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アルフレッドが地下に「理想郷」を建設し、そこに引きこもり始めてから三日が経った。
地上では、かつてないほどの国家危機が訪れていた。
王太子が執務をすべて放り出し、地下で黄金の褌(ふんどし)一丁で土木作業に没頭しているせいで、国の決裁文書が山積みになっているのだ。
「……ローゼン嬢。もう、これしか道はないのだよ」
ベルシュタイン公爵邸の応接室。
そこには、やつれ果てて魂が口から半分はみ出している国王陛下が座っていた。
「陛下。おっしゃっている意味が分かりませんわ。なぜわたくしの目の前に、王冠と、見るからに重そうな玉座の目録が置かれているのですか?」
ローゼンは、テーブルの上に並べられた「王位継承権譲渡書類」を指差した。
「アルフレッドが地下から出てこない。あやつは『地上にはローゼンの輝きを遮る不純物(他人)が多すぎる』と言って、執務室に戻ることを拒否しているのだ。……そこでだ、ローゼン嬢。君が王になればいい」
「……はい?」
「君が女王として即位するんだ。そうすれば、あやつは間違いなく『女王の臣下』として、喜んで君の足元に跪き、働くようになるだろう。あやつの愛のベクトルを、国家運営に向けさせるには、君が国家そのものになるしかないのだよ!」
国王は血走った目でローゼンの手を握りしめた。
「頼む! このままでは、我が国の特産品であるはずの『薔薇の香水』が、あやつが地下に撒き散らしたせいで品不足になり、経済が破綻する! 君が女王になって、あやつを地下から引きずり出してくれ!」
「お断りしますわ! なぜわたくしが、あの筋肉ダルマを管理するために一生を王座に捧げなければならないのですか! 自由! わたくしが欲しいのは自由なんです!」
「お嬢様、落ち着いてください。……陛下、一つ確認ですが、お嬢様が女王になられた場合、アルフレッド殿下の扱いはどうなるのでしょうか?」
傍らで冷静に記録を取っていたマリーが尋ねた。
「ああ、あやつは『女王の盾』兼『女王の椅子』として、二十四時間体制で彼女に密着することになるだろうね。あやつ自身がそう提案してきたのだ、『ローゼンが王になるなら、私は彼女を支える四本脚の家具になっても構わない』と」
「絶対嫌ですわ!!」
ローゼンは悲鳴を上げて立ち上がった。
椅子としての王太子。想像しただけで、背筋が凍りつくどころか、自分の背骨が物理的に悲鳴を上げそうだ。
「陛下、条件を提示します。わたくしがあの男を地上に連れ戻し、かつ『普通の人間』として執務に復帰させることができたら、この王位継承の話は白紙にしてください!」
「……できるのかい? あのアスファルトより固い執念を持つ男を」
「やりますわよ! やらないとわたくしの人生が椅子になってしまいますもの!」
ローゼンは、マリーに向かって力強く頷いた。
「マリー、準備して! 地下の理想郷へ殴り込みよ!」
「承知いたしました。……お嬢様、今回は力技では勝てません。殿下の『愛の論理』を逆手に取った、精神的攻めが必要です。……ここに、殿下の肖像画を百枚ほど用意しました。これを使って『どちらがより崇拝しているか対決』を仕掛けましょう」
「……何ですの、その不気味な作戦は。でも、乗るわ!」
ローゼンは再び、床に開いた黄金の螺旋階段へと飛び込んだ。
地下の理想郷では、アルフレッドが自作の「ローゼン讃歌・第百八十八番」を壁に刻んでいる真っ最中だった。
「おお、ローゼン! また来てくれたのか! 見てくれ、この壁画を! 君のまつ毛の本数を一本の狂いもなく再現するために、私は三徹して……」
「殿下!! いい加減になさい!!」
ローゼンの怒鳴り声が、黄金の空間に響き渡る。
「……ローゼン? どうしたんだい、そんなに怖い顔をして。……ああ、でもその怒りに満ちた眉間のシワも、まるで芸術的な地層のようで……」
「聞きなさい! 陛下が、わたくしを女王にするとおっしゃっていますわ! あなたが仕事をしないせいで、わたくしが王位を継がされることになったのです!」
アルフレッドは一瞬、目を見開いた。
「……女王……? ローゼンが、王に……? ああ……!! 素晴らしい!! なんて完璧な人事なんだ! さあ、今すぐ戴冠式を! 私が君の頭に、私の骨を削って作った王冠を乗せてあげよう!」
「嫌だと言っているでしょう! わたくしが王になれば、公務で忙しくなり、あなたと地下で語らう時間など一秒もなくなりますわよ!」
「……なっ!?」
アルフレッドが、雷に打たれたような顔で固まった。
「さらに! 王になればわたくしは、あなたを『最果ての塔の掃除係』に任命しますわ。あなたは一生、わたくしの顔を見ることも叶わず、ただひたすらに塔の窓を磨き続けるだけの存在になるのです!」
「……そ、そんな……。私が、君を見ることができない……? 光を奪われた植物のように、私は枯れてしまう……!」
「そうなりたくなければ、今すぐ地上に戻り、王太子としての職務に励みなさい! わたくしの視界に入ることを許されるのは、立派に国を治める『普通の王子』だけですわ!」
ローゼンがマリーから受け取った「アルフレッドの(変な顔の)肖像画」を地面に叩きつけた。
「さあ、どうしますの! 地下で褌一丁のままわたくしに忘れ去られるか、地上で服を着て、わたくしの視界の端っこに居座り続けるか!」
「……選べるはずがないだろう、ローゼン! 君の視界から外れるなど、死よりも恐ろしい! わかった、戻る! 今すぐ戻って、山積みの書類を筋肉の速度で片付けてみせる!」
アルフレッドは猛烈な勢いで地上の階段を駆け上がり始めた。
「待っていろ、地上! 私のローゼンが王座という名の檻に囚われないよう、この私が完璧な代理人となって働いてやろう!」
土煙を上げて去っていく背中を見送り、ローゼンは力なくその場に座り込んだ。
「……マリー。勝ったわ。わたくし、ついにあの人を地上に追い出したわ」
「お嬢様、お見事です。……ただ、殿下が『女王の代行者』を自称し始めたことで、今後の政治が『ローゼン様の機嫌を損ねないための法律』で埋め尽くされる可能性が極めて高くなりましたが」
「……もう、今はそれどころではありませんわ……」
地上の太陽は、戻ってきた狂信的な王太子の叫び声と共に、今日も不気味に輝き始めるのであった。
地上では、かつてないほどの国家危機が訪れていた。
王太子が執務をすべて放り出し、地下で黄金の褌(ふんどし)一丁で土木作業に没頭しているせいで、国の決裁文書が山積みになっているのだ。
「……ローゼン嬢。もう、これしか道はないのだよ」
ベルシュタイン公爵邸の応接室。
そこには、やつれ果てて魂が口から半分はみ出している国王陛下が座っていた。
「陛下。おっしゃっている意味が分かりませんわ。なぜわたくしの目の前に、王冠と、見るからに重そうな玉座の目録が置かれているのですか?」
ローゼンは、テーブルの上に並べられた「王位継承権譲渡書類」を指差した。
「アルフレッドが地下から出てこない。あやつは『地上にはローゼンの輝きを遮る不純物(他人)が多すぎる』と言って、執務室に戻ることを拒否しているのだ。……そこでだ、ローゼン嬢。君が王になればいい」
「……はい?」
「君が女王として即位するんだ。そうすれば、あやつは間違いなく『女王の臣下』として、喜んで君の足元に跪き、働くようになるだろう。あやつの愛のベクトルを、国家運営に向けさせるには、君が国家そのものになるしかないのだよ!」
国王は血走った目でローゼンの手を握りしめた。
「頼む! このままでは、我が国の特産品であるはずの『薔薇の香水』が、あやつが地下に撒き散らしたせいで品不足になり、経済が破綻する! 君が女王になって、あやつを地下から引きずり出してくれ!」
「お断りしますわ! なぜわたくしが、あの筋肉ダルマを管理するために一生を王座に捧げなければならないのですか! 自由! わたくしが欲しいのは自由なんです!」
「お嬢様、落ち着いてください。……陛下、一つ確認ですが、お嬢様が女王になられた場合、アルフレッド殿下の扱いはどうなるのでしょうか?」
傍らで冷静に記録を取っていたマリーが尋ねた。
「ああ、あやつは『女王の盾』兼『女王の椅子』として、二十四時間体制で彼女に密着することになるだろうね。あやつ自身がそう提案してきたのだ、『ローゼンが王になるなら、私は彼女を支える四本脚の家具になっても構わない』と」
「絶対嫌ですわ!!」
ローゼンは悲鳴を上げて立ち上がった。
椅子としての王太子。想像しただけで、背筋が凍りつくどころか、自分の背骨が物理的に悲鳴を上げそうだ。
「陛下、条件を提示します。わたくしがあの男を地上に連れ戻し、かつ『普通の人間』として執務に復帰させることができたら、この王位継承の話は白紙にしてください!」
「……できるのかい? あのアスファルトより固い執念を持つ男を」
「やりますわよ! やらないとわたくしの人生が椅子になってしまいますもの!」
ローゼンは、マリーに向かって力強く頷いた。
「マリー、準備して! 地下の理想郷へ殴り込みよ!」
「承知いたしました。……お嬢様、今回は力技では勝てません。殿下の『愛の論理』を逆手に取った、精神的攻めが必要です。……ここに、殿下の肖像画を百枚ほど用意しました。これを使って『どちらがより崇拝しているか対決』を仕掛けましょう」
「……何ですの、その不気味な作戦は。でも、乗るわ!」
ローゼンは再び、床に開いた黄金の螺旋階段へと飛び込んだ。
地下の理想郷では、アルフレッドが自作の「ローゼン讃歌・第百八十八番」を壁に刻んでいる真っ最中だった。
「おお、ローゼン! また来てくれたのか! 見てくれ、この壁画を! 君のまつ毛の本数を一本の狂いもなく再現するために、私は三徹して……」
「殿下!! いい加減になさい!!」
ローゼンの怒鳴り声が、黄金の空間に響き渡る。
「……ローゼン? どうしたんだい、そんなに怖い顔をして。……ああ、でもその怒りに満ちた眉間のシワも、まるで芸術的な地層のようで……」
「聞きなさい! 陛下が、わたくしを女王にするとおっしゃっていますわ! あなたが仕事をしないせいで、わたくしが王位を継がされることになったのです!」
アルフレッドは一瞬、目を見開いた。
「……女王……? ローゼンが、王に……? ああ……!! 素晴らしい!! なんて完璧な人事なんだ! さあ、今すぐ戴冠式を! 私が君の頭に、私の骨を削って作った王冠を乗せてあげよう!」
「嫌だと言っているでしょう! わたくしが王になれば、公務で忙しくなり、あなたと地下で語らう時間など一秒もなくなりますわよ!」
「……なっ!?」
アルフレッドが、雷に打たれたような顔で固まった。
「さらに! 王になればわたくしは、あなたを『最果ての塔の掃除係』に任命しますわ。あなたは一生、わたくしの顔を見ることも叶わず、ただひたすらに塔の窓を磨き続けるだけの存在になるのです!」
「……そ、そんな……。私が、君を見ることができない……? 光を奪われた植物のように、私は枯れてしまう……!」
「そうなりたくなければ、今すぐ地上に戻り、王太子としての職務に励みなさい! わたくしの視界に入ることを許されるのは、立派に国を治める『普通の王子』だけですわ!」
ローゼンがマリーから受け取った「アルフレッドの(変な顔の)肖像画」を地面に叩きつけた。
「さあ、どうしますの! 地下で褌一丁のままわたくしに忘れ去られるか、地上で服を着て、わたくしの視界の端っこに居座り続けるか!」
「……選べるはずがないだろう、ローゼン! 君の視界から外れるなど、死よりも恐ろしい! わかった、戻る! 今すぐ戻って、山積みの書類を筋肉の速度で片付けてみせる!」
アルフレッドは猛烈な勢いで地上の階段を駆け上がり始めた。
「待っていろ、地上! 私のローゼンが王座という名の檻に囚われないよう、この私が完璧な代理人となって働いてやろう!」
土煙を上げて去っていく背中を見送り、ローゼンは力なくその場に座り込んだ。
「……マリー。勝ったわ。わたくし、ついにあの人を地上に追い出したわ」
「お嬢様、お見事です。……ただ、殿下が『女王の代行者』を自称し始めたことで、今後の政治が『ローゼン様の機嫌を損ねないための法律』で埋め尽くされる可能性が極めて高くなりましたが」
「……もう、今はそれどころではありませんわ……」
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