婚約破棄された悪役令嬢ですが、毒を盛る暇があるならお肉を焼きたい。

黒猫かの

文字の大きさ
26 / 28

26

しおりを挟む
王都中の貴族、そして国王と王妃が固唾をのんで見守る中、アルカはジュリアンの差し出した手を取る……ことはしなかった。


代わりに彼女が懐から取り出したのは、これでもかと長く巻かれた一本の羊皮紙だった。


「殿下。私の婚約者になりたいのであれば、以下の条件をすべて、一字一句違わずに受け入れていただきますわ」


「……条件? ああ、いいだろう。宝石でも、領地でも、君が望むなら何でも用意させよう」


ジュリアンは自信満々に頷いたが、アルカが羊皮紙を広げた瞬間、その顔から余裕が消えた。


羊皮紙は床を転がり、食堂の入り口まで届くほどの長さがあった。


「まず条件その一! 王宮の厨房を全面的に改修し、私の設計による『クリスタル・魔導・極限厨房』を建設すること。魔石を使った二十四時間体制の温度管理、および高圧洗浄魔法による完全自動殺菌システムの導入は必須ですわ」


「……厨房の、改修だと?」


「条件その二! 国家予算の三割を『稀少食材確保および新メニュー開発費』として独立させること。これには、隣国ロセウス王国からのスパイス定期購入契約も含まれます」


「三割……!? アルカ、それは軍事費に匹敵する額だぞ!」


「条件その三! 私の『食材探索チーム』に公式の外交権を与えること。カインは補給大臣、リディア様は国家パン職人、レオンハルトはスパイス親善大使、そしてガラン卿には『特級・食材粉砕騎士』の称号と、専用の粉砕機材……あ、彼自身の腕で十分でしたわね。とにかく、彼らに最高の地位と給料を保証してください」


アルカの要求は止まらない。


「条件その四! 私が『あの森の熊が食べたい』と言い出した際、王太子である貴方は文句を言わず、自らマントを脱いで追い込み漁を手伝うこと! 殿下、貴方の脚力はなかなかのものですから、囮(おとり)役に最適ですわ」


「……待て。私は王太子だ。熊の囮になどなれるわけが――」


「あら。私の美味しい料理を毎日食べたいという情熱は、そんなものなんですの?」


アルカが冷たい瞳でジュリアンを射抜くと、隣でマンモスの骨をしゃぶっていた王妃イザベラが口を挟んだ。


「いいじゃない、ジュリアン! 囮くらいやりなさいな! アルカの料理が食べられなくなるくらいなら、王国の存亡なんて些細な問題よ!」


「母上、それは流石に言い過ぎです……!」


「いいえ、国王としても許可しよう。アルカ嬢、その条件、すべて認めようではないか。……ただし、私にも週に一度、新作の試食権をくれるならな」


国王までもが身を乗り出して賛成し、会場の空気は完全にアルカのペースに飲み込まれた。


「……わかった。わかったよ、アルカ。君の条件、すべて受け入れよう」


ジュリアンは観念したように肩を落とし、しかしその瞳にはどこか晴れやかな光を宿してアルカを見つめた。


「君がキッチンで王国の実権を握るというのなら、私は喜んで君の『囮』になろう。……これでいいか?」


「ええ。交渉成立ですわ、殿下」


アルカはようやく、薄く微笑んだ。


それは、かつての冷徹な公爵令嬢の笑みではなく、最高の食材を手に入れた時の、あの無邪気で恐ろしい輝きだった。


「それでは殿下。婚約の儀の前に、まずは私の新作『痺れ茸と幻のライムのカルパッチョ』を食べて、精神を研ぎ澄ませていただきますわよ。……あ、カイン! 殿下の分の胃薬を、一番強いやつで用意してちょうだい!」


「御意。……殿下、お覚悟を」


カインが静かに、銀の盆に乗った「光り輝く謎の料理」をジュリアンの前に置いた。


ジュリアンは、目の前の「毒」か「薬」か分からないご馳走を見つめ、覚悟を決めてフォークを取った。


王都の夜は、美食と、悲鳴に近い歓喜の声に包まれて更けていく。


悪役令嬢と呼ばれた少女は、今や王宮そのものを自らの「胃袋」へと作り替えてしまったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

ほんの少しの仕返し

turarin
恋愛
公爵夫人のアリーは気づいてしまった。夫のイディオンが、離婚して戻ってきた従姉妹フリンと恋をしていることを。 アリーの実家クレバー侯爵家は、王国一の商会を経営している。その財力を頼られての政略結婚であった。 アリーは皇太子マークと幼なじみであり、マークには皇太子妃にと求められていたが、クレバー侯爵家の影響力が大きくなることを恐れた国王が認めなかった。 皇太子妃教育まで終えている、優秀なアリーは、陰に日向にイディオンを支えてきたが、真実を知って、怒りに震えた。侯爵家からの離縁は難しい。 ならば、周りから、離縁を勧めてもらいましょう。日々、ちょっとずつ、仕返ししていけばいいのです。 もうすぐです。 さようなら、イディオン たくさんのお気に入りや♥ありがとうございます。感激しています。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

せめて、淑女らしく~お飾りの妻だと思っていました

藍田ひびき
恋愛
「最初に言っておく。俺の愛を求めるようなことはしないで欲しい」  リュシエンヌは婚約者のオーバン・ルヴェリエ伯爵からそう告げられる。不本意であっても傷物令嬢であるリュシエンヌには、もう後はない。 「お飾りの妻でも構わないわ。淑女らしく務めてみせましょう」  そうしてオーバンへ嫁いだリュシエンヌは正妻としての務めを精力的にこなし、徐々に夫の態度も軟化していく。しかしそこにオーバンと第三王女が恋仲であるという噂を聞かされて……? ※ なろうにも投稿しています。

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

9時から5時まで悪役令嬢

西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」 婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。 ならば私は願い通りに動くのをやめよう。 学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで 昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。 さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。 どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。 卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ? なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか? 嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。 今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。 冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。 ☆別サイトにも掲載しています。 ※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。 これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

処理中です...