君が尊すぎて直視できない!?婚約破棄の理由がそれってどうなの?

黒猫かの

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 あの一件から数日、ベルシュタイン公爵邸には不気味なほどの静寂が流れていた。

 マリーの放った強力な睡眠ガスによって、アルフレッドは王宮へと強制送還された。
 
 ローゼンは、自分の「狂愛の演技」が火に油を注いだことを猛烈に反省し、自室の隅で膝を抱えていた。

「……マリー。わたくし、寝言でも『瞳を縫い付ける』なんて言ってないかしら。あまりの恥ずかしさに、自分の魂が口から脱走しそうですわ」

「お嬢様、ご安心ください。寝言ではただ『肉、苦い……』と呟いていらっしゃいました。……それよりも、現在進行形で起きている事態の方が深刻でございます」

 マリーが窓の外ではなく、今日は床の一点を指差した。
 
 よく見ると、絨毯の上がわずかに震えている。地鳴りのような、何かが掘り進められているような微かな振動だ。

「……何、この揺れ? まさか地震?」

「いいえ。王宮からこちらの方角へ向かって、凄まじい速度で『何か』が地下を掘り進んでおります。……あ、止まりましたね。ちょうど公爵邸の真下あたりで」

 次の瞬間、床を突き破って、一本の黄金の筒が飛び出してきた。
 
 筒の先には手紙が挟まっており、そこには『愛の通信、第一号』と書かれている。

「……通信手段が物理的すぎるわよ!」

 ローゼンが戦慄していると、筒の中からアルフレッドの声が響いた。
 どうやら集音魔法か何かが組み込まれているらしい。

『……聞こえるかい、ローゼン! 君が望んだ「二人だけの檻」、そして「誰の目にも触れない秘密の場所」が、ついに完成したぞ! さあ、今すぐ地下へ降りてくるんだ。君のために、地球の内核よりも熱い愛で作り上げた理想郷(ユートピア)が、そこにはある!』

「……降りませんわよ! 勝手に人の家の地下を魔改造しないでちょうだい!」

『ふふふ、恥ずかしがらなくていい。君が言った「一つになりたい」という言葉……私は一睡もせずに考え抜いた。そして、結論に至ったんだ。地上にいるから、余計な他人の視線が入る。ならば、地殻を突き抜け、マントルの近くで暮らせばいいのだと!』

「死にますわ! マントルの近くなんて温度的に無理ですわよ!」

「お嬢様、残念ながら殿下の熱意は、物理的な法則を既に凌駕しているようです。……ほら、床が本格的に開き始めました」

 絨毯が左右に分かれ、そこには豪華な装飾が施された螺旋階段が現れた。
 
 どこまでも深く続いているその階段からは、アルフレッド特有の、濃密で重厚な薔薇の香料の匂いが立ち上ってくる。

「……行くしかないわね。放置して、うちの屋敷が沈没しても困りますもの」

 ローゼンは覚悟を決め、マリーを伴って階段を降りた。
 
 数分ほど降り続けた先には、王宮のホールも顔負けの広大な空間が広がっていた。
 
 壁はすべて純金で塗り固められ、天井には魔法の光球が太陽のように輝いている。
 
 そしてその中央には、巨大な鳥籠のような、しかし最高級の寝具が敷き詰められた「黄金の檻」が設置されていた。

「ようこそ、ローゼン! ここが私たちの、誰にも邪魔されない終着駅だ!」

 アルフレッドは、もはや服を着ることを諦めたのか、黄金の褌(ふんどし)一枚で檻の前に立っていた。
 
 その筋肉は、地下での土木作業によってさらなる進化を遂げ、もはや人間というよりは彫像に近い。

「……殿下。……一応聞きますけれど、ここは何ですの?」

「君が望んだ『檻』だよ! この空間は、私の魔力によって地上から完全に隔離されている。光も、音も、他人の視線も、一切入ることはない! あるのは君の美しさと、それを愛でる私の筋肉だけだ!」

 アルフレッドは誇らしげに檻の扉を開けた。

「さあ、入ってくれ! 君が入った瞬間に、私はこの鍵を胃の中に飲み込み、永遠に閉じ込めてあげよう! 食事は私が地上から運んでくる! 君はただ、ここで呼吸をし、美しく存在しているだけでいいんだ!」

「……嫌に決まっているでしょう。わたくし、太陽の光を浴びたいですし、街で買い物もしたいですわ」

「買い物!? 必要ない! 君が欲しいものはすべて、私が想像力と魔力で具現化してあげよう! ドレスが欲しいなら私の皮膚を剥いで編んでもいいし、宝石が欲しいなら私の汗を圧縮してダイヤモンドに変えてみせる!」

「恐怖しかありませんわ! あと、その褌をやめてください! 目が腐ります!」

 ローゼンが激昂すると、アルフレッドはショックを受けたように胸を押さえた。

「……ああ……。そうか。……君は、もっと『狭い』のが良かったんだね。……檻では、まだ私との間に『距離』があると感じるのか……」

「違います! 広さの問題ではありません!」

「わかった、ローゼン! では、この檻の中に、さらに二人用の『棺(ひつぎ)』を用意しよう! そこで密着して眠れば、君の言う『物理的に一つになる』という願いが叶うはずだ! マリー、今すぐ職人を呼べ! 世界で一番密閉性の高い棺を発注するんだ!」

「承知いたしました。……殿下、ついでに酸素供給を遮断するオプションも付けましょうか?」

「マリー! あなた、誰の味方なのよ!」

 ローゼンは地下の理想郷で、ついに崩れ落ちた。
 
 演技で言ったはずの「重い愛」が、王太子の手によって、物理的な「地下監獄(豪華版)」として具現化されてしまった。

「殿下……。わたくし、もう一度だけ言いますわ。……普通に、地上で、服を着て、わたくしをただの一人の人間として扱ってください」

「……人間……? ローゼン、君はまだ、自分がそんな矮小な存在だと思っているのかい? 君は、私の信仰の対象であり、全宇宙の調和を司る……」

「うるさいですわ!!」

 ローゼンの怒鳴り声が、黄金の地下空間に空しく反響した。
 
 理想郷は、たった数分で「ローゼンの怒りが爆発する場所」へと成り果てたが、アルフレッドはその怒声さえも「地下空間の音響チェック」として楽しそうに記録していた。

 地上の自由を取り戻すための道は、さらに深く、地下へと潜り込んでしまったのである。
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