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「ノエル様ぁ! なんて酷いことをするんですかぁ!」
その金切り声は、平和な公爵邸の庭園における騒音公害そのものだった。
ピンク色のフリフリドレスを揺らして現れたのは、男爵令嬢ミーナ。
彼女は、泡を吹いて倒れているクレイス殿下の横を通り過ぎる際、チラリと彼を見て、
「あら、クレイス様ったら。お昼寝なんて風邪を引きますよ?」
と呟き、その体を容赦なく『またいで』こちらへやってきた。
踏まなかっただけ慈悲があるのかもしれないが、扱いが雑すぎる。
「……ごきげんよう、ミーナ様」
私は扇を口元に当て、冷ややかに挨拶した。
「クレイス殿下は『お昼寝』ではなく『気絶』されているのですが、介抱なさらなくてよろしいのですか?」
「気絶? まぁ! ノエル様がやったんですね!? 恐ろしい魔法で、可哀想なクレイス様を!」
ミーナは潤んだ瞳で私を睨みつけた。
「嫉妬に狂って、元婚約者を痛めつけるなんて……まさに悪役令嬢ですぅ! 信じられません!」
「訂正いたします。殿下は勝手に挑みかかり、勝手にルーク様の『献立への悩み』というオーラに当てられ、勝手に自滅されただけです」
「嘘です! そんなことより、公爵様ぁ!」
ミーナは私の説明など聞く耳を持たず、標的を変えた。
彼女の瞳が、獲物を狙う狩人のようにギラリと光る。
その視線の先には、サングラスをかけ直したルーク様が立っていた。
「初めましてぇ、アースガルド公爵様! 私、ミーナと申しますぅ。怖かったでしょう? あんな野蛮な女に絡まれて……」
ミーナは小走りでルーク様に近づいていく。
その足取りは、計算された「内股」と「上目遣い」のコンボだ。
「私がお慰めしますわ。さあ、こちらへ……」
彼女はルーク様の腕にすがりつこうと、体を寄せた。
その瞬間。
サッ。
ルーク様が、残像が見えるほどの速さで半歩横にズレた。
「……きゃっ!?」
空振ったミーナは、勢い余ってバランスを崩した。
しかし、そこは転んでもただでは起きないヒロイン(物理)。
彼女は何もない平坦な芝生の上で、まるで誰かに突き飛ばされたかのように、派手に宙を舞った。
「ああぁぁぁっ! ノエル様がぁ! 私を突き飛ばしましたぁ!!」
ドサッ。
ミーナは地面に倒れ込み、悲劇のヒロインポーズ(手で顔を覆い、片足を少し上げる)を決めた。
「痛い……痛いですぅ……! 嫉妬深いノエル様が、魔法で私を吹き飛ばしたんですぅ! 公爵様、助けてぇ!」
静寂。
風が吹き抜け、枯れ葉がカサカサと舞う。
私は、倒れているミーナと、自分の立ち位置を見比べた。
その距離、約五メートル。
「……ほう」
私は感心したように声を上げた。
そして、懐から愛用のメモ帳とペンを取り出した。
「素晴らしい演技力です、ミーナ様。今の転倒シーン、スローモーションで再生したいくらいです」
「えっ……?」
ミーナが指の隙間からこちらを覗き見る。
私はペンを指揮棒のように振りながら、解説を始めた。
「まず、私と貴女の距離。物理的に手が届きません。次に、私が魔法を使った形跡。ルーク様、魔力波の検知は?」
「……ない」
ルーク様が即答する。
「ありがとうございます。つまり、外部からの干渉はゼロ。純粋な『自作自演』であることが証明されました」
「ち、違いますぅ! 見えない手で押されたんですぅ!」
「なるほど、見えない手ですか。それはホラーですね。お祓いに行かれることを推奨します」
私はメモ帳に点数を書き込んだ。
「では、採点に移ります」
「さ、採点!?」
「技術点、2.0点。転び方が少し不自然でした。受け身を取りすぎて怪我をしないように配慮したのが見え見えです」
「なっ……」
「演技構成点、5.0点。悲鳴のタイミングと『被害者アピール』への移行速度は完璧でした。さすが、場数を踏んでいらっしゃる」
「馬鹿にしないでください!」
ミーナが顔を真っ赤にして立ち上がろうとする。
「それに、芸術点ですが……衣装のチョイスが減点対象です。芝生の上でピンクのドレスは、保護色が機能していません。汚れが目立ちますよ?」
「うっさいわね! この悪女!」
ミーナの本音が漏れた。
しかし、すぐにハッとして口を押さえ、ルーク様に向かって涙目で訴えかけた。
「公爵様ぁ! 聞いてください! ノエル様ってば、いつもこうやって私をいじめるんです! 言葉の暴力ですぅ!」
彼女は再び、ルーク様にすり寄ろうとした。
「私、足が挫けちゃったみたいで……立てないんですぅ。お姫様抱っこしてくれませんかぁ?」
彼女が手を伸ばす。
ルーク様は、その手を汚いものでも見るような目で見下ろした。
そして、ハンカチを取り出し、自分の口元を覆った。
「……汚い」
「え?」
「芝生にはダニがいるかもしれん。……そんなところで寝転がるな。屋敷に入れるわけにはいかん」
「えぇっ!? そ、そこですか!?」
「それに」
ルーク様は、サングラス越しに冷徹な視線を浴びせた。
「お前、三半規管がいかれているのか?」
「は、はい?」
「何もないところで転び、一人で叫んで、幻覚(見えない手)を見ている。……脳の検査が必要だ」
「ち、違います! 私はか弱い乙女で……!」
「か弱い奴が、気絶した男をまたいで歩くか」
ルーク様の一撃。
正論すぎて、ぐうの音も出ない。
「セバス!」
ルーク様が指を鳴らすと、影から執事が現れた。
「はい、旦那様」
「この女を摘み出せ。……あと、庭の消毒をしておけ。変な菌がつくと困る」
「かしこまりました。……消毒液(強め)を用意させます」
「菌扱いひどい!!」
ミーナが叫ぶが、屈強な使用人たちに両脇を抱えられ、連行されていく。
「離してよ! 私は未来の王妃よ! 覚えてなさい、ノエル! 今度はもっと凄いのを連れてきてやるから!」
「まだ来る気ですか……」
私は呆れて見送った。
ミーナが連れ去られた後、庭には静寂と、まだ気絶しているクレイス殿下だけが残された。
「……で、あいつはどうする?」
ルーク様が、足元の殿下を指差す。
「放置でよろしいかと。そろそろ起きるでしょう」
私が言うと同時に、殿下が「うーん」と唸り声を上げて目を覚ました。
「はっ! け、決闘は!? 俺は勝ったのか!?」
殿下が跳ね起きる。
そして、私とルーク様、そして誰もいない庭を見て、キョロキョロと周囲を見回した。
「あれ? ミーナは? 俺の愛しいミーナはどこだ?」
「先ほど、ルーク様の冷酷さに恐れをなして、殿下を見捨てて逃げ帰られましたよ」
私は平然と嘘をついた。
「な、なんだってー!? ミーナ! 待ってくれ、俺を置いていかないでくれー!」
殿下は慌てて走り出し、甲冑をガチャガチャと鳴らしながら去っていった。
「……騒がしい連中だ」
ルーク様が、やれやれと肩をすくめる。
「ですが、これで少しは懲りたでしょう」
「……だといいが」
ルーク様は私の隣に立ち、ボソッと言った。
「……怪我はないか?」
「え?」
「あいつの演技に巻き込まれて、不快な思いをしていないか」
「平気ですよ。むしろ、良い余興でした。採点競技の審査員の気分を味わえましたし」
私が笑うと、ルーク様はホッとしたように表情を緩めた。
「……お前の採点は辛口だな」
「そうですか? 閣下なら、何点つけますか?」
ルーク様は少し考えて、言った。
「……マイナス一億点だ」
「厳しいですね」
「俺の目の前で、他の人間に触れようとした罪だ」
「……」
ルーク様はそっぽを向いたが、その耳はまた赤くなっていた。
「……行くぞ。茶の続きだ」
「はい、閣下」
私たちは並んで屋敷へと戻る。
背後で、セバスたちが「消毒! 徹底的に消毒です!」と消毒液を撒いている音が聞こえたが、聞かなかったことにした。
だが、私たちは油断していた。
あの「お花畑カップル」の行動力が、常人の理解を遥かに超えていることを。
そして、次に彼らが連れてくる「もっと凄いの」が、物理的な戦力ではなく、もっと厄介な「権力」であることを。
数日後。
公爵邸に、王家の紋章が入った一台の馬車が到着する。
降りてきたのは、この国で最も頭が固く、そして最も厄介な人物――。
「ノエル・フォン・ローゼン! 出てきなさい! お父様です!」
……私の実父、ローゼン侯爵その人だった。
その金切り声は、平和な公爵邸の庭園における騒音公害そのものだった。
ピンク色のフリフリドレスを揺らして現れたのは、男爵令嬢ミーナ。
彼女は、泡を吹いて倒れているクレイス殿下の横を通り過ぎる際、チラリと彼を見て、
「あら、クレイス様ったら。お昼寝なんて風邪を引きますよ?」
と呟き、その体を容赦なく『またいで』こちらへやってきた。
踏まなかっただけ慈悲があるのかもしれないが、扱いが雑すぎる。
「……ごきげんよう、ミーナ様」
私は扇を口元に当て、冷ややかに挨拶した。
「クレイス殿下は『お昼寝』ではなく『気絶』されているのですが、介抱なさらなくてよろしいのですか?」
「気絶? まぁ! ノエル様がやったんですね!? 恐ろしい魔法で、可哀想なクレイス様を!」
ミーナは潤んだ瞳で私を睨みつけた。
「嫉妬に狂って、元婚約者を痛めつけるなんて……まさに悪役令嬢ですぅ! 信じられません!」
「訂正いたします。殿下は勝手に挑みかかり、勝手にルーク様の『献立への悩み』というオーラに当てられ、勝手に自滅されただけです」
「嘘です! そんなことより、公爵様ぁ!」
ミーナは私の説明など聞く耳を持たず、標的を変えた。
彼女の瞳が、獲物を狙う狩人のようにギラリと光る。
その視線の先には、サングラスをかけ直したルーク様が立っていた。
「初めましてぇ、アースガルド公爵様! 私、ミーナと申しますぅ。怖かったでしょう? あんな野蛮な女に絡まれて……」
ミーナは小走りでルーク様に近づいていく。
その足取りは、計算された「内股」と「上目遣い」のコンボだ。
「私がお慰めしますわ。さあ、こちらへ……」
彼女はルーク様の腕にすがりつこうと、体を寄せた。
その瞬間。
サッ。
ルーク様が、残像が見えるほどの速さで半歩横にズレた。
「……きゃっ!?」
空振ったミーナは、勢い余ってバランスを崩した。
しかし、そこは転んでもただでは起きないヒロイン(物理)。
彼女は何もない平坦な芝生の上で、まるで誰かに突き飛ばされたかのように、派手に宙を舞った。
「ああぁぁぁっ! ノエル様がぁ! 私を突き飛ばしましたぁ!!」
ドサッ。
ミーナは地面に倒れ込み、悲劇のヒロインポーズ(手で顔を覆い、片足を少し上げる)を決めた。
「痛い……痛いですぅ……! 嫉妬深いノエル様が、魔法で私を吹き飛ばしたんですぅ! 公爵様、助けてぇ!」
静寂。
風が吹き抜け、枯れ葉がカサカサと舞う。
私は、倒れているミーナと、自分の立ち位置を見比べた。
その距離、約五メートル。
「……ほう」
私は感心したように声を上げた。
そして、懐から愛用のメモ帳とペンを取り出した。
「素晴らしい演技力です、ミーナ様。今の転倒シーン、スローモーションで再生したいくらいです」
「えっ……?」
ミーナが指の隙間からこちらを覗き見る。
私はペンを指揮棒のように振りながら、解説を始めた。
「まず、私と貴女の距離。物理的に手が届きません。次に、私が魔法を使った形跡。ルーク様、魔力波の検知は?」
「……ない」
ルーク様が即答する。
「ありがとうございます。つまり、外部からの干渉はゼロ。純粋な『自作自演』であることが証明されました」
「ち、違いますぅ! 見えない手で押されたんですぅ!」
「なるほど、見えない手ですか。それはホラーですね。お祓いに行かれることを推奨します」
私はメモ帳に点数を書き込んだ。
「では、採点に移ります」
「さ、採点!?」
「技術点、2.0点。転び方が少し不自然でした。受け身を取りすぎて怪我をしないように配慮したのが見え見えです」
「なっ……」
「演技構成点、5.0点。悲鳴のタイミングと『被害者アピール』への移行速度は完璧でした。さすが、場数を踏んでいらっしゃる」
「馬鹿にしないでください!」
ミーナが顔を真っ赤にして立ち上がろうとする。
「それに、芸術点ですが……衣装のチョイスが減点対象です。芝生の上でピンクのドレスは、保護色が機能していません。汚れが目立ちますよ?」
「うっさいわね! この悪女!」
ミーナの本音が漏れた。
しかし、すぐにハッとして口を押さえ、ルーク様に向かって涙目で訴えかけた。
「公爵様ぁ! 聞いてください! ノエル様ってば、いつもこうやって私をいじめるんです! 言葉の暴力ですぅ!」
彼女は再び、ルーク様にすり寄ろうとした。
「私、足が挫けちゃったみたいで……立てないんですぅ。お姫様抱っこしてくれませんかぁ?」
彼女が手を伸ばす。
ルーク様は、その手を汚いものでも見るような目で見下ろした。
そして、ハンカチを取り出し、自分の口元を覆った。
「……汚い」
「え?」
「芝生にはダニがいるかもしれん。……そんなところで寝転がるな。屋敷に入れるわけにはいかん」
「えぇっ!? そ、そこですか!?」
「それに」
ルーク様は、サングラス越しに冷徹な視線を浴びせた。
「お前、三半規管がいかれているのか?」
「は、はい?」
「何もないところで転び、一人で叫んで、幻覚(見えない手)を見ている。……脳の検査が必要だ」
「ち、違います! 私はか弱い乙女で……!」
「か弱い奴が、気絶した男をまたいで歩くか」
ルーク様の一撃。
正論すぎて、ぐうの音も出ない。
「セバス!」
ルーク様が指を鳴らすと、影から執事が現れた。
「はい、旦那様」
「この女を摘み出せ。……あと、庭の消毒をしておけ。変な菌がつくと困る」
「かしこまりました。……消毒液(強め)を用意させます」
「菌扱いひどい!!」
ミーナが叫ぶが、屈強な使用人たちに両脇を抱えられ、連行されていく。
「離してよ! 私は未来の王妃よ! 覚えてなさい、ノエル! 今度はもっと凄いのを連れてきてやるから!」
「まだ来る気ですか……」
私は呆れて見送った。
ミーナが連れ去られた後、庭には静寂と、まだ気絶しているクレイス殿下だけが残された。
「……で、あいつはどうする?」
ルーク様が、足元の殿下を指差す。
「放置でよろしいかと。そろそろ起きるでしょう」
私が言うと同時に、殿下が「うーん」と唸り声を上げて目を覚ました。
「はっ! け、決闘は!? 俺は勝ったのか!?」
殿下が跳ね起きる。
そして、私とルーク様、そして誰もいない庭を見て、キョロキョロと周囲を見回した。
「あれ? ミーナは? 俺の愛しいミーナはどこだ?」
「先ほど、ルーク様の冷酷さに恐れをなして、殿下を見捨てて逃げ帰られましたよ」
私は平然と嘘をついた。
「な、なんだってー!? ミーナ! 待ってくれ、俺を置いていかないでくれー!」
殿下は慌てて走り出し、甲冑をガチャガチャと鳴らしながら去っていった。
「……騒がしい連中だ」
ルーク様が、やれやれと肩をすくめる。
「ですが、これで少しは懲りたでしょう」
「……だといいが」
ルーク様は私の隣に立ち、ボソッと言った。
「……怪我はないか?」
「え?」
「あいつの演技に巻き込まれて、不快な思いをしていないか」
「平気ですよ。むしろ、良い余興でした。採点競技の審査員の気分を味わえましたし」
私が笑うと、ルーク様はホッとしたように表情を緩めた。
「……お前の採点は辛口だな」
「そうですか? 閣下なら、何点つけますか?」
ルーク様は少し考えて、言った。
「……マイナス一億点だ」
「厳しいですね」
「俺の目の前で、他の人間に触れようとした罪だ」
「……」
ルーク様はそっぽを向いたが、その耳はまた赤くなっていた。
「……行くぞ。茶の続きだ」
「はい、閣下」
私たちは並んで屋敷へと戻る。
背後で、セバスたちが「消毒! 徹底的に消毒です!」と消毒液を撒いている音が聞こえたが、聞かなかったことにした。
だが、私たちは油断していた。
あの「お花畑カップル」の行動力が、常人の理解を遥かに超えていることを。
そして、次に彼らが連れてくる「もっと凄いの」が、物理的な戦力ではなく、もっと厄介な「権力」であることを。
数日後。
公爵邸に、王家の紋章が入った一台の馬車が到着する。
降りてきたのは、この国で最も頭が固く、そして最も厄介な人物――。
「ノエル・フォン・ローゼン! 出てきなさい! お父様です!」
……私の実父、ローゼン侯爵その人だった。
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