君が尊すぎて直視できない!?婚約破棄の理由がそれってどうなの?

黒猫かの

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 王宮での「魔窟」訪問から数日。
 ベルシュタイン公爵邸の平和は、またしても地響きのような轟音によって破られた。
 
 ローゼンがテラスで優雅に(半分死んだような目で)紅茶を啜っていると、庭の向こうから、土煙を上げて巨大な「何か」が迫ってきた。
 
「……ねえ、マリー。あれは何かしら。岩石の化け物か、あるいは新型の攻城兵器?」
 
「お嬢様、落ち着いてよくご覧ください。あれは、先日『普通の隣人』を目指すと宣言された、わが国の次期国王陛下でございます」
 
 土煙が晴れた後に立っていたのは、かつての優美な面影をかなぐり捨てた、筋骨隆々のアルフレッドだった。
 
 彼は「普通の男」を意識したのか、飾り気のない麻のシャツを着ていたが、あまりにも発達しすぎた大胸筋と広背筋に耐えきれず、布地が悲鳴を上げて四分五裂している。
 
「……殿下、その格好は一体どうされたのですか?」
 
「待たせたね、ローゼン! 見てくれ、これが私の到達した『対・ローゼン専用防護肉体』だ!」
 
 アルフレッドは庭の中央で、頼んでもいないのにサイドチェストのポーズを決めた。
 
 バキバキと音を立てて筋肉がうねり、周囲の空気が物理的な熱量を帯びて陽炎のように揺れる。
 
「……普通の隣人になるとおっしゃったはずでは?」
 
「そうだ! だが、冷静に考えてみてほしい。君という超常の美を放つ存在の隣に、ただの軟弱な人間が立てるはずがないだろう! 君の輝き(フォトン)に焼かれず、君の慈愛の重圧に押し潰されないためには、最低でも鋼鉄を素手で引きちぎる程度の筋密度が必要だという結論に至ったんだ!」
 
 アルフレッドは額に浮き出た血管をピクピクさせながら、爽やかな笑顔(ただし顔面にも筋肉がついている)で言い放った。
 
「お嬢様、殿下は『普通』という言葉の定義を、辞書から抹殺されたようです。現在、彼の脳内では『普通=最強』という変換が行われております」
 
 マリーが冷たく解説する中、アルフレッドはさらに一歩、ローゼンに詰め寄った。
 
「見てくれ、ローゼン。この大腿四頭筋の躍動を! これがあれば、君がどんなに不意に微笑みかけてきても、膝から崩れ落ちることなく、毅然として隣に立ち続けることができる! 今、私はついに、君と対等に呼吸をする権利を手に入れたんだ!」
 
「……その、暑苦しいですわ」
 
「暑苦しい!? ああ、それは私の魂の燃焼温度が、君への愛ゆえに限界を突破している証拠だ! さあ、ローゼン! 遠慮はいらない、私のこの大胸筋の上に座ってみてくれないか! どんな最高級のソファよりも安定した座り心地を約束しよう!」
 
「座るわけないでしょう! 殿下、いい加減にしてください。私は筋肉と話したいのではありません。以前のような、スマートで理性的だったあなたに戻ってほしいと言っているのですわ」
 
 ローゼンが本気で嫌そうな顔をすると、アルフレッドは一瞬、ハッとしたようにポーズを解いた。
 
「……スマート? ああ……なるほど。君は『見せる筋肉』ではなく、『実用的な筋肉』を求めていたんだね! 確かに、ただ膨らませるだけでは知性に欠ける。わかった、明日からは忍術と暗殺術を組み込み、筋肉を極限まで圧縮して『一見すると普通だが、実は全身がバネ』という究極のスマート・マッスルを目指すよ!」
 
「聞きなさいよ! 私の話を! 筋肉から離れなさい!」
 
 ローゼンの叫びは、アルフレッドの耳には「もっと鍛えて!」という熱い応援歌として届いたようだった。
 
「安心したまえ、ローゼン。君を愛し、君を崇め、かつ君を護り抜く。そのためには、私は人間を卒業してでも強くなってみせるよ! では、私はこれから滝に打たれながら、君の名前を十万回唱えてくる!」
 
 アルフレッドは凄まじい脚力で地面を蹴り、一跳びで公爵邸の壁を飛び越えて去っていった。
 
 残されたのは、ボロボロになった庭の芝生と、深い溜息をつくローゼン、そして無言で砂時計を確認するマリーだけだった。
 
「……ねえ、マリー。あの人、もう修復不可能かしら」
 
「お嬢様、悲しいお知らせですが、殿下は現在『努力という名の暴走』を最も楽しんでいらっしゃるフェーズにあります。こうなると、外部からの説得はすべて筋トレのガソリンにしかなりません」
 
「……次は、どう来るかしら」
 
「おそらく、気配を完全に消した『透明な筋肉』を引っさげて、お嬢様の背後に音もなく現れるようになるかと」
 
「ホラーじゃないのよ!!」
 
 ローゼンは空になった茶碗を見つめ、いつになったら自分の人生から「不条理」という文字が消えるのか、遠い空に問いかけるのであった。
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