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お見合い会場を「聖地」に作り変えられてから三日。
ベルシュタイン公爵邸の玄関先には、早朝から異様な光景が広がっていた。
「……マリー、これは何かしら。いえ、聞かなくてもわかるけれど、あえて聞くわ。これは何?」
ローゼンは、玄関ホールを埋め尽くさんばかりの豪華な木箱の山を指差した。
そこには、職人が三徹して作ったような見事な装飾が施された箱が、積み木の如く天井まで届きそうになっている。
「お嬢様、落ち着いてください。これらはすべて『匿名の熱狂的なファン』から届いた贈り物でございます。差出人の欄には、丁寧にも『君と同じ空気を吸えるだけで幸福な影より』と書かれております」
「……隠す気があるのかしら、その影。筆跡が思いっきり王太子のものじゃない」
ローゼンは頭を押さえた。
婚約を破棄した男が、なぜ毎日、公爵邸の物流をパンクさせるほどの貢物を送ってくるのか。
しかも、内容が日を追うごとに「実用性」を無視した「信仰」の産物へと進化している。
「とりあえず、一番手前の箱を開けてみてちょうだい」
「承知いたしました。……おや、これは。……『ローゼン嬢の瞬きに合わせたリズムで音楽を奏でる、自動演奏オルゴール(純金製)』ですね」
「いらないわ。眠れなくなるだけじゃない」
「次は……こちらです。……『彼女の清らかな肌が、万が一にも乾燥せぬよう開発された、魔法の霧を噴射し続ける噴水(大理石製)』。設置には庭の半分を潰す工事が必要です」
「断固拒否よ。これ以上、庭に何かを植えたり建てたりしないでちょうだい。苔だけでもお腹いっぱいだわ」
ローゼンは山積みになった箱の間を縫うように歩き、奥にある一際大きな箱に目をとめた。
そこには、金色のリボンで封じられた小さなカードが添えられている。
『親愛なる女神へ。君が自由の身となってからというもの、私の夜は暗闇に包まれている。君を直接見ることが叶わぬ時間は、私にとって一秒が千年に等しい苦行だ。せめて、この『世界で最も白い鳥の羽だけで作られたスリッパ』を履いて、私の心の上を歩いているつもりになってほしい。追伸:今日の昼食のメニューは、カツレツだったね。君の咀嚼音を想像して、私は今日も元気に生きています。』
「……マリー、今の追伸、聞こえた?」
「はい。完璧な盗聴……いえ、高度な魔法による遠隔監視が行われている証拠ですね。今すぐ屋敷の結界を強化するよう、魔術師団へ要請を出しましょう」
ローゼンはカードを握りつぶし、その場に座り込んだ。
自由。
婚約破棄されて手に入れたはずの、輝かしい独身生活。
しかし実態は、二十四時間体制で熱狂的なファン(元婚約者)に一喜一憂されるという、逃げ場のないアイドル活動のようだった。
「お嬢様、次々と届くギフトで公爵邸の倉庫が溢れました。お父様が『このままでは寝室に金塊を置くことになる』と泣いております」
「お父様も、はっきり断ればよろしいのに……。相手が王太子だからって、貢物を受け取り続けるのも共犯ですわ」
「いえ、公爵様は既に十回ほど王宮へ抗議に向かわれました。そのたびに殿下から『君は義父上……ではなく、聖なる守護者の父だ! これを取っておけ!』と、領地の半分が買えるほどの賄賂……いえ、寄付金を渡され、丸め込まれて帰ってこられるのです」
「お父様あああ!!」
ローゼンの悲鳴が響く中、玄関のベルが再び鳴った。
入ってきたのは、顔を引きつらせた配達員……ではなく、変装したアルフレッドの近衛騎士たちだった。
「失礼します! 『匿名』のギフトをお届けに参りました!」
「もう置く場所がないって言っているでしょう!」
「ご安心ください! 本日のお届け物は『場所をとらない』ものです!」
騎士たちが差し出したのは、一本の小さな試験管だった。
中には、怪しく光る虹色の液体が入っている。
「……何ですの、これ。毒薬?」
「いいえ! 殿下が独自に開発された魔法薬『ローゼン嬢専用・世界浄化液』です! これを空中に一滴垂らすだけで、半径十キロ以内の不純な男性の視線を、強制的に地面へと逸らす効果がございます!」
「ただの迷惑魔法じゃないの! 他の男性が生活に支障をきたすでしょうが!」
「殿下曰く、『私の見ていないところで彼女が誰かの視線に汚されるなど、宇宙の理に反する』とのことです! では、失礼します!」
騎士たちは脱兎の如く去っていった。
残された試験管を、マリーがピンセットで慎重に拾い上げる。
「お嬢様。これ、普通に国家機密レベルの高度な魔法が組み込まれています。殿下の執念、もはや魔導王の域に達しつつありますね」
「……誰か、あの人を止めて。お願いだから、誰か……」
ローゼンが絶望に打ちひしがれていると、廊下の向こうからレオナルドが、ついに車椅子に乗って現れた。
精神的な疲労が限界を迎え、歩くことすら困難になったらしい。
「ローゼン殿……。兄上が……兄上がついに、あなたの声を二十四時間録音し、それを王宮のBGMとして流そうと画策しています……」
「レオナルド様! しっかりしてください!」
「もう……ダメだ……。兄上の部屋は……あなたの肖像画で埋め尽くされ……足の踏み場もない……。あそこは……王太子の部屋ではなく……ただの宗教施設だ……」
レオナルドはそう言い残すと、静かに意識を失った。
ローゼンは決意した。
このままでは、自分が壊れる前に、この国がアルフレッドの「重すぎる愛」によって滅んでしまう。
「マリー。作戦変更よ」
「……ほう。次はどのような『悪女』を?」
「いいえ。逃げるのはやめるわ。あの人の懐に飛び込んで、直接そのフィルターを叩き割ってやる。……まずは、王宮の宝物庫に保管されているという『私の食べ残しの骨』を、物理的に粉砕しに行くわよ!」
「承知いたしました。ハンマーのご用意はできております」
ローゼンは、積み上げられた匿名ギフトの山を蹴散らし、王宮へと向かう馬車へと飛び乗った。
愛が重すぎる男と、愛されすぎてキレた女。
二人の本当の戦いは、ここから加速していく。
ベルシュタイン公爵邸の玄関先には、早朝から異様な光景が広がっていた。
「……マリー、これは何かしら。いえ、聞かなくてもわかるけれど、あえて聞くわ。これは何?」
ローゼンは、玄関ホールを埋め尽くさんばかりの豪華な木箱の山を指差した。
そこには、職人が三徹して作ったような見事な装飾が施された箱が、積み木の如く天井まで届きそうになっている。
「お嬢様、落ち着いてください。これらはすべて『匿名の熱狂的なファン』から届いた贈り物でございます。差出人の欄には、丁寧にも『君と同じ空気を吸えるだけで幸福な影より』と書かれております」
「……隠す気があるのかしら、その影。筆跡が思いっきり王太子のものじゃない」
ローゼンは頭を押さえた。
婚約を破棄した男が、なぜ毎日、公爵邸の物流をパンクさせるほどの貢物を送ってくるのか。
しかも、内容が日を追うごとに「実用性」を無視した「信仰」の産物へと進化している。
「とりあえず、一番手前の箱を開けてみてちょうだい」
「承知いたしました。……おや、これは。……『ローゼン嬢の瞬きに合わせたリズムで音楽を奏でる、自動演奏オルゴール(純金製)』ですね」
「いらないわ。眠れなくなるだけじゃない」
「次は……こちらです。……『彼女の清らかな肌が、万が一にも乾燥せぬよう開発された、魔法の霧を噴射し続ける噴水(大理石製)』。設置には庭の半分を潰す工事が必要です」
「断固拒否よ。これ以上、庭に何かを植えたり建てたりしないでちょうだい。苔だけでもお腹いっぱいだわ」
ローゼンは山積みになった箱の間を縫うように歩き、奥にある一際大きな箱に目をとめた。
そこには、金色のリボンで封じられた小さなカードが添えられている。
『親愛なる女神へ。君が自由の身となってからというもの、私の夜は暗闇に包まれている。君を直接見ることが叶わぬ時間は、私にとって一秒が千年に等しい苦行だ。せめて、この『世界で最も白い鳥の羽だけで作られたスリッパ』を履いて、私の心の上を歩いているつもりになってほしい。追伸:今日の昼食のメニューは、カツレツだったね。君の咀嚼音を想像して、私は今日も元気に生きています。』
「……マリー、今の追伸、聞こえた?」
「はい。完璧な盗聴……いえ、高度な魔法による遠隔監視が行われている証拠ですね。今すぐ屋敷の結界を強化するよう、魔術師団へ要請を出しましょう」
ローゼンはカードを握りつぶし、その場に座り込んだ。
自由。
婚約破棄されて手に入れたはずの、輝かしい独身生活。
しかし実態は、二十四時間体制で熱狂的なファン(元婚約者)に一喜一憂されるという、逃げ場のないアイドル活動のようだった。
「お嬢様、次々と届くギフトで公爵邸の倉庫が溢れました。お父様が『このままでは寝室に金塊を置くことになる』と泣いております」
「お父様も、はっきり断ればよろしいのに……。相手が王太子だからって、貢物を受け取り続けるのも共犯ですわ」
「いえ、公爵様は既に十回ほど王宮へ抗議に向かわれました。そのたびに殿下から『君は義父上……ではなく、聖なる守護者の父だ! これを取っておけ!』と、領地の半分が買えるほどの賄賂……いえ、寄付金を渡され、丸め込まれて帰ってこられるのです」
「お父様あああ!!」
ローゼンの悲鳴が響く中、玄関のベルが再び鳴った。
入ってきたのは、顔を引きつらせた配達員……ではなく、変装したアルフレッドの近衛騎士たちだった。
「失礼します! 『匿名』のギフトをお届けに参りました!」
「もう置く場所がないって言っているでしょう!」
「ご安心ください! 本日のお届け物は『場所をとらない』ものです!」
騎士たちが差し出したのは、一本の小さな試験管だった。
中には、怪しく光る虹色の液体が入っている。
「……何ですの、これ。毒薬?」
「いいえ! 殿下が独自に開発された魔法薬『ローゼン嬢専用・世界浄化液』です! これを空中に一滴垂らすだけで、半径十キロ以内の不純な男性の視線を、強制的に地面へと逸らす効果がございます!」
「ただの迷惑魔法じゃないの! 他の男性が生活に支障をきたすでしょうが!」
「殿下曰く、『私の見ていないところで彼女が誰かの視線に汚されるなど、宇宙の理に反する』とのことです! では、失礼します!」
騎士たちは脱兎の如く去っていった。
残された試験管を、マリーがピンセットで慎重に拾い上げる。
「お嬢様。これ、普通に国家機密レベルの高度な魔法が組み込まれています。殿下の執念、もはや魔導王の域に達しつつありますね」
「……誰か、あの人を止めて。お願いだから、誰か……」
ローゼンが絶望に打ちひしがれていると、廊下の向こうからレオナルドが、ついに車椅子に乗って現れた。
精神的な疲労が限界を迎え、歩くことすら困難になったらしい。
「ローゼン殿……。兄上が……兄上がついに、あなたの声を二十四時間録音し、それを王宮のBGMとして流そうと画策しています……」
「レオナルド様! しっかりしてください!」
「もう……ダメだ……。兄上の部屋は……あなたの肖像画で埋め尽くされ……足の踏み場もない……。あそこは……王太子の部屋ではなく……ただの宗教施設だ……」
レオナルドはそう言い残すと、静かに意識を失った。
ローゼンは決意した。
このままでは、自分が壊れる前に、この国がアルフレッドの「重すぎる愛」によって滅んでしまう。
「マリー。作戦変更よ」
「……ほう。次はどのような『悪女』を?」
「いいえ。逃げるのはやめるわ。あの人の懐に飛び込んで、直接そのフィルターを叩き割ってやる。……まずは、王宮の宝物庫に保管されているという『私の食べ残しの骨』を、物理的に粉砕しに行くわよ!」
「承知いたしました。ハンマーのご用意はできております」
ローゼンは、積み上げられた匿名ギフトの山を蹴散らし、王宮へと向かう馬車へと飛び乗った。
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二人の本当の戦いは、ここから加速していく。
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