婚約破棄だ!と言われ実家に帰ったら、最推しに餌付けされます

黒猫かの

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王城の大広間。

シャンデリアが眩い光を放つその場所は、私たちが入場した瞬間、静寂に包まれていた。

白タキシードにサングラスの「公爵様(どう見てもマフィア)」と、ミッドナイトブルーのドレスを纏った「悪役令嬢(どう見ても冷徹な女神)」。

その組み合わせは、異質でありながら、誰もが目を離せない圧倒的な美と威圧感を放っていた。

「……見ろ。アースガルド公爵だ」

「隣の女性は……本当にあのノエル嬢か?」

「美しい……だが、目が合うと石にされそうだ」

囁き声が波のように広がる。

私たちはその視線の海を、悠然と割って進んだ。

壇上の前まで来ると、待ち構えていたクレイス殿下が、顔を歪めて叫んだ。

「ノ、ノエル! なんだその格好は!」

「ごきげんよう、殿下。……ドレスですが、何か?」

「美しすぎる! いや、違う! 誰のために着飾ったんだ! 俺のためか!?」

「いいえ。公爵家の備品として、品質管理を行ったまでです」

私が淡々と答えると、殿下の隣にいた男が、下卑た笑い声を上げた。

「くくっ、相変わらず可愛げのない女だねぇ、ノエル嬢」

派手な装飾品のついた燕尾服を着たその男は、財務大臣の息子、ギルバートだ。

金と権力を笠に着て、社交界で幅を利かせている鼻持ちならない男である。

「それにしても公爵閣下。夜会でサングラスとは、随分と粋……というか、無礼ではありませんか?」

ギルバートが挑発的にルーク様を見る。

ルーク様はサングラス越しに、ギルバートを見下ろした。

「……眼病だ」

「はい?」

「眩しいものを見ると目が潰れる奇病だ。……特に、お前のような金ピカで中身のない男を見ると、アレルギーが出る」

「なっ……!?」

ギルバートが顔を赤くする。

私は内心で拍手喝采を送った。ナイス毒舌。

「行くぞ、ノエル。……空気が悪い」

ルーク様は彼らを無視し、私の腰を抱き寄せた。

その時、楽団の演奏が始まった。

ワルツだ。

「……踊るぞ」

「業務命令ですね?」

「……そうだ」

ルーク様は私をフロアの中央へとエスコートした。

周囲のペアたちが、恐れをなして道を譲る。

ぽっかりと空いた空間。

私たちは向かい合い、手を取り合った。

ルーク様の左手が、私の腰をしっかりと支える。私の右手は、彼の方へ。

「……リードは任せろ」

「期待しております、ボス」

音楽が高まる。

私たちは踊り出した。

優雅に、そして力強く。

ルーク様のステップは完璧だった。

毎日丸太を割っているとは思えないほど、軽やかで繊細な動き。

それに合わせて、私も回る。

ドレスの裾がふわりと広がり、ダイヤモンドが星のように煌めく。

「……すごい」

「絵画のようだわ……」

「魔王と魔女の輪舞曲(ロンド)だ……」

周囲からため息が漏れる。

傍から見れば、私たちは情熱的で、ロマンチックな時間を過ごしているように見えるだろう。

だが。

実際の会話は、こうだった。

「……ノエル」

「はい、閣下」

ルーク様が顔を寄せ、耳元で囁く。

「……腹が減った」

「……は?」

私はステップを踏みながら、耳を疑った。

「今、なんと?」

「腹が減ったと言ったんだ。……緊張で昼飯が喉を通らなかった」

「子供ですか」

私は呆れつつ、優雅にターンを決めた。

「我慢してください。あと一時間の辛抱です」

「無理だ。……お前を見ると、さらに腹が減る」

「私は非常食ではありません」

「そういう意味じゃない。……お前が美味そうに見えるんだ」

「共食いは禁止されています」

「……」

ルーク様がサングラスの奥で目を泳がせているのがわかった。

どうやら、「綺麗だ」と褒めようとして、言葉選びの回路がショートし、「食欲」に変換されて出力されたらしい。

不器用にも程がある。

「……帰ったら、何を作る?」

ルーク様が、私の腰を引き寄せながら尋ねる。

まるで愛の言葉を囁くような距離で。

「そうですね……。夜も遅いですから、消化に良いものがよろしいかと」

「……うどんか?」

「ドレス姿でうどんは啜りたくありません」

「じゃあ、お茶漬け」

「庶民的すぎます」

私たちはクルクルと回りながら、真剣に夜食のメニューを検討した。

「……フレンチトーストはどうだ」

「カロリーが高すぎます。この時間の糖分は脂肪に直結しますよ」

「俺が消費させてやる」

「……はい?」

ドキッとした。

消費させてやる? 何を? どうやって?

夜の運動で?

私の思考が一瞬、ピンク色に染まりかけた。

しかし、ルーク様は真顔(サングラスだけど)で続けた。

「……明日の朝、薪割りを倍にする。お前も一緒に割れ」

「却下です」

ムードもへったくれもない。

でも。

(……不思議ね)

私はルーク様の肩越しに、シャンデリアを見上げた。

こんなに大勢の人が見ているのに。

敵意や嫉妬の視線が突き刺さっているはずなのに。

ルーク様の腕の中にいると、不思議と怖くない。

まるで、ここだけが世界から切り離された、二人だけの安全地帯のようだ。

「……閣下」

「ん?」

「……お雑炊にしましょうか。卵をたっぷり入れて」

私が提案すると、ルーク様の口元が、微かに緩んだ。

「……いいな。セバスに用意させよう」

「いえ、私が作ります」

「……!」

ルーク様のステップが、一瞬だけ乱れた。

「……本当か?」

「はい。たまには『計算機』も、エプロンくらい着けますよ」

「……楽しみだ」

ルーク様は、本当に嬉しそうに呟いた。

そして、音楽がクライマックスを迎える。

ルーク様が私を大きくのけぞらせるポーズ(ディップ)を決めた。

私の体が宙に浮き、ルーク様の腕一本で支えられる。

顔が近づく。

サングラスがずり落ち、アイスブルーの瞳が露わになる。

その瞳が、熱を帯びて私を見つめていた。

「……ノエル」

「……はい」

「……やはり、お前は……」

彼が何かを言いかけた、その時。

バーン!!

大広間の扉が、乱暴に開け放たれた。

「そこまでだ!!」

空気を読まない怒号が、ロマンチック(?)な時間を粉砕した。

私が体を起こし、視線を向けると。

そこには、ボロボロになった書類の束を抱え、鬼の形相をしたクレイス殿下が立っていた。

さらにその後ろには、顔面蒼白の側近たち。

「……殿下?」

私はルーク様の腕の中で瞬きをした。

「ノエル! 貴様、踊っている場合か!」

殿下は書類を床に叩きつけた。

「国庫が! 国庫が破綻寸前だ!」

「は?」

「お前がいなくなってから、誰も正確な残高を把握していなかったんだ! さっき計算し直したら……明日にも不渡りが出ることが判明したんだよ!」

会場がどよめく。

「ふ、不渡り!?」

「国が破産するのか!?」

「おい、どうなっているんだ!」

貴族たちがパニックになる。

殿下はなりふり構わず、私に向かって叫んだ。

「ノエル! 今すぐ戻れ! 戻って魔法のように金を捻出してみせろ! これは王命だ!」

私はルーク様から離れ、冷ややかな目で見下ろした。

「……魔法などありません。あるのは計算と、節約と、運用だけです」

「うるさい! とにかくなんとかしろ! でなければ……」

殿下が合図をすると、ギルバートがニヤニヤしながら前に出てきた。

「でなければ、アースガルド公爵家に『連帯責任』を取ってもらうことになるなぁ?」

「……連帯責任?」

ルーク様がサングラスを外し、その場の空気を凍らせた。

「……どういう意味だ」

「ノエル嬢は元婚約者とはいえ、王家の内情を知り尽くした人間だ。その彼女を囲っている公爵家もまた、この財政破綻の共犯と言えるのではないかな?」

ギルバートは詭弁を弄した。

「つまり、借金はお前らが肩代わりしろってことだよ!」

最低だ。

この国の上層部は、どこまで腐っているのか。

私は怒りで震えそうになった。

だが、その前に。

私の肩に、大きな手が置かれた。

「……安心しろ」

ルーク様だ。

彼は一歩前に出ると、会場全体に響き渡る声で宣言した。

「……面白い」

ルーク様は、獰猛な笑みを浮かべた。

「金の話か。……ならば、商談といこうか」

「は?」

「俺の女に因縁をつけた代償……高くつくぞ?」

魔王の反撃が、始まろうとしていた。
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