悪役令嬢の華麗な退場!

猫宮かろん

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「いらっしゃいませ。当店は『ティーサロン・ウーロン』。心安らぐ紅茶と、極上の静寂を提供する店ですわ」

私は営業用スマイル(効果:威圧感+20)を浮かべ、カウンターの中に立った。

開店初日。
リフォームを終えた店内は、見違えるように美しくなっていた。
セイロンの風魔法で磨き上げられた床は鏡のように輝き、セバスチャンが配置した調度品がシックな雰囲気を醸し出している。

しかし。
問題は、客だった。

「おい、ここが親父(セイロン)の隠居先ってのは本当かぁ?」

「なんか、ヒョロい女がいんぞ。ここが新しいアジトか?」

ドカドカと土足で上がり込んできたのは、筋肉ダルマの集団だった。
背中には巨大な斧、腰には剣。顔には歴戦の古傷。
どう見ても「心安らぐティータイム」を楽しみに来た客層ではない。

「……セバスチャン。どういうこと?」

私は笑顔を保ったまま、小声で尋ねる。

「どうやら、セイロン様を慕う……その、裏社会の方々のようです」

「慕うっていうか、舎弟じゃない!」

そう、セイロンはこの街の裏の顔役だった。
彼が「この屋敷に住む」と決めたことで、部下たちが挨拶に来てしまったのだ。

「おいババア! 親父を出せよ! 俺たちゃ挨拶に来たんだ!」

先頭の男――モヒカン頭の大男が、テーブルをバンと叩く。
ババア。
その単語が、私の鼓膜を不愉快に震わせた。

ピキッ。
私のこめかみに青筋が浮かぶ。

「……お客様。当店は会員制ならぬ『階級制(カースト)』を採用しております」

「あぁ?」

「礼儀を知らない下等生物(サル)には、お茶ではなくお冷や(水道水)しか出しません。お帰りください」

「なんだとコラァ!!」

モヒカン男が立ち上がり、私に向かって手を伸ばそうとした。
その時である。

ドォォォォン!!

店の奥から、凄まじい爆風が吹き荒れた。

「ひでぶっ!?」

モヒカン男が دم(ダミー)のように吹き飛び、壁に激突する。
奥の厨房から姿を現したのは、エプロン姿のセイロンだった。

「……ワシの雇い主(オーナー)に何ごとなめた口を利いとるんじゃ、この未熟者どもが」

セイロンの全身から、紫色の魔力が立ち上っている。
その手には、なぜか食器拭き用の布巾が握られていた。

「お、親父!?」

「親父が……エプロン!? しかもフリル付き!?」

荒くれ者たちが戦慄する。
かつて『爆炎の賢者』として恐れられた男が、ファンシーなエプロンをつけて皿を拭いているのだ。その衝撃は、ドラゴンに遭遇するより大きいらしい。

「お前たち、その汚い靴で床を汚すでない! 今朝、ワシが『トルネード・モップ掛け』でピカピカにしたばかりなんじゃぞ!」

「と、トルネード……モップ……?」

「親父が掃除を……? 嘘だろ……?」

「お黙りなさい」

私はカウンターから、パンパンと手を叩いた。
全員の視線が私に集まる。

「セイロンさん、暴れると備品が壊れます。あとで給料から天引きしますよ」

「ひっ! す、すまんオーナー! 今月の茶葉配給だけは減らさんでくれ!」

セイロンが私の前で縮こまる。
その光景を見て、荒くれ者たちの顔色がサァーッと青ざめていった。

(あの大魔導師セイロンが、あの小娘にペコペコしている……?)
(あいつは何者だ? 魔王か? それとも闇の組織のトップか?)

彼らの脳内で、勝手な誤解が加速していくのが手に取るようにわかる。
まあ、都合がいいから訂正はしないでおこう。

「さて、お客様方。騒いだお詫びとして、注文はお決まりですか?」

「あ、あう……」

「メニューはこちら。当店のおすすめは『琥珀の癒し(ダージリン・ファーストフラッシュ)』、一杯銀貨五枚です」

「ご、五枚!? エール樽一杯より高いぞ!」

「品質が違いますもの。……それとも、払えませんの?」

私が冷ややかに見下ろすと、モヒカン男(壁から復活した)が震えながら財布を取り出した。

「は、払う! 払うから命だけは……!」

「命なんて取りませんわ。頂くのは代金だけです。セバスチャン、オーダーを通して」

「かしこまりました」

数分後。
荒くれ者たちの前に、優雅なティーカップが並べられた。
繊細な磁器と、ゴツい手のコントラストがシュールだ。

「……なんだこれ、透き通ってやがる」

「いつもの泥水じゃねぇ……」

男たちがおずおずと口をつける。
そして――。

「う、うめぇぇぇぇ!!」

野太い絶叫が店内に響き渡った。

「なんだこれ! 甘い! いや、渋くねぇ! 水がトロトロしてやがる!」

「花の香りがするぞ! 俺の口の中がお花畑だ!」

「かーちゃん……俺、初めて生きててよかったと思ったよ……」

泣き出す者、天を仰ぐ者、カップを拝む者。
反応は様々だが、共通しているのは「骨抜き」にされていることだ。

セイロンが満足げに頷く。

「ふっふっふ、そうじゃろう。オーナーの淹れる茶は、魔薬(ドラッグ)よりも効くからのぅ」

「人聞きの悪いことを言わないでください。合法です」

私は電卓を弾きながら、彼らの様子を観察した。
彼らは普段、泥のような水と安酒しか飲んでいない。そこに、最高級の軟水と茶葉を与えれば、イチコロなのは明白だった。

「お、おい姉御(あねご)!」

モヒカン男が空になったカップを突き出す。
いつの間にか呼び名が「ババア」から「姉御」に昇格していた。

「おかわりだ! 金ならある! 今日の稼ぎ全部置いてく!」

「俺もだ! この茶、瓶に詰めて売ってくれ!」

「残念ながらテイクアウトは行っておりません。鮮度が落ちますから。飲みたければ、毎日通うことですわね」

私がニッコリ笑うと、男たちは「うおおお!」と雄叫びを上げた。

「毎日来る! 通うぜ姉御!」

「明日からここの警備は俺たちがやる!」

「誰にも邪魔させねぇ! ここは俺たちの聖地だ!」

どうやら、常連客(ファン)第一号を獲得したようだ。
客層は最悪だが、金払いは良さそうなので良しとしよう。

こうして、『ティーサロン・ウーロン』は開店初日から大盛況となった。
ただし、客の全員が武器を持った強面で、店員が元大魔導師と悪役令嬢という、どう見てもカタギではない店として。

夕方、閉店後の店内で、私は本日の売上を集計していた。

「……素晴らしいわ。初日の目標売上を三百パーセント達成よ」

「おめでとうございます、お嬢様。しかし……」

セバスチャンが窓の外を見る。
そこには、店の看板を磨くモヒカン男や、周囲を見回る剣士たちの姿があった。

「完全に『組織のアジト』と化しておりますが」

「防犯対策費が浮いたと思えば安いものよ。それに、彼らの口コミ力は馬鹿にできないわ」

私の読み通り、彼らは翌日から仲間を連れてきた。
『セイロンの親父が認めた、ヤバイ姉御の店がある』
『あそこの茶を飲むと、魔力が回復して傷も治るらしい(※ただのリラックス効果です)』

そんな尾ひれがついた噂が広まり、店には連日、冒険者や裏社会の人間が行列を作るようになったのだ。

「いらっしゃいませ。武器は入り口の傘立てにお願いします。店内で抜刀したら追加料金(ペナルティ)頂きますわよ」

「へ、へい! すんません姉御!」

私は今日も元気に、無法者たちからお金を巻き上げる。
順風満帆だ。
このままいけば、来月には二号店が出せるかもしれない。

カランカラン。

「いらっしゃいませー」

私が顔を上げると、入り口に立っていたのは、いつもの荒くれ者ではなかった。
フードを深く被った、小柄な少女。
そしてその後ろには、見覚えのある制服を着た騎士たちが数名。

「……あら?」

少女がフードを外す。
現れたのは、ピンクブロンドのふわふわした髪と、おどおどした大きな瞳。

「あ、あのぅ……ここにおいしいお茶があるって聞いて……」

そこにいたのは、王都にいるはずのヒロイン、モカ嬢その人だった。

「なんで貴女がここに!?」

私の叫び声は、店内の喧騒にかき消された。
まさか、天然ドジっ子の彼女が、自力でここまでたどり着けるはずがない。
ということは、これは――。

「ランバート様がぁ、ウーロン様を探してこいって……ぐすん」

「あいつか!!」

平和な辺境ライフに、早くも暗雲が立ち込めていた。
元婚約者(バカ)の追跡部隊が、ついにこの街まで伸びてきたのである。

(お帰りください! ここは裏社会の社交場よ! 貴女のようなお花畑が来ていい場所じゃないの!)

私は頭を抱えた。
モカ嬢の背後で、騎士たちが怯えたように店内の強面たちを見ている。
一触即発。
私の店が、物理的に吹き飛ぶ危機だった。
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