君が尊すぎて直視できない!?婚約破棄の理由がそれってどうなの?

黒猫かの

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 ベルシュタイン公爵邸の応接室には、重苦しい沈黙が流れていた。
 ローゼンはすっかり元の完璧な令嬢の姿に戻っていたが、その表情には深い絶望の色が滲んでいる。
 向かい側に座る第二王子レオナルドは、ついに胃薬を直接壜(びん)から飲んでいた。

「……申し訳ありません、ローゼン殿。まさか兄が、手づかみの骨付き肉を『女神の食事』として解釈するとは、私の予測を超えていました」

「レオナルド様、もうよろしいのです。あの人の脳内は、きっと私が何をしても『尊い』という文字に変換される、呪いの回路ができあがっているのですわ」

 ローゼンは遠くを見つめながら、力なく紅茶を啜った。
 隣に控えるマリーが、淡々と事実を突きつける。

「ちなみに殿下は昨日、お嬢様が残した骨付き肉の骨を、わざわざ庭師から回収していかれました。現在、王宮の宝物庫に『聖なる残滓』として保管されているそうです」

「マリー、お願いだからその情報を私の脳から消去してちょうだい」

 ローゼンが頭を抱えると、レオナルドがガタリと椅子を鳴らして身を乗り出した。

「ローゼン殿、まだ諦めるのは早いです! 次なる作戦を用意しました。題して『嫉妬による正気奪還作戦』です!」

「……嫉妬? あの殿下が嫉妬などなさるのでしょうか? むしろ私が他の男性と話しているだけで、その男性を『女神の対談相手』として表彰し始めそうですけれど」

「そこです。兄上の『全肯定』を逆手に取るのです。あなたが他の男性とお見合いをする……。それも、あえて兄上が手出しできないような、徳の高い、非の打ち所がない男性とです。流石の兄上も、自分以外の男と結婚の話が進めば、焦って『婚約破棄は間違いだった』と気づくはずです」

 レオナルドが提案したのは、王都でも有名な老舗茶屋『白椿亭』での偽装お見合いだった。
 相手役には、レオナルドの学友であり、極めて真面目で知られる若き伯爵家当主が選ばれた。

 当日。
 ローゼンは最高級のドレスを纏い、白椿亭の離れに座っていた。

「……マリー、殿下の気配は?」

「はい。現在、店の屋根の上に忍者のような格好をした殿下が張り付いております。それ以外にも、床下、庭の池、そして茶菓子の運搬人に扮した騎士団の方々が、約五十名ほど待機しております」

「多すぎますわよ! お見合い会場が包囲されているではありませんか」

「お嬢様、ご安心ください。相手の伯爵様は『国益のため』とレオナルド様に説得され、遺書を書いてからこちらへ向かっております」

「お見合いに来る覚悟ではありませんわね、それは」

 そこへ、ガチガチに緊張した若き伯爵が現れた。
 彼はローゼンの前に座るなり、震える手で茶碗を握りしめた。

「ロ、ローゼン様。本日は……その、お目にかかれて、光栄の……極み……」

 伯爵が言いかけた瞬間、屋根の上から「……いい。実にいい発声だ!」という小声(のつもりの大声)が響いた。

「(殿下……っ、静かにしてくださらない!?)」

 ローゼンは必死に顔を引きつらせながら、伯爵に微笑みかけた。

「あら、そんなに緊張なさらないで。あなたのような誠実な方とお話しできて、わたくしも嬉しいですわ。……そうだわ、あちらの庭の花が綺麗ですこと。よろしければ、近くで一緒に見ませんか?」

 ローゼンが伯爵の手を取ろうとした、その時。
 離れの障子が凄まじい勢いで蹴破られた。

「待てェいッ!!」

 乱入してきたのは、案の定、アルフレッドだった。
 彼は忍者の格好のまま、なぜか手には巨大な画板と画材を抱えている。

「殿下! 何をして……」

「ローゼン! 動くな! 今だ、今のその『初々しい恋の始まりを予感させる、羞恥に染まった頬の赤み』をキャンバスに刻まなければならない! おい、そこの伯爵! もっと彼女に近づけ! ライティングが甘い! 近衛騎士、そこへ燭台を十本持ってこい!」

 アルフレッドは嫉妬で狂うどころか、お見合いの様子を「最高級の歴史的瞬間」として記録しようと、全力でプロデュースを開始した。

「殿下!? これ、わたくしのお見合いですのよ!? 嫉妬とかなさらないのですか!?」

「嫉妬? そんな浅ましい感情が、この神聖な空間に存在するはずがないだろう! 私は今、君という美の結晶が、新たな男という触媒を得て、さらに輝きを増す過程を目撃しているんだ! ああ、素晴らしい! 伯爵、もっとだ! もっと彼女に愛の言葉を囁け! それを聞いて照れるローゼンが見たいんだ!」

「無理です殿下! 後ろで騎士たちが剣を抜いて待機している状況で、愛の言葉など言えません!」

 伯爵は半泣きで叫んだが、アルフレッドの耳には届かない。

「これは聖地だ! 今日、この場所は『ローゼン嬢が新たな恋に触れた聖なる茶屋』として永久保存する! おい、店主を呼べ! この店を買い取る! この離れには今後、一切の立ち入りを禁じ、彼女の座った座布団を御神体として祀るんだ!」

「殿下あああああ!!」

 ローゼンの叫びも虚しく、お見合い会場は一瞬にして「アルフレッド主催・ローゼン嬢崇拝イベント会場」へと変貌を遂げた。
 伯爵は恐怖のあまり「私は、私はただの背景でいいです……!」と窓から逃走し、残されたのは、泣き崩れるローゼンと、猛烈な勢いで筆を走らせるアルフレッド、そして淡々と茶を啜るマリーだけだった。

「……マリー、もう嫌」

「お嬢様、諦めてはいけません。……ですが、この『白椿亭』が明日から予約十万人待ちのパワースポットとして観光地化されることは、ほぼ確定いたしました」

「そんな自由、いりませんわよ……っ!」

 ローゼンの「自由への戦い」は、アルフレッドの「狂信的な愛」によって、またしても斜め上の方向へと加速していくのであった。
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