君が尊すぎて直視できない!?婚約破棄の理由がそれってどうなの?

黒猫かの

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 王宮の最深部、王太子の私室へと続く廊下には、不自然なほどの静寂が漂っていた。
 
 普段なら慌ただしく行き交うはずの従者たちの姿もなく、ただ等間隔に配置された燭台が、ゆらゆらと怪しげな光を投げかけている。
 
 その静寂を切り裂くように、ローゼンは毅然とした足取りで進んでいた。
 
「お嬢様、足元をご確認ください。ここから先は絨毯ではなく、殿下が特注された『お嬢様の吐息と同じ成分の香料を練り込んだ高級絹』が敷き詰められております」
 
「……踏みたくないわ。マリー、あなたが持っているそのハンマーで、道を切り開いてくださる?」
 
「それは名案ですが、床を叩き割ると騒音で殿下を刺激しかねません。まずは正面から、あの『魔窟』を制圧いたしましょう」
 
 マリーは手にした巨大なハンマーを肩に担ぎ直し、無表情で扉の前に立った。
 
 ローゼンは深く息を吸い込み、意を決して扉を押し開けた。
 
「殿下! 隠し持っている『遺物』を今すぐ提出して……ッ!?」
 
 言葉が、喉の奥で凍りついた。
 
 そこはもはや、人間の居住スペースではなかった。
 
 壁という壁には、ローゼンの肖像画が隙間なく並べられている。
 
 それも、単なる肖像画ではない。
 
 『庭で蝶を追いかけるローゼン』『不機嫌そうに紅茶を啜るローゼン』『眠気に耐えながら本を読むローゼン』など、本人の記憶にもないような日常の瞬間が、神々しいまでの筆致で描かれていた。
 
 さらに部屋の中央には、金箔で飾られた豪華な祭壇があり、そこにはガラスケースに入った「あの骨」が鎮座していた。
 
「……あ、ローゼン……! 君が、君が自ら私の『大聖堂』に降臨してくれるなんて……!」
 
 祭壇の前で祈りを捧げていたアルフレッドが、弾かれたように振り返った。
 
 彼の目は充血し、口元には不気味なほどの多幸感が漂っている。
 
「殿下、これはいったいどういう状況ですの。私の部屋より私の肖像画が多いのは、どう考えても異常ですわよ」
 
「異常? 失礼なことを言わないでくれ。これは私の『生存戦略』だ。君という太陽を失った私が、暗闇の中で正気を保つためには、この聖なる空間が必要不可欠なんだ!」
 
「正気を保つためにこれを作るのが、既に正気ではありませんわ!」
 
 ローゼンは祭壇へ歩み寄り、ガラスケースの中の骨を指差した。
 
「特にこれ! この骨は何ですの!? ただの食事の残骸を、なぜ国宝のような扱いで飾っているのですか!」
 
「ただの残骸なものか! これは君がその清らかな歯で噛み締め、君の生命力の一部を分かち合った、魂の結晶だぞ! 私は毎晩、この骨に向かって君の健康と多幸を祈り、そして時折、その残された香りを……」
 
「それ以上言ったら、本当に軽蔑しますわよ」
 
 ローゼンの氷のような視線に、アルフレッドは「あああ! その蔑みの目! 全身の細胞が歓喜に震える……!」と床に転がった。
 
「マリー、やってちょうだい。その骨を粉々にして、この悪夢を終わらせるのよ」
 
「承知いたしました。女神の鉄槌、お見舞いいたします」
 
 マリーがハンマーを振り上げ、迷いなくガラスケースへと叩きつけた。
 
 凄まじい破壊音と共に、ケースが粉々に砕け散る。
 
 しかし、ハンマーが骨を直撃した瞬間、目も眩むような黄金の光が溢れ出した。
 
「……何!? 骨が光っている!?」
 
「はっはっは! 無駄だよマリー! その骨には私の魔力のすべてを注ぎ込み、銀河最強の防護結界をかけてある! たとえ隕石が衝突しても、その骨の一片たりとも傷つくことはない!」
 
 アルフレッドは誇らしげに胸を張った。
 
「君が私にくれた『最初の共同作業(食事)』の証だ。私が死んでも、この骨は永遠に輝き続ける。私はこれを、未来永劫の王家の至宝とするつもりだ!」
 
「誰がそんなもの受け継ぎたいと思うんですの! 未来の王族に謝ってください!」
 
 ローゼンは絶望した。
 
 この男は、ローゼンの嫌がることを「照れ隠し」や「試練」として受け止め、さらにその上を行く狂気で返してくる。
 
「殿下。いいですか。私は、あなたに愛されたいのであって、崇められたいのではありませんわ」
 
 ローゼンが絞り出すように言うと、アルフレッドは一瞬、きょとんとした顔をした。
 
「……愛されたい? ローゼン、何を言っているんだ。私は君を宇宙で一番愛している。愛しすぎて、君と同じ種族でいることすら恐れ多いと思っているんだ」
 
「それがダメだって言っているんです! 同じ人間として、普通に、隣で笑い合いたいだけですのよ!」
 
「……普通に? 隣で……?」
 
 アルフレッドの脳内回路が、未曾有の処理落ちを起こして火花を散らした。
 
 彼にとって、ローゼンは「仰ぎ見るもの」であり、「隣に立つもの」という概念は、あまりの神々しさに封印されていたのだ。
 
「ああ……! なんてことだ……。私は君を聖域に閉じ込めようとして、君の最も尊い願い……『神の人間宣言』を無視していたというのか……!」
 
「話がややこしくなるから神とか言わないでください」
 
「わかった、ローゼン! 君がそこまで言うなら、私は今日から『普通の隣人』を目指そう! 手始めに、君の隣を歩くための『重力適応訓練』を開始する!」
 
「重力適応……?」
 
「君の隣はあまりにも重力が……いや、幸運の質量が大きすぎて、普通の人間なら潰れてしまうからね。私はまず、百倍の負荷をかけた魔法空間で、君の隣に立っても倒れない足腰を作ることにするよ!」
 
 アルフレッドは熱い決意を瞳に宿し、そのまま猛烈な勢いで腕立て伏せを始めた。
 
「……マリー。私、もうこの人をどうにかしようとするのを諦めてもいいかしら」
 
「お嬢様、諦めは肝心です。……ですが、殿下が『普通の男』になろうとして、さらなる怪物を生み出す予感しかいたしませんね」
 
 ローゼンは、粉々になったガラスの破片と、筋トレを始めた王太子を背に、力なく魔窟を後にした。
 
 婚約破棄から始まったこの騒動は、ついに「物理的な鍛錬」という、誰も予測しなかった領域へと突入しようとしていた。
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