悪役令嬢は、婚約破棄に舞い踊る!

猫宮かろん

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三年後。ヴォルテア帝国帝都。


午前九時。私はベッドの上で、天国のような幸せに浸っていた。


「ふぅ……」


伸びを一つする。


最高級の羽毛布団に体を埋め、窓から差し込む柔らかな光を浴びる。


この時間まで眠っていられるのは、私が皇后(現在は総務宰相兼任)という多忙な立場にあるにも関わらず、「最高効率で業務を片付ける」という至高のスキルを持っているからだ。


「ああ、なんて素晴らしい朝でしょう。昨日の残業時間ゼロ。本日予定されている業務も午前中で全て終わる見込み」


私は隣に目をやった。


隣の巨大なスペースには、すでにヴォルフの姿はない。


彼は私より早く起きて、午前中の政務を処理しつつ、同時に近衛兵相手に朝の合同筋力トレーニングを行っているはずだ。


「まったく、働き者で助かるわ」


私はそう呟き、二度寝の体勢に入ろうとした。


その時、ノックと共に扉が開いた。


「失礼いたします、皇后陛下」


入ってきたのは、相変わらず無駄のない動きのセバスチャンだ。


彼はもはや私の執事ではなく、帝国宮内庁長官という要職に就いている。


「陛下、ご報告申し上げます。午前中の書類は全て処理済み。大臣会議も陛下(ヴォルフ皇帝)が三十分で結論を出されたため、予定より二時間早く解散いたしました」


「お見事。ヴォルフさんに休む暇を与えてはいけません。鉄は熱いうちに叩け、筋肉は疲労した時が伸び時です」


「承知いたしました。……それと、陛下(ヴォルフ皇帝)より伝言です」


「何?」


「『今日の午後、もし皇后が起きてきたら、無理に働かせるな。今日は俺の筋肉を愛でる公務が最優先だ』とのことです」


「……ご命令とあらば、逆らうわけにはいきませんね」


私は仕方がないという顔をしつつ、口元が緩むのを抑えられなかった。


私はベッドから起き上がり、朝食のために身支度を整えた。


***


帝国の行政は、この三年で劇的に改善した。


私が導入した『業務効率化システム』は、すべての書類をデジタル化し、無駄な会議を廃止。


すべての判断基準は「コストパフォーマンス」と「国民の幸福度」という二つのKPI(重要業績評価指標)に基づいている。


おかげで、かつての祖国のような書類の山は存在しない。


そして、余った時間で私たちは「スローライフ」を堪能している。


テラスで朝食を摂っていると、広場からドタドタと重い足音が近づいてきた。


「シューク! 愛してるぞ!」


汗だくのヴォルフが、巨大なプロテインシェイカーを片手に駆け寄ってきた。


その上半身は、もちろん裸だ。


「ヴォルフさん、おはようございます。服を着てください。風邪をひきます」


「大丈夫だ! この筋肉が最高の保温材だからな!」


ヴォルフは私の隣に座るなり、腕を組んでポーズを決めた。


「どうだシューク! この上腕二頭筋! 昨日より一回り大きくなった気がしないか?」


私は冷静に彼の腕を観察した。


「気のせいです。数値は同じです。ただし、血管の浮き出方は昨日の二割増しですね。努力を評価します」


「二割増し! やった! 最高の褒め言葉だ!」


ヴォルフは上機嫌で、プロテインを一気飲みした。


「さて、仕事の話だが。グランツ王国からの賠償金が予定通り振り込まれたそうだ。これで帝都のインフラ整備がまた一歩進むぞ」


「素晴らしい。あの王子が鉱山で一生懸命働いているおかげですね」


私はパンにバターを塗りながら言った。


ギルバート王子は今も北の鉱山で、ツルハシを振るう毎日だ。


寒さと重労働で、かつての面影は完全に消えたらしい。


ミミは修道院で労働に耐えかね、数ヶ月前に逃亡を試みたが、すぐに捕まり、現在はさらに厳しい環境の教会系農場で強制労働に従事しているという。


二度と、私の前に現れることはないだろう。


「まったく、私が彼らに与えた『重労働』という名の授業料は、決して無駄にはならなかったわ」


「最高の結末だ。お前は何も汚さずに、すべてを勝ち取った」


ヴォルフは私の髪を優しく撫でた。


「なぁ、シューク。皇后(パートナー)になってくれて、本当にありがとう」


「感謝するのは私のほうです。あなたのおかげで、私は働く喜びと、休む権利、そしてこの素晴らしい人生を手に入れました」


私はヴォルフを見つめた。


その金色の瞳には、偽りのない愛と信頼が満ちている。


「私の人生のKPI、つまり『幸福度』は、過去最高値を更新し続けています。これ以上の最適な解はありません」


「俺もだ。お前といると、毎日が楽しくて仕方ない。お前を愛している、シューク」


「……私もです、ヴォルフさん」


私はそう答え、そっと彼の腕に寄り添った。


「このまま、あと五分ほど、この素晴らしい筋肉の横でダラダラさせていただいてもよろしいでしょうか」


「ああ、いくらでもダラダラしろ。それが俺の皇后の特権だ」


ヴォルフは優しく私を抱き寄せ、私は彼の温かく、硬い胸板に頬をつけた。


太陽の光が降り注ぐ中、私たちは二人の時間を楽しむ。


悪役令嬢と呼ばれた女は、今、世界で最も愛され、世界で最も有能なパートナーとして、最高の人生を謳歌している。


彼女の幸せは、誰の犠牲の上に成り立つものでもない。


それは、彼女自身の努力と、そして、彼女の真価を理解した一人の皇帝の愛によって、効率的に作り上げられた、完璧な結果だった。


「さて、もう十分よ。そろそろ政務に取り掛かりましょうか」


「なんだ、もう少し寝ててもいいんだぞ?」


「いいえ。ダラダラする時間も大切ですが、効率よく仕事を片付けた後の、あなたとの昼寝のほうがもっと大切ですからね」


私は立ち上がり、ヴォルフの鼻先にキスをした。


「さあ、行きましょう。愛と効率の相互協力協定は、本日も完璧に遂行されます」


二人は手を取り合い、執務室へと向かう。


最高の笑顔で、最高の人生を歩む夫婦の物語は、ここにハッピーエンドを迎えた。
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