断罪された悪役令嬢は、気楽に過ごしたい。

黒猫かの

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王都が最も華やぐ日、建国記念祭。
豪華絢爛な装飾が施された王宮の大広間は、着飾った貴族たちで埋め尽くされていた。
その中心で、アマリ・エヴァレットは「究極の忍耐」を試されていた。

「……お嬢様。お願いですから、そのドレスの裾を捲り上げて脚の筋肉を確認するのはおやめください。全貴族が凝視しております」

隣に控える執事セバスが、腹話術のような口調で囁く。
アマリはコルセットの締め付けに顔を顰めつつ、なんとか淑女の笑みを保っていた。

「分かっておりますわ、セバス。ですが、このドレス……重りが足りませんの。せめてあと十キロは負荷をかけないと、歩くたびに体が浮いてしまいそうですわ」

「十キロの鉄板を仕込んだドレスで優雅に踊る令嬢がどこにいますか。……おや、厄介な方がこちらへ向かって来られますぞ」

セバスの視線の先。
人混みを割り、金髪をこれでもかと光らせたライオネル王子が、自信満々の笑みを浮かべて歩いてきた。
その後ろには、疲れ果てた文官たちが書類の束を抱えてゾロゾロと続いている。

「久しぶりだな、アマリ! 貴様の顔を見るのも一ヶ月ぶりか。少しは反省して、私の偉大さを再確認したのではないか?」

ライオネルはアマリの前でピタリと止まり、腰に手を当ててポーズを決めた。
アマリは一秒だけ真顔になり、その後、営業用の笑顔を貼り付けた。

「あら、ライオネル殿下。お元気そうで何よりですわ。……お顔の隈が凄いですけれど、新しいパンダのコスプレかしら?」

「これは知的な努力の証だ! ……コホン。まあいい。アマリ、貴様に朗報を伝えに来てやったのだ。感謝して聞くがいい」

ライオネルはわざとらしく咳払いをし、周囲の注目を集めるように声を張り上げた。

「貴様がいなくなってから、王宮の事務作業が少しだけ滞っているのは事実だ。そこでだ! 寛大な私は、貴様のこれまでの非礼をすべて水に流し……特別に『復縁』してやってもいいと考えている!」

会場がザワりと揺れた。
「やはり復縁か」「悪役令嬢が返り咲くのか」と、無責任な噂話が広がる。
ライオネルは、アマリが「まあ! 嬉しい!」と泣き崩れるのを今か今かと待っていた。

しかし、アマリの反応は彼の予想を斜め上に突き抜けた。
プルプルと、彼女の拳が小刻みに震え始めたのだ。

「……あ、アマリ? そんなに感動したのか? 拳が震えるほどに、私の慈悲深さに打ち震えているのだな?」

「……っ、ふ、ふざけないで……ください……まし……っ!」

アマリの瞳に、怒りの……いや、純粋な「打撃欲」の炎が宿った。
彼女は震える拳を必死に抑え、低い声で言葉を絞り出す。

「……復縁して『やって』もいい? ……その上から目線、私の広背筋が黙っていませんわ! 今すぐその不敬な口を、私のスクワットで鍛え上げた太ももで挟み潰して差し上げたいくらいですわよ!」

「なっ……ななな、何を言っているのだ!? 挟み潰す!? 乙女の口から出る言葉か!」

「当たり前でしょう! 私は自由を手に入れたのです! 毎日美味しいお肉を食べ、ギルバートと組み手をし、己の筋肉を愛でる……この至高の生活を捨てて、なぜわざわざパンダになったあなたの雑用係に戻らねばなりませんの!」

アマリが半歩踏み出すと、床に仕込まれた(自前の)重りのせいで、ズシンと鈍い音が響いた。
その威圧感に、ライオネルは「ヒッ」と短い悲鳴を上げて後退る。

「……おい、アマリ。それくらいにしておけ」

背後から、低く落ち着いた声がした。
近衛騎士団長、ギルバートである。
彼は銀色の正装に身を包み、いつになく凛々しい姿でアマリの肩をそっと抱き寄せた。

「ギルバート! あなたも見ていらしたの? この方、私の筋肉を侮辱しましたのよ!」

「ああ、見ていた。……だが殿下、アマリは今、俺の監督下にある。……彼女を連れ戻したければ、まずは俺を力ずくで排除してからにするんだな」

ギルバートが腰の剣の柄に手をかける。
その冷徹な眼光に、ライオネルは完全に腰が引けてしまった。

「ぐっ……き、貴様ら……! 覚えていろ! 今夜の演説で、アマリ、貴様を正式に糾弾してやるからな! ルル! ルルはどこだ! 私を慰めてくれ!」

ライオネルは、周囲をキョロキョロと見回しながら逃げるように去っていった。
その後を、アマリ親衛隊の腕章を隠し持ったルルが、ニヤニヤしながら追いかけていくのが見えた。

「……ふぅ。危うくパーティー会場を破壊するところでしたわ」

アマリは大きく溜息をつき、肩の力を抜いた。
ギルバートは、彼女の肩に置いた手を離そうとせず、少しだけ力を込める。

「……アマリ。あんな奴の言葉を真面目に受けるな。お前は……今のままが一番、その……魅力的だ」

「ギルバート? 急に何を……」

アマリが驚いて見上げると、ギルバートは不器用に視線を逸らした。
彼の耳の端が、正装の銀色に映えて真っ赤に染まっている。

「……なんでもない。……さあ、腹が減っているんだろう? 奥のブッフェに、特大のローストビーフがあるぞ」

「ローストビーフ!? 行きますわ! 筋肉の補給こそが私の正義ですもの!」

先ほどの怒りはどこへやら、アマリはギルバートの手を引いて食卓へと爆走し始めた。
波乱の建国記念祭。しかし、アマリにとっては「最高級のタンパク質が揃う収穫祭」に過ぎないのであった。
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