君が尊すぎて直視できない!?婚約破棄の理由がそれってどうなの?

黒猫かの

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 ベルシュタイン公爵邸の地下、普段は古い家具や季節外れの装飾品が置かれている物置。
 
 湿っぽく、埃の匂いが漂うその場所に、場違いなほど豪華な装飾が施された簡易ベッドが持ち込まれていた。
 
 その上で、王太子アルフレッドは額に濡れタオルを乗せ、薄い毛布を被って横たわっている。

「……マリー。なぜわたくしは、自分の屋敷の地下で、元婚約者に特製のお粥を作らなければならないのかしら」

 ローゼンは、銀の匙で鍋の中を虚しくかき混ぜながら呟いた。
 
 彼女の目の前には、お世辞にも「病人食」とは呼べないほど、たっぷりの薬草(主に苦いやつ)と、嫌がらせのように刻まれた大量のニンニクが入ったお粥が鎮座している。

「お嬢様、それは慈悲でございます。公爵家の門前で王太子が干物になるのを防ぎ、かつ『絶交中だが最低限の人道支援は行う』という、国際政治のような高度なバランス感覚の現れです」

 マリーは傍らで、温度計をじっと見つめながら答えた。
 
「ちなみに、殿下の体温は現在、平熱より二度ほど高い状態を維持しております。……ただ、心拍数が通常の三倍です。これは風邪の症状ではなく、単なる『お嬢様が近くにいることによる異常興奮』によるものかと推測されます」

「やっぱり、たたき出してよろしいかしら」

「お止めしませんが、今追い出すと、殿下は間違いなく『看病の途中で捨てられた悲劇の夫』という新しい設定を引っ提げて、さらに強力な雨雲を引き連れて戻ってこられるでしょう」

 ローゼンは深く、深く溜息をつき、出来上がった(毒々しい香りのする)お粥を盆に乗せてベッドサイドへ向かった。
 
 アルフレッドは目を閉じたまま、荒い呼吸を繰り返している。……が、ローゼンが近づくにつれ、その口角がわずかに、本当にわずかにピクピクと動いているのを、彼女は見逃さなかった。

「殿下。起きてください。お粥を持ってきましたわよ」

「……う、ううん……。ここは……天国かな……? ああ……ローゼンの声が聞こえる。天使のラッパの音より、ずっと心地よい響きだ……」

 アルフレッドはゆっくりと、芝居がかった動作で目を開けた。
 
 その瞳は、熱のせいか、あるいは欲望のせいか、らんらんと輝いている。

「早く食べてください。そして、食べたらすぐに王宮へ帰るのですわよ」

「……ああ、ローゼン。君の作った料理を食べられるなんて。……毒が入っていても構わない。いや、むしろ毒を入れてくれ。君の殺意を体内に取り込めるなら、それは最高の栄養剤だ」

「要望通り、世界で一番苦い薬草をこれでもかと入れておきましたわ。さあ、召し上がれ」

 ローゼンが匙を口元に突き出すと、アルフレッドは恍惚とした表情でそれを飲み込んだ。
 
 直後、彼の顔面が劇画のような凄まじい形相に歪んだ。あまりの苦さとニンニクの刺激に、喉が悲鳴を上げているはずだ。

「……ぐ、ふぅ……ッ!! な、なんという……刺激的な愛なんだ……! 舌が痺れる……! 食道が焼けるようだ……! だが、この苦みこそが、私の愚かさを叱責する君の厳格な愛の形……! ああ、美味しい……。美味しすぎて、内臓が喜びで痙攣しているぞ!」

「全部食べてくださいね。残したら、二度とこの屋敷の敷居は跨がせませんわ」

「完食だ! 君が望むなら、この皿まで食いちぎって見せよう!」

 アルフレッドは涙を流しながら、猛烈な勢いで「処刑用お粥」を胃袋に流し込んでいった。
 
 その様子を冷めた目で見守っていたローゼンだったが、ふと、彼が食べ終えた後に再びぐったりと横たわったのを見て、少しだけ不安になった。

(……流石に、少しやりすぎたかしら? 本当に体調が悪いのに、あんな刺激物を……)

 少しだけ良心が痛んだ彼女は、マリーが新しいタオルを替えに行った隙に、彼の傍らに腰を下ろした。

「……殿下? 大丈夫ですの?」

「……ああ……。ローゼン……。幸せだ……。君が……君が隣にいる。……これなら、死んでもいい……。いや、死んだら君を崇められないから、やっぱり死なない……」

 アルフレッドは夢うつつのように呟きながら、そのまま深い眠り(あるいは気絶)に落ちた。
 
 静かになった地下室で、ローゼンはふと、彼の整った顔立ちを見つめた。
 
 黙っていれば、本当に国一番の美男子なのだ。その高い鼻、長い睫毛、そして凛々しい眉。……脳内さえ正常であれば、理想の婚約者だったはずなのに。

 その時だった。

「……むにゃ……。ああ……ローゼン……。もっと……もっとだ……」

 アルフレッドが、寝言を漏らし始めた。

「……君の……膝……。膝枕を……所望する……。女神の太もも……。プライスレス……。ああ……私の頸椎が……君の温もりで……純白の光になって溶けていく……」

 ローゼンのこめかみに、太い青筋が浮かび上がった。

「……むにゃ……。今の……お粥は……前菜だ……。メインディッシュは……君の……足蹴り……。ああ、踏まれたい……。ローゼン……膝枕を……膝枕をさせてくれ……。私の魂の、定位置なんだ……」

 アルフレッドの顔には、この世のものとは思えないほどだらしない、幸福そうな笑みが浮かんでいる。

「……マリー」

「はい、お嬢様。……お呼びでしょうか」

 タオルを持って戻ってきたマリーに、ローゼンは静かに、しかし決然とした声で言った。

「一番分厚くて、一番埃っぽい枕を持ってきて頂戴」

「承知いたしました。……用途を伺っても?」

「決まっているでしょう」

 ローゼンは、マリーからひったくるように枕を受け取ると、それを両手で高く掲げた。

「この男の寝言を、永遠に封印しますわ!!」

「お嬢様、それは看病ではなく窒息死の刑でございます」

「構いません! 膝枕ですって!? 私の足を何だと思っているのですか! 定位置!? 勝手に住み着かないでちょうだい!」

 ローゼンは、アルフレッドの幸せそうな顔面に向けて、全力で枕を押し当てた。

「死になさい! この煩悩の塊!!」

「……んぐっ!? む、むがーっ!? ……ハッ、ここは!? 私は今、ローゼンが柔らかい羽毛になって私を包み込んでくれる夢を……!」

 枕の下からアルフレッドが暴れ出し、物置の中は羽毛と埃が舞い散る大惨事となった。

「夢じゃありませんわ! 現実の殺意です! マリー、今すぐこの男を荷車に乗せて、王宮の正門前に不法投棄してきなさい!」

「かしこまりました。……殿下、残念でしたね。夢の続きは、王宮の冷たいベッドでお楽しみください」

「待ってくれ、ローゼン! 今の枕越しのアプローチ、最高だったぞ! 君の重圧を顔面全体で受け止めたあの瞬間、私は宇宙の真理を見た……っ!」

 ローゼンは、もはや叫ぶ気力もなく、舞い散る羽毛の中で力なく座り込んだ。
 
 看病しても、殺そうとしても、すべてが「ご褒美」に変換されてしまう。
 
 彼女は、この底なしの愛という名の沼から、一生抜け出せないのではないかという、これまでにない深い恐怖に震えるのであった。
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