君が尊すぎて直視できない!?婚約破棄の理由がそれってどうなの?

黒猫かの

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 王宮の最奥、重厚な扉の向こう側。
 
 ローゼンは、ベルシュタイン家の誇りにかけて、背筋をピンと伸ばして立っていた。
 
 目の前には、この国の頂点に立つ男、国王ゼウス・アルカディアが、心底申し訳なさそうな、それでいてどこか悟りを開いたような顔で玉座に座っている。
 
「……陛下。わたくし、今日こそは最後通牒を突きつけに参りました」
 
「……ああ、ローゼン嬢。聞いているよ。我が息子が君の門前で雨を降らせ、挙句の果てに地下室で枕営業……いや、枕攻めに遭ったそうじゃないか」
 
「枕営業ではありませんわ! わたくしが彼を窒息させようとしただけです!」
 
 ローゼンが声を荒らげると、王の隣に立つ側近が「……なんてことだ、王太子を枕で……。それさえも愛の儀式として記録せねば」と小声でメモを取り始めた。
 
「陛下! もう限界なのです! 婚約破棄を言い渡された時、わたくしは自由になれると思いました。ですが、今の生活は婚約時代よりもはるかに不自由で、かつ……不気味ですの! どうか王命を以て、殿下を遠い属領にでも追放してください!」
 
 ローゼンの悲痛な叫びに、国王は重い溜息をつき、深く玉座に身を沈めた。
 
「……ローゼン嬢。実を言うと、私も試みたのだよ。彼を隣国の親善大使として送り出そうとした。だがね、あやつはなんと言ったと思う?」
 
「……なんとおっしゃいましたの?」
 
「『父上。ローゼンがいない国に行くなど、私に真空地帯で息をしろと言うのですか? 酸素のない場所で王太子としての職務が果たせるとお思いで?』と、半泣きで筋肉をパンプアップさせながら抗議されたのだよ」
 
 国王は遠い目をして、窓の外を見つめた。
 
「その後、あやつは自室に引きこもり、君の肖像画に向かって『愛の不在証明』というタイトルの詩を三千行も書き連ねた。そのせいで、王宮の紙が不足して予算が狂ったのだよ」
 
「陛下、それは職務放棄ですわ!」
 
「そう、職務放棄だ。だが、あやつはこうも言った。『ローゼンを崇めることが、私の最大の職務だ。彼女を美しく保つことは、この国の景観維持であり、国防である。彼女が微笑めば世界は平和になり、彼女が怒れば私の大胸筋が喜ぶ。これ以上の国益がどこにある!』とな」
 
 ローゼンは絶句した。
 
 親が親なら子も子……とは言いたくないが、この国王、完全に息子に振り回され、抵抗する気力を失っている。
 
「……陛下。それでも、あなたはこの国の王ではありませんか。無理やりにでも彼を矯正してください。そうでなければ、わたくしは本当に、この国を捨てて旅に出ますわよ」
 
 ローゼンが脅しをかけると、国王はゆっくりと立ち上がり、彼女の前に歩み寄った。
 
 そして、彼女の顔をじっと見つめ、一言。
 
「……無理だよ、ローゼン嬢。君がこれほどまでに、神々しく美しいのがいけないんだ」
 
「……はい?」
 
「いや、見てごらん。今日の君の、怒りに震えるその睫毛の角度。そして、絶望に潤んだその瞳の輝き。……正直に言おう。私でさえ、今、一瞬だけ『あいつがそこまで狂うのも、まあ、分からんでもないな』と思ってしまった」
 
「陛下まで何を!? あなたは味方だと思っていたのに!」
 
「いや、味方だよ! 味方だからこそ、現実を教えようとしているんだ。アルカディア王家の血筋には、一度『これだ』と決めた美に対して、異常なまでの執着を見せる悪癖がある。……私は、自分の妻(王妃)が初めて焼いた焦げ焦げのクッキーを、今でも金庫に入れて保存しているほどだ」
 
「遺伝でしたのね!!」
 
 ローゼンは思わず、叫ばずにはいられなかった。
 
 この国の王家は、代々、愛の重さが物理法則を超越する呪われた家系だったのだ。
 
「だから、ローゼン嬢。諦めるんだ。あやつにとって、君はもはや『人間』ではなく『概念』なのだよ。概念を法で縛ることはできない。……むしろ、あやつがストーカー行為を『芸術活動』だと言い張るのを、私がどれだけ必死に止めているか分かってほしい」
 
「……陛下。わたくし、今、この瞬間、生まれて初めて『絶望』という言葉の本当の意味を知りましたわ」
 
「ハハハ、君の絶望顔もまた、名画のようだね」
 
 国王が力なく笑ったその時、広間の扉が景気よく吹き飛んだ。
 
「父上! ローゼンをこれ以上困らせるのはやめてください! 彼女の困り顔を独り占めしていいのは、このアルフレッドだけだ!」
 
 現れたのは、もはや当たり前のように上半身裸(シャツが筋肉で弾けたらしい)のアルフレッドだった。
 
 彼は国王を突き飛ばすと、ローゼンの前に膝をつき、その手を取ろうとして……空気を掴んだ。
 
「……ああ、ローゼン! 父上の毒気に当てられていないかい? 大丈夫だ、私が今すぐ、君の周りの空気を私の魔力で濾過してあげよう!」
 
「いいです! 間に合っています! 陛下、助けてください!」
 
 ローゼンが王に助けを求めると、国王はサッと目を逸らし、壁に掛かった風景画の埃を払うふりをし始めた。
 
「おや、こんなところに埃が……。私は何も見ていないよ。今日の私は、ただの『背景の一部』だ。ローゼン嬢、息子をよろしく頼むよ。彼を制御できるのは、世界で君だけなんだから」
 
「無責任すぎますわ!!」
 
 ローゼンの悲鳴が王宮の天井を震わせる。
 
 最終兵器であるはずの国王さえも、愛の重さという名の「遺伝子」には抗えなかった。
 
 ローゼンは、満面の笑みで筋肉をアピールする王太子と、現実に背を向ける国王の間で、ついに意識が遠のくのを感じた。
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