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「……あぁ、なんて清々しい朝かしら。……今日も世界は、利益と笑顔で満ち溢れていますわね」
ヴォルフ公爵邸の広大なバルコニー。
私は、隣国の特産品である最高級の茶葉をふんだんに使った紅茶を啜りながら、朝日に輝く自分の領地を眺めました。
かつての私が「王妃教育」という名の檻に閉じ込められていた頃には、想像もできなかった光景です。
「お嬢様、いえ、奥様。朝からその不敵な笑み……。今日はどの国の関税を操作するおつもりですか?」
背後から、完璧な仕草でお代わりのお茶を注いでくれるのは、今や私の右腕となったマリエル様です。
「あら、マリエル様。失礼ですわね。私はただ、この平和な日常を維持するための『防衛費(利益)』を計算していただけですわ」
「……それを人は『野望』と呼びますのよ。……あ、そういえば奥様。アステリアの『レオナルド駅長』から、またしても分厚い手紙が届いておりますわ」
マリエル様が、まるで不燃ゴミを扱うような手つきで一通の手紙を差し出しました。
「読みましょうか? 『アイーナ、君の鉄道が今日も私の愛を運んでいる。最近、駅の売店で私の顔を模した“黄金のアンパン”を発売したのだが、これが飛ぶように売れて……』」
「マリエル様、そこまでで結構ですわ。……相変わらず、殿下は自分の価値を『食べ物』に変える才能だけは一流ですわね。……ふふ、でもそのアンパンの売上の二割は、我が商会のロイヤリティとして徴収しておりますから、良しとしましょう」
私は営業用スマイルを深めました。
レオン殿下は今や、両国の架け橋(という名のマスコット)として、なくてはならない存在です。
彼が元気で、かつ「程よく残念」でいてくれるおかげで、私の管理システムはより一層輝くのですから。
「アイーナ。……朝からまた、元婚約者の『活用方法』について考えているのか?」
背後から、温かい腕が私の腰を包み込みました。
ギルバート様です。彼は私の肩に顎を乗せ、少しだけ拗ねたような声で囁きました。
「……ギルバート様。おはようございます。……嫉妬ですわね? 公爵閣下が、しがない駅長に嫉妬なさるなんて、可愛らしいことですこと」
「……当たり前だ。私の妻が、朝一番に考えるのは私だけでいい。……今日の予定は?」
「午前中は新工場の視察。午後は王宮での予算会議。夜は……」
「夜は、私が予約した。……二人きりで、君が好きなあの煮込み料理を食べる。……もちろん、仕事の話は一切禁止だ」
ギルバート様の銀色の瞳が、甘く私を射抜きました。
かつて「冷徹」と呼ばれた面影はどこへやら、今の彼は私にだけ見せる、最高の「特別仕様」な表情を持っています。
「……。……ええ。……分かりましたわ、ギルバート様」
私は彼の胸に、そっと寄り添いました。
五歳の頃から、私は「愛想の良い令嬢」を演じてきました。
誰からも好かれ、誰からも文句を言われない、完璧な人形。
もし、あの夜会でレオン殿下から「婚約破棄」を突きつけられなければ、私は今でも、冷え切った王宮で帳簿を抱えて死んだような目をしていたことでしょう。
「……ギルバート様。私、あの日、殿下に言ってよかったですわ」
「なんだ?」
「……『はい、喜んで!』……と」
「フッ……。……そうだな。……あの言葉が、君を私の元へ連れてきてくれた。……世界一有能で、世界一恐ろしく、そして……世界一愛おしい私の妻を」
ギルバート様が、私の指に光る指輪に、誓うようにキスを落としました。
私の人生は、あの日から始まりました。
悪役令嬢と呼ばれようが、商売人だと蔑まれようが、構いません。
私は自分の手で、自分の価値を決め、自分の幸せをプロデュースし続けるのです。
「アイーナ。……一生、私の隣にいてくれるか?」
私は、これ以上ないほど輝かしく、そして営業用ではない「本当の笑顔」で答えました。
「はい、喜んで!!」
地平線の向こうから、黄金のレールを走る一番列車の汽笛が、祝福の音を響かせました。
かつて婚約破棄された愛想の良い令嬢は、今、世界で最も幸せな「女帝」として、愛する人と共に新しい時代をプロデュースし続けるのでした。
ヴォルフ公爵邸の広大なバルコニー。
私は、隣国の特産品である最高級の茶葉をふんだんに使った紅茶を啜りながら、朝日に輝く自分の領地を眺めました。
かつての私が「王妃教育」という名の檻に閉じ込められていた頃には、想像もできなかった光景です。
「お嬢様、いえ、奥様。朝からその不敵な笑み……。今日はどの国の関税を操作するおつもりですか?」
背後から、完璧な仕草でお代わりのお茶を注いでくれるのは、今や私の右腕となったマリエル様です。
「あら、マリエル様。失礼ですわね。私はただ、この平和な日常を維持するための『防衛費(利益)』を計算していただけですわ」
「……それを人は『野望』と呼びますのよ。……あ、そういえば奥様。アステリアの『レオナルド駅長』から、またしても分厚い手紙が届いておりますわ」
マリエル様が、まるで不燃ゴミを扱うような手つきで一通の手紙を差し出しました。
「読みましょうか? 『アイーナ、君の鉄道が今日も私の愛を運んでいる。最近、駅の売店で私の顔を模した“黄金のアンパン”を発売したのだが、これが飛ぶように売れて……』」
「マリエル様、そこまでで結構ですわ。……相変わらず、殿下は自分の価値を『食べ物』に変える才能だけは一流ですわね。……ふふ、でもそのアンパンの売上の二割は、我が商会のロイヤリティとして徴収しておりますから、良しとしましょう」
私は営業用スマイルを深めました。
レオン殿下は今や、両国の架け橋(という名のマスコット)として、なくてはならない存在です。
彼が元気で、かつ「程よく残念」でいてくれるおかげで、私の管理システムはより一層輝くのですから。
「アイーナ。……朝からまた、元婚約者の『活用方法』について考えているのか?」
背後から、温かい腕が私の腰を包み込みました。
ギルバート様です。彼は私の肩に顎を乗せ、少しだけ拗ねたような声で囁きました。
「……ギルバート様。おはようございます。……嫉妬ですわね? 公爵閣下が、しがない駅長に嫉妬なさるなんて、可愛らしいことですこと」
「……当たり前だ。私の妻が、朝一番に考えるのは私だけでいい。……今日の予定は?」
「午前中は新工場の視察。午後は王宮での予算会議。夜は……」
「夜は、私が予約した。……二人きりで、君が好きなあの煮込み料理を食べる。……もちろん、仕事の話は一切禁止だ」
ギルバート様の銀色の瞳が、甘く私を射抜きました。
かつて「冷徹」と呼ばれた面影はどこへやら、今の彼は私にだけ見せる、最高の「特別仕様」な表情を持っています。
「……。……ええ。……分かりましたわ、ギルバート様」
私は彼の胸に、そっと寄り添いました。
五歳の頃から、私は「愛想の良い令嬢」を演じてきました。
誰からも好かれ、誰からも文句を言われない、完璧な人形。
もし、あの夜会でレオン殿下から「婚約破棄」を突きつけられなければ、私は今でも、冷え切った王宮で帳簿を抱えて死んだような目をしていたことでしょう。
「……ギルバート様。私、あの日、殿下に言ってよかったですわ」
「なんだ?」
「……『はい、喜んで!』……と」
「フッ……。……そうだな。……あの言葉が、君を私の元へ連れてきてくれた。……世界一有能で、世界一恐ろしく、そして……世界一愛おしい私の妻を」
ギルバート様が、私の指に光る指輪に、誓うようにキスを落としました。
私の人生は、あの日から始まりました。
悪役令嬢と呼ばれようが、商売人だと蔑まれようが、構いません。
私は自分の手で、自分の価値を決め、自分の幸せをプロデュースし続けるのです。
「アイーナ。……一生、私の隣にいてくれるか?」
私は、これ以上ないほど輝かしく、そして営業用ではない「本当の笑顔」で答えました。
「はい、喜んで!!」
地平線の向こうから、黄金のレールを走る一番列車の汽笛が、祝福の音を響かせました。
かつて婚約破棄された愛想の良い令嬢は、今、世界で最も幸せな「女帝」として、愛する人と共に新しい時代をプロデュースし続けるのでした。
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