君が尊すぎて直視できない!?婚約破棄の理由がそれってどうなの?

黒猫かの

文字の大きさ
8 / 28

8

しおりを挟む
 お見合い会場を「聖地」に作り変えられてから三日。
 ベルシュタイン公爵邸の玄関先には、早朝から異様な光景が広がっていた。

「……マリー、これは何かしら。いえ、聞かなくてもわかるけれど、あえて聞くわ。これは何?」

 ローゼンは、玄関ホールを埋め尽くさんばかりの豪華な木箱の山を指差した。
 そこには、職人が三徹して作ったような見事な装飾が施された箱が、積み木の如く天井まで届きそうになっている。

「お嬢様、落ち着いてください。これらはすべて『匿名の熱狂的なファン』から届いた贈り物でございます。差出人の欄には、丁寧にも『君と同じ空気を吸えるだけで幸福な影より』と書かれております」

「……隠す気があるのかしら、その影。筆跡が思いっきり王太子のものじゃない」

 ローゼンは頭を押さえた。
 婚約を破棄した男が、なぜ毎日、公爵邸の物流をパンクさせるほどの貢物を送ってくるのか。
 しかも、内容が日を追うごとに「実用性」を無視した「信仰」の産物へと進化している。

「とりあえず、一番手前の箱を開けてみてちょうだい」

「承知いたしました。……おや、これは。……『ローゼン嬢の瞬きに合わせたリズムで音楽を奏でる、自動演奏オルゴール(純金製)』ですね」

「いらないわ。眠れなくなるだけじゃない」

「次は……こちらです。……『彼女の清らかな肌が、万が一にも乾燥せぬよう開発された、魔法の霧を噴射し続ける噴水(大理石製)』。設置には庭の半分を潰す工事が必要です」

「断固拒否よ。これ以上、庭に何かを植えたり建てたりしないでちょうだい。苔だけでもお腹いっぱいだわ」

 ローゼンは山積みになった箱の間を縫うように歩き、奥にある一際大きな箱に目をとめた。
 そこには、金色のリボンで封じられた小さなカードが添えられている。

『親愛なる女神へ。君が自由の身となってからというもの、私の夜は暗闇に包まれている。君を直接見ることが叶わぬ時間は、私にとって一秒が千年に等しい苦行だ。せめて、この『世界で最も白い鳥の羽だけで作られたスリッパ』を履いて、私の心の上を歩いているつもりになってほしい。追伸:今日の昼食のメニューは、カツレツだったね。君の咀嚼音を想像して、私は今日も元気に生きています。』

「……マリー、今の追伸、聞こえた?」

「はい。完璧な盗聴……いえ、高度な魔法による遠隔監視が行われている証拠ですね。今すぐ屋敷の結界を強化するよう、魔術師団へ要請を出しましょう」

 ローゼンはカードを握りつぶし、その場に座り込んだ。
 自由。
 婚約破棄されて手に入れたはずの、輝かしい独身生活。
 しかし実態は、二十四時間体制で熱狂的なファン(元婚約者)に一喜一憂されるという、逃げ場のないアイドル活動のようだった。

「お嬢様、次々と届くギフトで公爵邸の倉庫が溢れました。お父様が『このままでは寝室に金塊を置くことになる』と泣いております」

「お父様も、はっきり断ればよろしいのに……。相手が王太子だからって、貢物を受け取り続けるのも共犯ですわ」

「いえ、公爵様は既に十回ほど王宮へ抗議に向かわれました。そのたびに殿下から『君は義父上……ではなく、聖なる守護者の父だ! これを取っておけ!』と、領地の半分が買えるほどの賄賂……いえ、寄付金を渡され、丸め込まれて帰ってこられるのです」

「お父様あああ!!」

 ローゼンの悲鳴が響く中、玄関のベルが再び鳴った。
 入ってきたのは、顔を引きつらせた配達員……ではなく、変装したアルフレッドの近衛騎士たちだった。

「失礼します! 『匿名』のギフトをお届けに参りました!」

「もう置く場所がないって言っているでしょう!」

「ご安心ください! 本日のお届け物は『場所をとらない』ものです!」

 騎士たちが差し出したのは、一本の小さな試験管だった。
 中には、怪しく光る虹色の液体が入っている。

「……何ですの、これ。毒薬?」

「いいえ! 殿下が独自に開発された魔法薬『ローゼン嬢専用・世界浄化液』です! これを空中に一滴垂らすだけで、半径十キロ以内の不純な男性の視線を、強制的に地面へと逸らす効果がございます!」

「ただの迷惑魔法じゃないの! 他の男性が生活に支障をきたすでしょうが!」

「殿下曰く、『私の見ていないところで彼女が誰かの視線に汚されるなど、宇宙の理に反する』とのことです! では、失礼します!」

 騎士たちは脱兎の如く去っていった。
 残された試験管を、マリーがピンセットで慎重に拾い上げる。

「お嬢様。これ、普通に国家機密レベルの高度な魔法が組み込まれています。殿下の執念、もはや魔導王の域に達しつつありますね」

「……誰か、あの人を止めて。お願いだから、誰か……」

 ローゼンが絶望に打ちひしがれていると、廊下の向こうからレオナルドが、ついに車椅子に乗って現れた。
 精神的な疲労が限界を迎え、歩くことすら困難になったらしい。

「ローゼン殿……。兄上が……兄上がついに、あなたの声を二十四時間録音し、それを王宮のBGMとして流そうと画策しています……」

「レオナルド様! しっかりしてください!」

「もう……ダメだ……。兄上の部屋は……あなたの肖像画で埋め尽くされ……足の踏み場もない……。あそこは……王太子の部屋ではなく……ただの宗教施設だ……」

 レオナルドはそう言い残すと、静かに意識を失った。

 ローゼンは決意した。
 このままでは、自分が壊れる前に、この国がアルフレッドの「重すぎる愛」によって滅んでしまう。

「マリー。作戦変更よ」

「……ほう。次はどのような『悪女』を?」

「いいえ。逃げるのはやめるわ。あの人の懐に飛び込んで、直接そのフィルターを叩き割ってやる。……まずは、王宮の宝物庫に保管されているという『私の食べ残しの骨』を、物理的に粉砕しに行くわよ!」

「承知いたしました。ハンマーのご用意はできております」

 ローゼンは、積み上げられた匿名ギフトの山を蹴散らし、王宮へと向かう馬車へと飛び乗った。
 愛が重すぎる男と、愛されすぎてキレた女。
 二人の本当の戦いは、ここから加速していく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたに嘘を一つ、つきました

小蝶
恋愛
 ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…  最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】美しい人。

❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」 「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」 「ねえ、返事は。」 「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」 彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

側妃の愛

まるねこ
恋愛
ここは女神を信仰する国。極まれに女神が祝福を与え、癒しの力が使える者が現れるからだ。 王太子妃となる予定の令嬢は力が弱いが癒しの力が使えた。突然強い癒しの力を持つ女性が異世界より現れた。 力が強い女性は聖女と呼ばれ、王太子妃になり、彼女を支えるために令嬢は側妃となった。 Copyright©︎2025-まるねこ

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

婚約破棄、ありがとうございます

奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。

処理中です...