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王宮の正門前。馬車に乗り込もうとするアルカの前に、一通の書状を携えたジュリアンが立ちはだかった。
「待て、アルカ! 貴様を追放するにあたり、その罪状を改めて読み聞かせてやる。自分の醜さを噛みしめるがいい!」
「……殿下、まだ何かあるんですか? 馬車の出発時刻に遅れると、途中の街で予約しているジビエ専門店のラストオーダーに間に合わないのですが」
「貴様はどこまで食い意地が張っているんだ! いいから聞け!」
ジュリアンは忌々しげに羊皮紙を広げ、朗々と読み上げ始めた。
「罪状その一! リディアの茶会において、彼女のカップに毒を混入した疑い!」
「毒……? ああ、あの日曜日のことですか」
アルカは人差し指を顎に当て、小首を傾げた。
「あれは毒ではありません。リディア様があまりに顔色が悪かったので、血行を促進させるために数種類の高麗人参と、滋養強壮に効くハーブを二十種類ほどブレンドして差し上げただけです。抽出時間を間違えて、少しばかり色が禍々しくなったのは認めますが」
「リディアはあの一杯を飲んだ直後、あまりの苦さに気絶したんだぞ!」
「良薬口に苦し、と言います。あの一杯には、丸一日煮込んだスッポンのエキスも入っていたのですから。材料費だけでも金貨三枚は下りません。……正直、返してほしいくらいです」
「……スッポンだと? 貴族の茶会にそんなものを持ち込むな!」
ジュリアンの顔が引き攣る。しかし、彼は強引に話を次へ進めた。
「罪状その二! リディアに対し、平手打ちを見舞おうとした疑い!」
「ああ、あれはですね。リディア様の頬があまりに柔らかそうだったので、パン生地としての弾力を確かめたくなっただけです」
「人間をパン生地扱いするな! 彼女は恐怖のあまり、数日間も震えていたんだぞ!」
「失礼な。私はただ、彼女の肌の保水率がどれほどかを知りたかったのです。あの弾力なら、おそらく加水率八十パーセント以上の高加水パンのような、もっちりとした焼き上がりになるはず……。もし彼女がパンだったら、最高の食感だったでしょうに」
「……貴様、本当に何を言っているんだ?」
ジュリアンのツッコミはもはや力がない。
しかし、彼は最後の切り札を叩きつけるように叫んだ。
「罪状その三! これが一番の問題だ! 貴様はリディアのドレスに火を放ち、亡きものにしようとした!」
周囲の衛兵たちも、その凶行を思い出したのか表情を硬くする。
だが、アルカは心底心外だと言わんばかりに両手を広げた。
「誤解です、殿下! あれは『メイラード反応』の重要性を説いただけです!」
「めいらーど……なんだそれは!」
「タンパク質と糖が加熱によって結びつき、芳醇な香りと美味しそうな褐色を生み出す魔法の反応ですよ! リディア様が着ていたドレスがあまりに真っ白で味気なかったので、せめて少し火を近づけて、香ばしいキャラメル色にした方が視覚的にも食欲をそそるのではとアドバイスしただけです!」
「ドレスを見て食欲をそそる奴があるか! 実際に裾が焦げて火災騒ぎになっただろうが!」
「火力の調整を誤ったのは認めます。やはり、ドレスのような薄い生地で直火調理……いえ、直火ドレスアップは難易度が高すぎました。次からは、低温調理器を持参することにします」
「次なんてない! 貴様は今から追放されるんだ!」
ジュリアンは頭を抱えた。
目の前の女には、反省という言葉も、常識という概念も通用しない。
「殿下。もうよろしいですか? 罪状を伺っている間に、口の中が完全に『鴨肉』を迎え入れる準備を終えてしまいました」
「……行け。今すぐ行け! 北の離宮で、一生肉でも焼いていろ!」
「はい、喜んで! カイン、出発しましょう!」
アルカが弾むような声で命じると、御者台に座っていたカインが静かに頷いた。
「かしこまりました。お嬢様、道中のおやつとして、先ほどローストビーフの端材でカツサンドを作っておきました」
「さすがね、カイン! あなたの気遣いには、いつも星三つを捧げたいわ」
馬車がゆっくりと動き出す。
窓から身を乗り出し、アルカは最後まで笑顔で手を振っていた。
「殿下! リディア様によろしくお伝えください! 次に会うときは、彼女を立派な『肉汁の溢れる女性』に仕上げてみせますから!」
「二度と会うか! あと、その不吉な予言はやめろ!」
遠ざかる馬車の音と共に、ジュリアンの怒声が空に響く。
王都を離れ、目指すは未開の食卓――もとい、北の離宮。
アルカの美食の旅は、ここから本番を迎えるのであった。
「待て、アルカ! 貴様を追放するにあたり、その罪状を改めて読み聞かせてやる。自分の醜さを噛みしめるがいい!」
「……殿下、まだ何かあるんですか? 馬車の出発時刻に遅れると、途中の街で予約しているジビエ専門店のラストオーダーに間に合わないのですが」
「貴様はどこまで食い意地が張っているんだ! いいから聞け!」
ジュリアンは忌々しげに羊皮紙を広げ、朗々と読み上げ始めた。
「罪状その一! リディアの茶会において、彼女のカップに毒を混入した疑い!」
「毒……? ああ、あの日曜日のことですか」
アルカは人差し指を顎に当て、小首を傾げた。
「あれは毒ではありません。リディア様があまりに顔色が悪かったので、血行を促進させるために数種類の高麗人参と、滋養強壮に効くハーブを二十種類ほどブレンドして差し上げただけです。抽出時間を間違えて、少しばかり色が禍々しくなったのは認めますが」
「リディアはあの一杯を飲んだ直後、あまりの苦さに気絶したんだぞ!」
「良薬口に苦し、と言います。あの一杯には、丸一日煮込んだスッポンのエキスも入っていたのですから。材料費だけでも金貨三枚は下りません。……正直、返してほしいくらいです」
「……スッポンだと? 貴族の茶会にそんなものを持ち込むな!」
ジュリアンの顔が引き攣る。しかし、彼は強引に話を次へ進めた。
「罪状その二! リディアに対し、平手打ちを見舞おうとした疑い!」
「ああ、あれはですね。リディア様の頬があまりに柔らかそうだったので、パン生地としての弾力を確かめたくなっただけです」
「人間をパン生地扱いするな! 彼女は恐怖のあまり、数日間も震えていたんだぞ!」
「失礼な。私はただ、彼女の肌の保水率がどれほどかを知りたかったのです。あの弾力なら、おそらく加水率八十パーセント以上の高加水パンのような、もっちりとした焼き上がりになるはず……。もし彼女がパンだったら、最高の食感だったでしょうに」
「……貴様、本当に何を言っているんだ?」
ジュリアンのツッコミはもはや力がない。
しかし、彼は最後の切り札を叩きつけるように叫んだ。
「罪状その三! これが一番の問題だ! 貴様はリディアのドレスに火を放ち、亡きものにしようとした!」
周囲の衛兵たちも、その凶行を思い出したのか表情を硬くする。
だが、アルカは心底心外だと言わんばかりに両手を広げた。
「誤解です、殿下! あれは『メイラード反応』の重要性を説いただけです!」
「めいらーど……なんだそれは!」
「タンパク質と糖が加熱によって結びつき、芳醇な香りと美味しそうな褐色を生み出す魔法の反応ですよ! リディア様が着ていたドレスがあまりに真っ白で味気なかったので、せめて少し火を近づけて、香ばしいキャラメル色にした方が視覚的にも食欲をそそるのではとアドバイスしただけです!」
「ドレスを見て食欲をそそる奴があるか! 実際に裾が焦げて火災騒ぎになっただろうが!」
「火力の調整を誤ったのは認めます。やはり、ドレスのような薄い生地で直火調理……いえ、直火ドレスアップは難易度が高すぎました。次からは、低温調理器を持参することにします」
「次なんてない! 貴様は今から追放されるんだ!」
ジュリアンは頭を抱えた。
目の前の女には、反省という言葉も、常識という概念も通用しない。
「殿下。もうよろしいですか? 罪状を伺っている間に、口の中が完全に『鴨肉』を迎え入れる準備を終えてしまいました」
「……行け。今すぐ行け! 北の離宮で、一生肉でも焼いていろ!」
「はい、喜んで! カイン、出発しましょう!」
アルカが弾むような声で命じると、御者台に座っていたカインが静かに頷いた。
「かしこまりました。お嬢様、道中のおやつとして、先ほどローストビーフの端材でカツサンドを作っておきました」
「さすがね、カイン! あなたの気遣いには、いつも星三つを捧げたいわ」
馬車がゆっくりと動き出す。
窓から身を乗り出し、アルカは最後まで笑顔で手を振っていた。
「殿下! リディア様によろしくお伝えください! 次に会うときは、彼女を立派な『肉汁の溢れる女性』に仕上げてみせますから!」
「二度と会うか! あと、その不吉な予言はやめろ!」
遠ざかる馬車の音と共に、ジュリアンの怒声が空に響く。
王都を離れ、目指すは未開の食卓――もとい、北の離宮。
アルカの美食の旅は、ここから本番を迎えるのであった。
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