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王都中の貴族、そして国王と王妃が固唾をのんで見守る中、アルカはジュリアンの差し出した手を取る……ことはしなかった。
代わりに彼女が懐から取り出したのは、これでもかと長く巻かれた一本の羊皮紙だった。
「殿下。私の婚約者になりたいのであれば、以下の条件をすべて、一字一句違わずに受け入れていただきますわ」
「……条件? ああ、いいだろう。宝石でも、領地でも、君が望むなら何でも用意させよう」
ジュリアンは自信満々に頷いたが、アルカが羊皮紙を広げた瞬間、その顔から余裕が消えた。
羊皮紙は床を転がり、食堂の入り口まで届くほどの長さがあった。
「まず条件その一! 王宮の厨房を全面的に改修し、私の設計による『クリスタル・魔導・極限厨房』を建設すること。魔石を使った二十四時間体制の温度管理、および高圧洗浄魔法による完全自動殺菌システムの導入は必須ですわ」
「……厨房の、改修だと?」
「条件その二! 国家予算の三割を『稀少食材確保および新メニュー開発費』として独立させること。これには、隣国ロセウス王国からのスパイス定期購入契約も含まれます」
「三割……!? アルカ、それは軍事費に匹敵する額だぞ!」
「条件その三! 私の『食材探索チーム』に公式の外交権を与えること。カインは補給大臣、リディア様は国家パン職人、レオンハルトはスパイス親善大使、そしてガラン卿には『特級・食材粉砕騎士』の称号と、専用の粉砕機材……あ、彼自身の腕で十分でしたわね。とにかく、彼らに最高の地位と給料を保証してください」
アルカの要求は止まらない。
「条件その四! 私が『あの森の熊が食べたい』と言い出した際、王太子である貴方は文句を言わず、自らマントを脱いで追い込み漁を手伝うこと! 殿下、貴方の脚力はなかなかのものですから、囮(おとり)役に最適ですわ」
「……待て。私は王太子だ。熊の囮になどなれるわけが――」
「あら。私の美味しい料理を毎日食べたいという情熱は、そんなものなんですの?」
アルカが冷たい瞳でジュリアンを射抜くと、隣でマンモスの骨をしゃぶっていた王妃イザベラが口を挟んだ。
「いいじゃない、ジュリアン! 囮くらいやりなさいな! アルカの料理が食べられなくなるくらいなら、王国の存亡なんて些細な問題よ!」
「母上、それは流石に言い過ぎです……!」
「いいえ、国王としても許可しよう。アルカ嬢、その条件、すべて認めようではないか。……ただし、私にも週に一度、新作の試食権をくれるならな」
国王までもが身を乗り出して賛成し、会場の空気は完全にアルカのペースに飲み込まれた。
「……わかった。わかったよ、アルカ。君の条件、すべて受け入れよう」
ジュリアンは観念したように肩を落とし、しかしその瞳にはどこか晴れやかな光を宿してアルカを見つめた。
「君がキッチンで王国の実権を握るというのなら、私は喜んで君の『囮』になろう。……これでいいか?」
「ええ。交渉成立ですわ、殿下」
アルカはようやく、薄く微笑んだ。
それは、かつての冷徹な公爵令嬢の笑みではなく、最高の食材を手に入れた時の、あの無邪気で恐ろしい輝きだった。
「それでは殿下。婚約の儀の前に、まずは私の新作『痺れ茸と幻のライムのカルパッチョ』を食べて、精神を研ぎ澄ませていただきますわよ。……あ、カイン! 殿下の分の胃薬を、一番強いやつで用意してちょうだい!」
「御意。……殿下、お覚悟を」
カインが静かに、銀の盆に乗った「光り輝く謎の料理」をジュリアンの前に置いた。
ジュリアンは、目の前の「毒」か「薬」か分からないご馳走を見つめ、覚悟を決めてフォークを取った。
王都の夜は、美食と、悲鳴に近い歓喜の声に包まれて更けていく。
悪役令嬢と呼ばれた少女は、今や王宮そのものを自らの「胃袋」へと作り替えてしまったのである。
代わりに彼女が懐から取り出したのは、これでもかと長く巻かれた一本の羊皮紙だった。
「殿下。私の婚約者になりたいのであれば、以下の条件をすべて、一字一句違わずに受け入れていただきますわ」
「……条件? ああ、いいだろう。宝石でも、領地でも、君が望むなら何でも用意させよう」
ジュリアンは自信満々に頷いたが、アルカが羊皮紙を広げた瞬間、その顔から余裕が消えた。
羊皮紙は床を転がり、食堂の入り口まで届くほどの長さがあった。
「まず条件その一! 王宮の厨房を全面的に改修し、私の設計による『クリスタル・魔導・極限厨房』を建設すること。魔石を使った二十四時間体制の温度管理、および高圧洗浄魔法による完全自動殺菌システムの導入は必須ですわ」
「……厨房の、改修だと?」
「条件その二! 国家予算の三割を『稀少食材確保および新メニュー開発費』として独立させること。これには、隣国ロセウス王国からのスパイス定期購入契約も含まれます」
「三割……!? アルカ、それは軍事費に匹敵する額だぞ!」
「条件その三! 私の『食材探索チーム』に公式の外交権を与えること。カインは補給大臣、リディア様は国家パン職人、レオンハルトはスパイス親善大使、そしてガラン卿には『特級・食材粉砕騎士』の称号と、専用の粉砕機材……あ、彼自身の腕で十分でしたわね。とにかく、彼らに最高の地位と給料を保証してください」
アルカの要求は止まらない。
「条件その四! 私が『あの森の熊が食べたい』と言い出した際、王太子である貴方は文句を言わず、自らマントを脱いで追い込み漁を手伝うこと! 殿下、貴方の脚力はなかなかのものですから、囮(おとり)役に最適ですわ」
「……待て。私は王太子だ。熊の囮になどなれるわけが――」
「あら。私の美味しい料理を毎日食べたいという情熱は、そんなものなんですの?」
アルカが冷たい瞳でジュリアンを射抜くと、隣でマンモスの骨をしゃぶっていた王妃イザベラが口を挟んだ。
「いいじゃない、ジュリアン! 囮くらいやりなさいな! アルカの料理が食べられなくなるくらいなら、王国の存亡なんて些細な問題よ!」
「母上、それは流石に言い過ぎです……!」
「いいえ、国王としても許可しよう。アルカ嬢、その条件、すべて認めようではないか。……ただし、私にも週に一度、新作の試食権をくれるならな」
国王までもが身を乗り出して賛成し、会場の空気は完全にアルカのペースに飲み込まれた。
「……わかった。わかったよ、アルカ。君の条件、すべて受け入れよう」
ジュリアンは観念したように肩を落とし、しかしその瞳にはどこか晴れやかな光を宿してアルカを見つめた。
「君がキッチンで王国の実権を握るというのなら、私は喜んで君の『囮』になろう。……これでいいか?」
「ええ。交渉成立ですわ、殿下」
アルカはようやく、薄く微笑んだ。
それは、かつての冷徹な公爵令嬢の笑みではなく、最高の食材を手に入れた時の、あの無邪気で恐ろしい輝きだった。
「それでは殿下。婚約の儀の前に、まずは私の新作『痺れ茸と幻のライムのカルパッチョ』を食べて、精神を研ぎ澄ませていただきますわよ。……あ、カイン! 殿下の分の胃薬を、一番強いやつで用意してちょうだい!」
「御意。……殿下、お覚悟を」
カインが静かに、銀の盆に乗った「光り輝く謎の料理」をジュリアンの前に置いた。
ジュリアンは、目の前の「毒」か「薬」か分からないご馳走を見つめ、覚悟を決めてフォークを取った。
王都の夜は、美食と、悲鳴に近い歓喜の声に包まれて更けていく。
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