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ガタゴトと揺れる馬車の中で、アルカは窓の外を流れる景色を眺めながら、深く、深く溜息をついた。
それは絶望でも悲しみでもなく、心からの解放感に満ちた溜息だった。
「ああ……。終わったのね、カイン。ようやく終わったのよ」
「左様でございますね、お嬢様。これでもう、あの大して美味くもない王宮の晩餐会に出席する必要もございません」
向かい側に座るカインが、銀のトレイを恭しく差し出す。
そこには、先ほど彼が言及した特製のカツサンドが鎮座していた。
アルカは迷わずその一つを手に取り、大きく口を開けてかぶりついた。
「もぐ……ん、んんっ! この豚肉、叩き加減が絶妙だわ! 衣のサクサク感とパンのしっとりした食感の対比が、今の私の心境を物語っているようだわ!」
「それは何よりでございます。お嬢様、口の端にソースがついておりますよ」
「ふふ、構わないわ。だって私はもう、王太子の婚約者じゃないんですもの。ドレスの汚れを気にする暇があったら、咀嚼の回数を増やした方が有意義だわ」
アルカは幸せそうにカツサンドを飲み込むと、再び窓の外へ視線を向けた。
「ねえ、カイン。婚約破棄って、素晴らしい言葉だと思わない?」
「と、仰いますと?」
「だってそうでしょう? あんなに手間暇かけて『完璧な淑女』という名の煮込み料理を演じてきたけれど、結局は焦がして捨てられたわけじゃない。でも、そのおかげで私は『自由』という名の極上のスパイスを手に入れたのよ」
「お嬢様の例え話は、常に胃袋に直結しておりますね」
「当然よ。ジュリアン殿下には感謝してもしきれないわ。彼が私を『悪役』に仕立て上げてくれたおかげで、私はもう、自分の嫌いなパセリを残さず食べる義務からも解放されたのよ!」
アルカは拳を握りしめ、力説する。
彼女にとって、公爵令嬢としての生活は、制限だらけの「味気ないダイエットメニュー」のようなものだったのだ。
「思えば、殿下の好みは本当に面倒だったわ。肉は脂身が少ないものに限る、だとか、香草は控えめに、だとか。あの方は人生の半分以上を損しているわ」
「殿下は、お嬢様の『創作料理』による胃もたれを恐れていただけかと思われますが」
「失礼ね。あれはただの実験よ。鹿肉にハチミツとワサビを塗って焼くのが、どれほどの革命を起こすか見せたかっただけなのに」
「結果として、殿下は三日間寝込まれましたが」
カインの冷静な指摘に、アルカは少しだけバツが悪そうに視線を逸らした。
「それは……殿下の消化器官が軟弱だっただけよ。とにかく、これで清々したわ。婚約破棄、万歳! 追放、大歓迎!」
アルカは馬車の窓を勢いよく開け放った。
流れてくる風は、王都のそれよりも少しだけ冷たく、そしてどこまでも自由な香りがした。
「殿下――! お肉が最高に美味しいので、私のことはもう忘れてくださーい!」
「お嬢様、流石にそれは野蛮でございます」
「いいのよ、カイン。もう誰も見ていないわ。あ、見て、あそこの野原! あそこに生えているのは野生のクレソンじゃない!?」
アルカの目は、早くも道端に生える植物を「食材」としてロックオンしていた。
彼女にとって、婚約破棄は人生の終わりではなく、広大な「厨房」への入場券に過ぎなかったのである。
「カイン、馬車を止めて! あのクレソン、今の時期が一番柔らかくて美味しいはずよ。今夜の付け合わせにするわ!」
「……御者、停車だ。お嬢様の『狩り』が始まる」
カインが淡々と御者に指示を出す。
公爵令嬢が泥だらけになって野草を摘む姿は、通行人が見れば卒倒するような光景だろう。
しかし、アルカの顔に浮かんでいるのは、王宮では決して見せることのなかった、太陽のような満面の笑みだった。
「婚約破棄? ええ、本当にありがとうございました! おかげで私は、世界一幸せな悪役令嬢になれそうですわ!」
彼女の歓喜の叫びは、どこまでも続く青空へと吸い込まれていった。
それは絶望でも悲しみでもなく、心からの解放感に満ちた溜息だった。
「ああ……。終わったのね、カイン。ようやく終わったのよ」
「左様でございますね、お嬢様。これでもう、あの大して美味くもない王宮の晩餐会に出席する必要もございません」
向かい側に座るカインが、銀のトレイを恭しく差し出す。
そこには、先ほど彼が言及した特製のカツサンドが鎮座していた。
アルカは迷わずその一つを手に取り、大きく口を開けてかぶりついた。
「もぐ……ん、んんっ! この豚肉、叩き加減が絶妙だわ! 衣のサクサク感とパンのしっとりした食感の対比が、今の私の心境を物語っているようだわ!」
「それは何よりでございます。お嬢様、口の端にソースがついておりますよ」
「ふふ、構わないわ。だって私はもう、王太子の婚約者じゃないんですもの。ドレスの汚れを気にする暇があったら、咀嚼の回数を増やした方が有意義だわ」
アルカは幸せそうにカツサンドを飲み込むと、再び窓の外へ視線を向けた。
「ねえ、カイン。婚約破棄って、素晴らしい言葉だと思わない?」
「と、仰いますと?」
「だってそうでしょう? あんなに手間暇かけて『完璧な淑女』という名の煮込み料理を演じてきたけれど、結局は焦がして捨てられたわけじゃない。でも、そのおかげで私は『自由』という名の極上のスパイスを手に入れたのよ」
「お嬢様の例え話は、常に胃袋に直結しておりますね」
「当然よ。ジュリアン殿下には感謝してもしきれないわ。彼が私を『悪役』に仕立て上げてくれたおかげで、私はもう、自分の嫌いなパセリを残さず食べる義務からも解放されたのよ!」
アルカは拳を握りしめ、力説する。
彼女にとって、公爵令嬢としての生活は、制限だらけの「味気ないダイエットメニュー」のようなものだったのだ。
「思えば、殿下の好みは本当に面倒だったわ。肉は脂身が少ないものに限る、だとか、香草は控えめに、だとか。あの方は人生の半分以上を損しているわ」
「殿下は、お嬢様の『創作料理』による胃もたれを恐れていただけかと思われますが」
「失礼ね。あれはただの実験よ。鹿肉にハチミツとワサビを塗って焼くのが、どれほどの革命を起こすか見せたかっただけなのに」
「結果として、殿下は三日間寝込まれましたが」
カインの冷静な指摘に、アルカは少しだけバツが悪そうに視線を逸らした。
「それは……殿下の消化器官が軟弱だっただけよ。とにかく、これで清々したわ。婚約破棄、万歳! 追放、大歓迎!」
アルカは馬車の窓を勢いよく開け放った。
流れてくる風は、王都のそれよりも少しだけ冷たく、そしてどこまでも自由な香りがした。
「殿下――! お肉が最高に美味しいので、私のことはもう忘れてくださーい!」
「お嬢様、流石にそれは野蛮でございます」
「いいのよ、カイン。もう誰も見ていないわ。あ、見て、あそこの野原! あそこに生えているのは野生のクレソンじゃない!?」
アルカの目は、早くも道端に生える植物を「食材」としてロックオンしていた。
彼女にとって、婚約破棄は人生の終わりではなく、広大な「厨房」への入場券に過ぎなかったのである。
「カイン、馬車を止めて! あのクレソン、今の時期が一番柔らかくて美味しいはずよ。今夜の付け合わせにするわ!」
「……御者、停車だ。お嬢様の『狩り』が始まる」
カインが淡々と御者に指示を出す。
公爵令嬢が泥だらけになって野草を摘む姿は、通行人が見れば卒倒するような光景だろう。
しかし、アルカの顔に浮かんでいるのは、王宮では決して見せることのなかった、太陽のような満面の笑みだった。
「婚約破棄? ええ、本当にありがとうございました! おかげで私は、世界一幸せな悪役令嬢になれそうですわ!」
彼女の歓喜の叫びは、どこまでも続く青空へと吸い込まれていった。
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