塩対応の悪役令嬢は砕けない!

猫宮かろん

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「お嬢様、またしても旦那様からお届け物です」

朝食を終えて部屋に戻ると、シュガーが眉間に深い皺を寄せて立っていた。

彼女の足元には、木箱が置かれている。

それも、宝石箱のような可愛らしいサイズではない。

リンゴ箱くらいの大きさがある、無骨な木箱だ。

「……何かしら。また『燻製セット』?」

「いいえ。重量が異常です。配送業者が腰を痛めそうになっていました」

「嫌な予感しかしないわね」

私は恐る恐る木箱に近づいた。

蓋には『我が愛しのカシューへ。君の輝きにふさわしいものを贈る』というメッセージカードが添えられている。

文面だけ見れば、ロマンチックな贈り物だ。

普通なら、ドレスや宝石、あるいは大量のバラの花束などを想像するだろう。

しかし、送り主はあの「おつまみ狂」だ。

私は覚悟を決めて、木箱の蓋を開けた。

「……」

「……」

私とシュガーは、同時に無言になった。

箱の中に詰まっていたのは、ゴツゴツとしたピンク色の塊だった。

「……岩石ですか?」

シュガーが冷ややかに尋ねる。

「いいえ、違うわ」

私は震える手で、その塊の一つを取り出した。

ずしりと重い。

表面はキラキラと光を反射し、美しい淡紅色をしている。

私はそれを少しだけ削り、指先につけて舐めてみた。

舌の上でピリッとした刺激が走り、その後に濃厚な旨味が広がる。

「……これ、最高級のヒマラヤ岩塩よ」

「は?」

「しかも、ただの岩塩じゃないわ。ミネラル分が豊富で、肉料理に合わせると脂の甘みを極限まで引き出す、幻の『ローズソルト』だわ!」

私は思わず声を張り上げた。

シュガーがポカンとしている。

「お、お嬢様? 宝石ではなく、塩ですが?」

「宝石より価値があるわ! 見て、この透明度! この結晶の美しさ! ダイヤモンドなんて食べられない石ころより、よほど実用的で素晴らしいわ!」

「……そうですか」

シュガーはスッと真顔に戻った。

「お嬢様も大概、毒されていますね」

「毒じゃないわ、塩よ」

私は箱の中をさらにまさぐった。

岩塩の下には、さらに別の小袋が詰め込まれていた。

・ホール(粒)のブラックペッパー
・乾燥させたバジル
・コリアンダーシード
・そして、見たこともない色のスパイス

「すごい……! これ、全部揃えようと思ったら、専門店を何軒回ればいいのよ……!」

私は感動に打ち震えた。

かつて、ピーナン殿下から贈られたプレゼントを思い出す。

『君にはこれが似合うと思って』と渡されたのは、私の頭ほどもある巨大なリボンの髪飾りだった。

「重いし邪魔だし視界が悪い」と言ったら激怒された。

あるいは、甘ったるい香水を贈られて、食事の味がわからなくなったこともあった。

けれど、これは違う。

この贈り物は、私の「食」へのこだわりを完全に理解し、肯定するものだ。

「……シュガー。公爵様はどこ?」

「執務室にいらっしゃるかと」

「お礼を言いに行くわ! この塩で、今夜のステーキを焼く許可も取らないと!」

私は岩塩の塊を両手で抱きしめ、部屋を飛び出した。



執務室の扉をノックすると、中から「どうぞ」という声がした。

扉を開けると、アーモンド公爵が大量の書類と格闘していた。

彼は私を見るなり、パッと顔を輝かせた。

「やあ、カシュー。どうしたんだい? そんな大きな石を抱えて」

「石じゃありません。貴方が贈ってくれた愛の結晶です」

私が岩塩を掲げると、彼は安堵の息を漏らした。

「おお……! 気に入ってくれたか!」

「最高です! まさかローズソルトが手に入るなんて! これ、市場でも滅多に出回らないものですよね?」

「ああ。鉱山の持ち主にコネがあってね。『最高の女に贈るから、一番硬くてしょっぱいやつをくれ』と頼んだんだ」

「注文の仕方が独特すぎますけど、結果オーライです」

私はデスクに駆け寄り、身を乗り出した。

「わかってるじゃないですか、アーモンド! 私が欲しかったのは、こういう『使えるもの』なんです!」

「だろう? 君に宝石を贈っても『換金率が悪い』とか言って質屋に持っていきそうだし」

「否定はしません」

「花を贈っても『枯れるゴミ』と言われそうだし」

「ドライフラワーにして燻製の燃料にしますね」

「だから、これにしたんだ。君の人生(食卓)を彩る、最高に実用的な輝きを!」

彼は立ち上がり、私の手を取った。

「カシュー。君がその岩塩を見て目を輝かせる姿……想像通り、いや想像以上に美しい」

「おだてても岩塩はあげませんよ」

「いらないよ。君が料理してくれれば、それが私への報酬だ」

キザなセリフだ。

普通なら寒気がするところだが、不思議と今日は素直に受け入れられた。

やはり、胃袋を掴まれるというのは恐ろしいことだ。

「……ありがとう、アーモンド。本当に嬉しいわ」

私が素直に礼を言うと、彼は一瞬だけきょとんとして、それから耳まで赤くした。

「……反則だ」

「はい?」

「いつもの塩対応はどうした? そんな素直な笑顔を見せられたら……その岩塩ごと君を食べたくなる」

「物理的に無理です。歯が欠けます」

私は冷静にツッコミを入れつつ、岩塩を抱き直した。

「お礼に、今夜はこの塩を使って、私がステーキを焼きます。焼き加減は?」

「レアで。君への愛と同じくらい熱々のやつを頼む」

「はいはい。ベリーレアにしておきますね」

   *   *   *

その夜。

公爵邸の食堂は、香ばしい肉の匂いに包まれた。

私が焼いたステーキは、ローズソルトの力で肉の旨味が引き立ち、絶品に仕上がっていた。

「うまい……!」

アーモンド公爵は一口食べるごとに唸った。

「脂の甘みと、岩塩の鋭角的な塩気が口の中で踊っている! これはワルツだ! いや、タンゴだ!」

「うるさいですね。黙って食べてください」

「カシュー、君は天才だ。やはり私の『おつまみ係』……いや、生涯のパートナーになるべきだ!」

彼はワイングラスを掲げた。

「このステーキに乾杯。そして、塩の価値がわかる君に乾杯!」

「……どうも」

私もグラスを合わせた。

ふと、横に控えているペッパー執事と視線が合った。

彼は呆れたように、しかしどこか温かい目でこちらを見ていた。

『似た者同士ですね』

声には出さないが、そう言っているのがわかった。

(……まあ、悪くないわね)

私はステーキを口に運び、噛み締めた。

宝石は腹の足しにはならないが、塩と肉は明日への活力になる。

そんな当たり前の価値観を共有できる相手は、そう多くはないだろう。

「ねえ、アーモンド」

「ん?」

「もし次にプレゼントをくれるなら」

「なんだ? なんでも言ってくれ。岩塩鉱山ごと買うか?」

「いえ。……美味しいオリーブオイルがいいわ。エクストラバージンの」

「任せろ! イタリアからタンクで取り寄せよう!」

「一本でいいです」

笑い声が響く食卓。

私は知らなかった。

こんな平和で美味しい日々が、嵐の前の静けさであることを。

国境の向こうから、あの甘ったるい「ピンクの悪夢」が、着々とこちらへ近づいていることを。

そして、その背後には、未練がましい元婚約者もセットでついてきていることを……。
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