香りだ」
「ルベル公爵、これは一体どういう風の吹き回しかな? 殿下はアイーナ嬢を『拉致された悲劇のヒロイン』だと仰っているが……」
諸侯たちが、ホールの中心で不敵に微笑む私を見て、ざわめき始めました。
私は一歩前に出ると、鈴の音のような声で宣言しました。
「皆様、本日はお忙しい中、私の『自由記念パーティー』へお越しいただきありがとうございます。……まず最初に、一つだけ訂正させてくださいませ」
私はパチンと指を鳴らしました。
すると、元・近衛騎士たちが一斉に、諸侯の前に「ある書類」を配布し始めました。
「私は拉致などされておりません。むしろ、殿下の無能な事務処理と、終わりのないポエムの朗読から解放され、今まさに人生の絶頂にありますの。……お手元の資料をご覧ください。それは、殿下が『聖戦』と称して皆様に要求されている軍事予算の、真の内訳ですわ」
諸侯たちが資料に目を落とした瞬間、会場の空気が凍りつきました。
「……なっ!? 軍備費の三割が、殿下の新しい黄金像の建立費用だと!?」
「こっちの『特殊工作費』というのは……アイーナ嬢へ贈るための、希少なバラの輸入代金ではないか!」
「そうですの。皆様の領民が汗水垂らして納めた税金が、私の気を引くためだけの、極めて個人的で無益な出費に消えようとしているのです。……どう思われます?」
私は首をかしげ、いたずらっぽく微笑みました。
諸侯たちの顔が、怒りで真っ赤に染まっていきます。
「ふん。アイーナ、相変わらず容赦ないな」
会場の端で壁に背を預けていたギルバート様が、クスクスと喉を鳴らしました。
「ギルバート様、私は事実を申し上げているだけですわ。……皆様! ここで一つのご提案がございます。このまま殿下の暴走に付き合って国を滅ぼすか。それとも、私の父であるルベル公爵を筆頭とする『貴族議会』が主導権を握り、健全な国政を取り戻すか……」
「そんなことが可能なのか、アイーナ嬢!」
「可能ですわ。なぜなら、殿下の執務を裏で全て回していたのは私……。そして、その私を支えていた優秀な実務方(騎士たち)は、今ここに全員揃っておりますもの!」
「「「「はっ!!」」」」
執事姿の男たちが、一斉に胸に手を当てて頭を下げました。その一糸乱れぬ動きに、諸侯たちは圧倒されています。
「アイーナ。貴様は本当に、男を手のひらで転がすのが上手いな」
ギルバート様が私の隣に歩み寄り、私の肩を抱き寄せました。
「……っ。ギルバート様、今は真面目な話をしておりますのよ?」
「私も真面目だ。……皆様。隣国アステリアの混乱は、我が国にとっても望ましくない。……アイーナが主導する新体制であれば、我が国は全面的な経済支援を約束しよう」
ギルバート様がそう告げた瞬間、会場にどよめきが走りました。
「隣国の騎士団長が、支援を……!?」
「これなら、殿下を廃してでも国を立て直した方が、遥かに儲かるではないか!」
諸侯たちの目が、愛国心から「損得勘定」へと一気にシフトしました。
私は心の中でガッツポーズを決めました。勝負あり、ですわ。
しかし、その時。
「アイーナァァァ!! 見つけたぞ、反逆者どもと密会している不潔な現場を!!」
……扉を蹴破って現れたのは、ボロボロの鎧に身を包み、なぜか一人で突撃してきたレオン殿下でした。
「殿下!? 近衛の皆様はどうされたのですか?」
「……アイーナを連れ戻すと言ったら、『給料が出ないなら行きません』だと! 挙句の果てに、『アイーナ様のところへ転職します』と言って、皆どこかへ消えてしまった!」
レオン殿下は、地面に膝をついて叫びました。
「アイーナ! なぜだ! なぜお前は、私を愛しているはずなのに、私の周りから人を奪っていくんだ!? これは……これは、私を孤独にして、お前なしでは生きられないようにする『高度な求愛行動』だな!?」
「………………マリエル様。あの方を、今すぐ裏の物置に閉じ込めて差し上げて」
「はい、アイーナ様。……レオン様、もういい加減にしてくださいまし!」
マリエル様が力強くレオン殿下を引きずっていきました。
諸侯たちは、そのあまりにも情けない王太子の姿を見て、静かに書類の「賛成」の欄にサインを書き込み始めました。
「……終わりましたわね、ギルバート様」
「ああ。アイーナ、貴様の完全勝利だ」
ギルバート様が、私の耳元で囁きました。
「さて……。国を救った英雄殿。ご褒美に、次は私と『二人だけの聖戦』でも始めるか?」
「……それ、どういう意味ですの?」
「貴様を隣国の公爵夫人に迎えるための、私の個人的な戦いのことだ」
ギルバート様が、私の手の甲に熱いキスを落としました。
私の完璧だった営業用スマイルが、ついに真っ赤な赤面に取って代わられた瞬間でした。
私は鏡の前で、いつもより少しだけ「強気」な赤を差したメイクを確認し、背後に控える二十五名の元・騎士たちに声をかけました。
「はっ、アイーナ様! シャンパングラスの角度はミリ単位で調整済みです!」
「料理の提供タイミングも、各諸侯の咀嚼速度に合わせて計算しております!」
カイルさんをはじめとする元・近衛騎士たちは、今や執事としてのプロ意識に目覚めていました。
彼らの手には、剣の代わりに磨き抜かれた銀のトレイが握られています。
「アイーナ様、本当に諸侯の皆様がいらっしゃるのでしょうか? 殿下の動員令を無視して、こちらの夜会に来るなんて……」
マリエル様が、不安そうにドレスの裾をいじりながら尋ねました。
「来ますわ。……というより、来ざるを得ません。彼らだって、殿下の無意味な戦争に付き合わされて領地を疲弊させるより、美味しい食事と『今後の減税計画』の話を聞く方が、よほど有意義だと分かっていますもの」
私は営業用スマイルを、さらに「信頼感」を高めた黄金比率で構築しました。
すると、屋敷の正面玄関から、続々と馬車が到着する音が響き始めました。
アステリア王国の重鎮である侯爵や伯爵たちが、当惑したような、それでいて興味津々な表情で会場へと入ってきます。
「……これは。戦の準備かと思えば、なんとも優雅な香りだ」
「ルベル公爵、これは一体どういう風の吹き回しかな? 殿下はアイーナ嬢を『拉致された悲劇のヒロイン』だと仰っているが……」
諸侯たちが、ホールの中心で不敵に微笑む私を見て、ざわめき始めました。
私は一歩前に出ると、鈴の音のような声で宣言しました。
「皆様、本日はお忙しい中、私の『自由記念パーティー』へお越しいただきありがとうございます。……まず最初に、一つだけ訂正させてくださいませ」
私はパチンと指を鳴らしました。
すると、元・近衛騎士たちが一斉に、諸侯の前に「ある書類」を配布し始めました。
「私は拉致などされておりません。むしろ、殿下の無能な事務処理と、終わりのないポエムの朗読から解放され、今まさに人生の絶頂にありますの。……お手元の資料をご覧ください。それは、殿下が『聖戦』と称して皆様に要求されている軍事予算の、真の内訳ですわ」
諸侯たちが資料に目を落とした瞬間、会場の空気が凍りつきました。
「……なっ!? 軍備費の三割が、殿下の新しい黄金像の建立費用だと!?」
「こっちの『特殊工作費』というのは……アイーナ嬢へ贈るための、希少なバラの輸入代金ではないか!」
「そうですの。皆様の領民が汗水垂らして納めた税金が、私の気を引くためだけの、極めて個人的で無益な出費に消えようとしているのです。……どう思われます?」
私は首をかしげ、いたずらっぽく微笑みました。
諸侯たちの顔が、怒りで真っ赤に染まっていきます。
「ふん。アイーナ、相変わらず容赦ないな」
会場の端で壁に背を預けていたギルバート様が、クスクスと喉を鳴らしました。
「ギルバート様、私は事実を申し上げているだけですわ。……皆様! ここで一つのご提案がございます。このまま殿下の暴走に付き合って国を滅ぼすか。それとも、私の父であるルベル公爵を筆頭とする『貴族議会』が主導権を握り、健全な国政を取り戻すか……」
「そんなことが可能なのか、アイーナ嬢!」
「可能ですわ。なぜなら、殿下の執務を裏で全て回していたのは私……。そして、その私を支えていた優秀な実務方(騎士たち)は、今ここに全員揃っておりますもの!」
「「「「はっ!!」」」」
執事姿の男たちが、一斉に胸に手を当てて頭を下げました。その一糸乱れぬ動きに、諸侯たちは圧倒されています。
「アイーナ。貴様は本当に、男を手のひらで転がすのが上手いな」
ギルバート様が私の隣に歩み寄り、私の肩を抱き寄せました。
「……っ。ギルバート様、今は真面目な話をしておりますのよ?」
「私も真面目だ。……皆様。隣国アステリアの混乱は、我が国にとっても望ましくない。……アイーナが主導する新体制であれば、我が国は全面的な経済支援を約束しよう」
ギルバート様がそう告げた瞬間、会場にどよめきが走りました。
「隣国の騎士団長が、支援を……!?」
「これなら、殿下を廃してでも国を立て直した方が、遥かに儲かるではないか!」
諸侯たちの目が、愛国心から「損得勘定」へと一気にシフトしました。
私は心の中でガッツポーズを決めました。勝負あり、ですわ。
しかし、その時。
「アイーナァァァ!! 見つけたぞ、反逆者どもと密会している不潔な現場を!!」
……扉を蹴破って現れたのは、ボロボロの鎧に身を包み、なぜか一人で突撃してきたレオン殿下でした。
「殿下!? 近衛の皆様はどうされたのですか?」
「……アイーナを連れ戻すと言ったら、『給料が出ないなら行きません』だと! 挙句の果てに、『アイーナ様のところへ転職します』と言って、皆どこかへ消えてしまった!」
レオン殿下は、地面に膝をついて叫びました。
「アイーナ! なぜだ! なぜお前は、私を愛しているはずなのに、私の周りから人を奪っていくんだ!? これは……これは、私を孤独にして、お前なしでは生きられないようにする『高度な求愛行動』だな!?」
「………………マリエル様。あの方を、今すぐ裏の物置に閉じ込めて差し上げて」
「はい、アイーナ様。……レオン様、もういい加減にしてくださいまし!」
マリエル様が力強くレオン殿下を引きずっていきました。
諸侯たちは、そのあまりにも情けない王太子の姿を見て、静かに書類の「賛成」の欄にサインを書き込み始めました。
「……終わりましたわね、ギルバート様」
「ああ。アイーナ、貴様の完全勝利だ」
ギルバート様が、私の耳元で囁きました。
「さて……。国を救った英雄殿。ご褒美に、次は私と『二人だけの聖戦』でも始めるか?」
「……それ、どういう意味ですの?」
「貴様を隣国の公爵夫人に迎えるための、私の個人的な戦いのことだ」
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