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「お嬢様。……いえ、これからは公爵夫人ですね」
ロースト公爵領での結婚式当日。
控え室で、ソルトが最後のお支度を整えてくれていた。
純白のウェディングドレスは、アーモンド公爵が特注したもので、シンプルながらも最高級のシルクが使われている。
「どう? 似合うかしら」
「はい。まるで『最高級のホワイトアスパラガス』のような気品と美しさです」
「……ソルト、貴女の語彙力も大概毒されているわね」
「旦那様の影響でしょうか。……ですが、本当にお綺麗です」
ソルトが珍しく、鏡越しに優しく微笑んだ。
その目元が少し潤んでいるのを見て、私も胸が熱くなった。
「ありがとう、ソルト。貴女には一番迷惑をかけたわね」
「いいえ。お嬢様の塩対応をサポートするのは、私の生き甲斐でしたから。……これからも、お側でサポートさせていただきます」
「ええ。頼りにしてるわ」
私たちは鏡の中で視線を合わせ、深く頷いた。
* * *
大聖堂の扉が開く。
パイプオルガンの荘厳な音色が響き渡る中、私は父・ピスタチオ侯爵のエスコートでバージンロードを歩いた。
「……カシュー」
父が小声で囁く。
「なんだか、お前が『出荷』されるみたいで、父さんは嬉しいぞ」
「お父様、言い方」
「向こうに行っても、塩分補給は忘れるなよ。……何かあったら、すぐに実家に帰ってこい。最高の燻製を用意して待っている」
「……ありがとう。でも、帰らないわよ。向こうの料理の方が美味しいから」
「ふん。憎まれ口を」
父の目から、ポロリと涙がこぼれた。
私はハンカチを渡しそうになったが、父はその涙を指で拭い、ペロッと舐めた。
「……うむ。いい塩味だ」
「台無しです」
祭壇の前には、アーモンド公爵が待っていた。
今日の彼は、いつもの変人オーラを封印し、正装に身を包んだ完璧な「公爵様」だった。
金髪がステンドグラスの光を受けて輝き、琥珀色の瞳が私を優しく見つめている。
(……悔しいけど、かっこいいわね)
父から私の手を受け取ると、アーモンドは小さく囁いた。
「待っていたよ、カシュー。……今日の君は、どんな料理よりも美味しそうだ」
「食べないでくださいね。衣装代が高いので」
「善処する」
神父様が咳払いをした。
「えー、では。誓いの言葉を」
神父様は私たちを交互に見た。
「新郎アーモンド・ロースト。汝、この女性を妻とし、健やかなる時も、病める時も、塩分過多な時も、これを愛することを誓いますか?」
「誓います。……彼女がシワシワのドライフルーツになっても、私が一生、愛という名の水分を注ぎ続けます」
「比喩が独特ですが、まあいいでしょう。……新婦カシュー・ナッツ。汝、この男性を夫とし、富める時も、貧しき時も、変人な時も、これを愛することを誓いますか?」
「……誓います。ただし、食事が不味くなったらクーリングオフします」
「……成立とみなします」
神父様が強引にまとめた。
会場からドッと笑いが起きる。
参列席には、ハンカチで涙を拭う母と弟、そして「いいぞカシュー! もっと言え!」と野次を飛ばすカカオ様の姿が見える。
そして、会場の隅では。
「お飲み物はいかがですかぁ……。シャンパンと、ウーロン茶がありまぁす……」
メイド服を着たマシュ・マロが、必死にトレイを持って働いていた。
「こら新人! 手が止まってるぞ!」
ペッパー執事に叱られ、「ひぃっ! 働きますぅ!」と走り回っている。
(ふふっ。相変わらずね)
私は小さく笑った。
「では、誓いのキスを」
神父様の言葉に、アーモンドが向き直る。
彼はベールをゆっくりと上げ、私の顔を覗き込んだ。
その瞳が、熱っぽく潤んでいる。
「カシュー……」
彼が顔を近づけてくる。
大勢の視線が突き刺さる。
恥ずかしい。
無理。
絶対無理。
私の脳内アラートが鳴り響いた。
アーモンドの唇が触れそうになった、その瞬間。
「……んっ!」
私は反射的に、右手の手刀(チョップ)を、彼の脳天に振り下ろしていた。
スパンッ!
いい音が大聖堂に響き渡った。
「あだっ!?」
アーモンドがのけぞる。
会場が静まり返った。
「……カ、カシュー? なぜだ? ここは感動のクライマックスだぞ?」
アーモンドが頭を押さえながら涙目で訴える。
私は顔を真っ赤にして、小声で叫んだ。
「ち、近すぎます! みんな見てるじゃないですか!」
「見せつける場面だろう!?」
「恥ずかしいものは恥ずかしいんです! ……キ、キスは、その……あとで、二人きりの時に……」
最後の方は、蚊の鳴くような声になった。
アーモンドが目を丸くする。
そして、ぱあっと顔を輝かせた。
「……! つまり、後でならいいと!?」
「一回だけですよ!」
「やったぁぁぁ! 聞いたかみんな! 『後でたっぷり』だそうだ!」
「たっぷりは言ってません!」
私が抗議しようとすると、アーモンドはいきなり私を抱き上げた。
いわゆる「お姫様抱っこ」だ。
「きゃっ!?」
「もう我慢ならん! 式はこれまで! これより披露宴……いや、二人の祝宴だ!」
彼は私を抱えたまま、バージンロードを逆走し始めた。
「ちょ、ちょっと! 降ろしなさいよ変人!」
「降ろさん! 君は私が捕獲したんだ! 誰にも渡さんぞ!」
彼は高らかに笑いながら、教会の扉を蹴り開けた。
外には、抜けるような青空と、フラワーシャワーが待っていた。
「おめでとう!」
「お幸せに!」
「公爵様、やるぅ!」
歓声と花びらが降り注ぐ。
私は彼の腕の中で、暴れるのを諦めた。
見上げると、彼は今までで一番、幸せそうな顔をしていた。
(……しょうがないわね)
私はため息をつき、そっと彼の首に腕を回した。
「……アーモンド」
「ん?」
「重いって言ったら、チョップするからね」
「羽のように軽いさ。……私の愛に比べればな」
「はいはい。ご馳走様」
私は彼の胸に顔を埋め、小さく笑った。
塩対応でも、毒舌でも、この変な男は私を愛してくれる。
そして私も、どうやらこの男から離れられそうにない。
「……覚悟しなさいよ、アーモンド」
「何をだ?」
「貴方の人生、死ぬまで私が『味付け』してあげるから」
「望むところだ!」
青空の下、私たちの新しい人生が、騒々しくも華やかに幕を開けた。
……この後、披露宴でマシュ・マロがウェディングケーキを勝手につまみ食いして大騒ぎになるのだが、それはまた別の話である。
ロースト公爵領での結婚式当日。
控え室で、ソルトが最後のお支度を整えてくれていた。
純白のウェディングドレスは、アーモンド公爵が特注したもので、シンプルながらも最高級のシルクが使われている。
「どう? 似合うかしら」
「はい。まるで『最高級のホワイトアスパラガス』のような気品と美しさです」
「……ソルト、貴女の語彙力も大概毒されているわね」
「旦那様の影響でしょうか。……ですが、本当にお綺麗です」
ソルトが珍しく、鏡越しに優しく微笑んだ。
その目元が少し潤んでいるのを見て、私も胸が熱くなった。
「ありがとう、ソルト。貴女には一番迷惑をかけたわね」
「いいえ。お嬢様の塩対応をサポートするのは、私の生き甲斐でしたから。……これからも、お側でサポートさせていただきます」
「ええ。頼りにしてるわ」
私たちは鏡の中で視線を合わせ、深く頷いた。
* * *
大聖堂の扉が開く。
パイプオルガンの荘厳な音色が響き渡る中、私は父・ピスタチオ侯爵のエスコートでバージンロードを歩いた。
「……カシュー」
父が小声で囁く。
「なんだか、お前が『出荷』されるみたいで、父さんは嬉しいぞ」
「お父様、言い方」
「向こうに行っても、塩分補給は忘れるなよ。……何かあったら、すぐに実家に帰ってこい。最高の燻製を用意して待っている」
「……ありがとう。でも、帰らないわよ。向こうの料理の方が美味しいから」
「ふん。憎まれ口を」
父の目から、ポロリと涙がこぼれた。
私はハンカチを渡しそうになったが、父はその涙を指で拭い、ペロッと舐めた。
「……うむ。いい塩味だ」
「台無しです」
祭壇の前には、アーモンド公爵が待っていた。
今日の彼は、いつもの変人オーラを封印し、正装に身を包んだ完璧な「公爵様」だった。
金髪がステンドグラスの光を受けて輝き、琥珀色の瞳が私を優しく見つめている。
(……悔しいけど、かっこいいわね)
父から私の手を受け取ると、アーモンドは小さく囁いた。
「待っていたよ、カシュー。……今日の君は、どんな料理よりも美味しそうだ」
「食べないでくださいね。衣装代が高いので」
「善処する」
神父様が咳払いをした。
「えー、では。誓いの言葉を」
神父様は私たちを交互に見た。
「新郎アーモンド・ロースト。汝、この女性を妻とし、健やかなる時も、病める時も、塩分過多な時も、これを愛することを誓いますか?」
「誓います。……彼女がシワシワのドライフルーツになっても、私が一生、愛という名の水分を注ぎ続けます」
「比喩が独特ですが、まあいいでしょう。……新婦カシュー・ナッツ。汝、この男性を夫とし、富める時も、貧しき時も、変人な時も、これを愛することを誓いますか?」
「……誓います。ただし、食事が不味くなったらクーリングオフします」
「……成立とみなします」
神父様が強引にまとめた。
会場からドッと笑いが起きる。
参列席には、ハンカチで涙を拭う母と弟、そして「いいぞカシュー! もっと言え!」と野次を飛ばすカカオ様の姿が見える。
そして、会場の隅では。
「お飲み物はいかがですかぁ……。シャンパンと、ウーロン茶がありまぁす……」
メイド服を着たマシュ・マロが、必死にトレイを持って働いていた。
「こら新人! 手が止まってるぞ!」
ペッパー執事に叱られ、「ひぃっ! 働きますぅ!」と走り回っている。
(ふふっ。相変わらずね)
私は小さく笑った。
「では、誓いのキスを」
神父様の言葉に、アーモンドが向き直る。
彼はベールをゆっくりと上げ、私の顔を覗き込んだ。
その瞳が、熱っぽく潤んでいる。
「カシュー……」
彼が顔を近づけてくる。
大勢の視線が突き刺さる。
恥ずかしい。
無理。
絶対無理。
私の脳内アラートが鳴り響いた。
アーモンドの唇が触れそうになった、その瞬間。
「……んっ!」
私は反射的に、右手の手刀(チョップ)を、彼の脳天に振り下ろしていた。
スパンッ!
いい音が大聖堂に響き渡った。
「あだっ!?」
アーモンドがのけぞる。
会場が静まり返った。
「……カ、カシュー? なぜだ? ここは感動のクライマックスだぞ?」
アーモンドが頭を押さえながら涙目で訴える。
私は顔を真っ赤にして、小声で叫んだ。
「ち、近すぎます! みんな見てるじゃないですか!」
「見せつける場面だろう!?」
「恥ずかしいものは恥ずかしいんです! ……キ、キスは、その……あとで、二人きりの時に……」
最後の方は、蚊の鳴くような声になった。
アーモンドが目を丸くする。
そして、ぱあっと顔を輝かせた。
「……! つまり、後でならいいと!?」
「一回だけですよ!」
「やったぁぁぁ! 聞いたかみんな! 『後でたっぷり』だそうだ!」
「たっぷりは言ってません!」
私が抗議しようとすると、アーモンドはいきなり私を抱き上げた。
いわゆる「お姫様抱っこ」だ。
「きゃっ!?」
「もう我慢ならん! 式はこれまで! これより披露宴……いや、二人の祝宴だ!」
彼は私を抱えたまま、バージンロードを逆走し始めた。
「ちょ、ちょっと! 降ろしなさいよ変人!」
「降ろさん! 君は私が捕獲したんだ! 誰にも渡さんぞ!」
彼は高らかに笑いながら、教会の扉を蹴り開けた。
外には、抜けるような青空と、フラワーシャワーが待っていた。
「おめでとう!」
「お幸せに!」
「公爵様、やるぅ!」
歓声と花びらが降り注ぐ。
私は彼の腕の中で、暴れるのを諦めた。
見上げると、彼は今までで一番、幸せそうな顔をしていた。
(……しょうがないわね)
私はため息をつき、そっと彼の首に腕を回した。
「……アーモンド」
「ん?」
「重いって言ったら、チョップするからね」
「羽のように軽いさ。……私の愛に比べればな」
「はいはい。ご馳走様」
私は彼の胸に顔を埋め、小さく笑った。
塩対応でも、毒舌でも、この変な男は私を愛してくれる。
そして私も、どうやらこの男から離れられそうにない。
「……覚悟しなさいよ、アーモンド」
「何をだ?」
「貴方の人生、死ぬまで私が『味付け』してあげるから」
「望むところだ!」
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