悪役令嬢の華麗な退場!

猫宮かろん

文字の大きさ
10 / 23

10

しおりを挟む
ガシャンッ!!

私は音速で店のシャッターを下ろし、鍵を三重にかけた。
さらに、裏口に置いてあった『猛犬(ケルベロス)注意』の看板を、表の扉に掛け直す。

「お、お嬢様? いきなりどうされました?」

セバスチャンがポットを持ったまま目を丸くする。
店内の荒くれ者たちも、エールを飲む手を止めて私を見た。

「姉御、敵襲か!?」
「借金取りか!?」

「いいえ。もっとタチの悪いものです」

私は冷や汗を拭いながら、震える声で告げた。

「『貧乏神』が現れました」

「び、貧乏神!?」
「そいつはヤベェ!」
「塩だ! 盛り塩を持ってこい!」

店内がパニックになる。
そこへ、外からドンドンドン! と扉を叩く音が響いた。

『開けろ! 余だ! そこにいるのは分かっているぞウーロン!』

「……余?」

ジャックが首を傾げる。
私は人差し指を口に当てて「シーッ」と合図した。

「野良犬です。反応したら餌を貰えると思って居着きますわよ」

『野良犬ではない! 王太子ランバートである! この農民の変装(パーフェクト・カモフラージュ)を見破るとは、さすが余の愛した女だ!』

「自分でバラしてどうするんですか」

外からの声に、店内の空気が凍りつく。
王太子。
この国で一番偉い人の息子が、なぜこんな辺境の店の前で騒いでいるのか。

「……姉御。あいつ、マジで王太子なのか?」

「残念ながら、声紋と知能指数の低さが一致します」

私はため息をついた。
すると、厨房の奥からエプロン姿のモカが顔を出した。

「あ、ランバート様の声だぁ! 迎えに来てくれたんですかぁ?」

「モカ、動かないで! その扉を開けたら、この店の経営が破綻するわよ!」

私が止めるのも聞かず、モカは「はーい!」と無邪気に扉の鍵を開けてしまった。

ガチャリ。

「うおおおん! モカぁ! ウーロンぅ!」

扉が開いた瞬間、麦わら帽子にオーバーオール(つなぎ)という、どこの農場の収穫祭だという格好の金髪男が転がり込んできた。
顔は泥だらけだが、その無駄に整った顔立ちは間違いなくランバート殿下だ。

「会いたかったぞ! 余は……余は寂しかった!」

ランバートは感極まった様子で私に抱きつこうとする。

「セバスチャン、防衛!」

「はっ!」

セバスチャンが私の前にスッとシルバーレイピア(銀の盆)を差し出した。
ランバートの顔面が盆に激突する。
ゴォン! という良い音が響いた。

「ぐふっ……! な、何をするセバスチャン! 不敬だぞ!」

「失礼いたしました。あまりに汚……野性的なお姿でしたので、つい熊かと思いまして」

セバスチャンが真顔で謝罪(煽り)を入れる。
ランバートは鼻血を押さえながら、よろよろと立ち上がった。

「くっ……まあよい。それよりウーロン! 今すぐ王都へ戻るぞ!」

「お断りします」

「なぜだ! 余がここまで迎えに来てやったのだぞ!?」

「迷惑だからです。それに、私は今、ここの店主として充実した日々を送っています」

私は腕組みをして、彼を冷ややかに見下ろした。

「だいたい、何故あなたがここに? 公務はどうされたのです?」

「公務など……やってられるかぁぁ!!」

ランバートが突然、床に突っ伏して号泣し始めた。

「な、なんですか急に」

「酷いのだ! お前がいなくなってから、城の中が地獄なのだ! 財務官は『予算が足りない』と叫びながら逃げ出すし、メイドたちは『給料の支払いが遅れている』とストライキを起こすし!」

「自業自得ですね」

「極め付けは父上だ! 『ウーロンを逃した責任を取れ』と言って、余のお小遣いを全額カットしおった!」

「当然の処置です」

「金がないと何も買えん! 新しい剣も、モカへのプレゼントも! 余はひもじい! 美味しい紅茶も飲めない! だから……」

ランバートは涙でぐちゃぐちゃの顔を上げ、私に縋り付くような目をした。

「帰ってきてくれウーロン! そして余の借金をなんとかしてくれ! お前の錬金術のような経理手腕が必要なのだ!」

その瞬間。
店内の空気が、一変した。
今まで様子を伺っていた荒くれ者たちの目つきが、獲物を狙う猛獣のように鋭くなったのだ。

「……おい、聞いたか今の」
「ああ。借金をなんとかしてくれ、だと?」
「女に金をせびるなんて、男の風上にも置けねぇな」

ザワザワと不穏な囁きが広がる。
ジャックがドカッと椅子を蹴って立ち上がった。

「おい、アンタ。王太子様だか知らねぇが、俺たちの姉御を『便利な財布』扱いしてんじゃねぇぞ」

「ひっ……! な、なんだ貴様らは! 余は王太子だぞ!」

「知らねぇよ。ここはプーアルだ。王都の身分なんて通用しねぇんだよ」

ジャックがランバートの胸ぐらを掴み上げる。

「ていうかよ、最近王都から流れてくる噂、マジだったんだな」

「う、噂?」

「『王太子がバカすぎて国が傾いてる』って話だよ」

店内の客たちが口々に話し始めた。

「そうそう、聞いたぜ。王都の商人が『王家へのツケが回収できない』って泣いてたわ」
「なんでも、伝説の剣(ニセモノ)を百本も買ったとか」
「バカじゃねぇの? そんな金あるなら道路直せよ」

客たちの容赦ない批判(レビュー)が、ランバートに突き刺さる。

「う……うそだ! 国民は余を愛しているはず……!」

「愛してねぇよ。俺たちが愛してるのは、安くてうめぇ酒と、姉御の紅茶だけだ」

ジャックが吐き捨てるように言った。

「で? 姉御。こいつ、どうします? 埋めますか? それとも肥料にしますか?」

「物騒な二択はやめてちょうだい。店の評判に関わるわ」

私は電卓を取り出し、カチカチと叩きながらランバートに近づいた。

「殿下。現状を整理しましょう。貴方は今、一文無しで、家出同然でここまで来た。そして私に『金をなんとかしろ』と要求している。合っていますか?」

「い、言い方はアレだが……まあ、そうだ」

「分かりました」

私は一枚の羊皮紙を彼に突きつけた。

「では、当店で働いて返済してください」

「は? はたら……?」

「『ティーサロン・ウーロン』の従業員雇用契約書です。時給は銅貨三枚。業務内容は皿洗い、トイレ掃除、およびサンドイッチマン(看板持ち)です」

「なっ……ふざけるな! 次期国王である余に、便所掃除をしろと言うのか!?」

「嫌ならお帰りください。あ、帰りの馬車賃も持っていないのでしたっけ? なら歩いて王都まで……魔獣の森を抜けてお帰りになります?」

「ひぃっ!?」

ランバートが青ざめる。
ここの森は、王宮騎士団でも護衛なしでは通りたくない危険地帯だ。丸腰の彼が一人で歩けば、十分後にはオークの餌になっているだろう。

「ど、どうすれば……」

「選択肢は二つです。私のもとで働き、労働の尊さと金銭感覚を身につけるか。それとも、ジャックたちの『遊び相手(サンドバッグ)』になって森に埋まるか」

「前者がいいです!!」

即答だった。
プライドよりも生存本能が勝ったらしい。

「契約成立ですね。セバスチャン、制服を」

「はい。予備の『新入り用・雑巾がけセット』でございます」

セバスチャンが満面の笑みで、ボロボロの雑巾とバケツを渡す。
ランバートは震える手でそれを受け取った。

「まさか……余が……こんな……」

「文句を言うと時給を下げますよ。さあ、まずは入り口の泥汚れを落として! お客様が通る場所ですよ!」

「は、はいっ!」

元王太子(現・雑用係)が、這いつくばって床を磨き始める。
その情けない背中を見ながら、店内の客たちは「ざまぁみろ」と言わんばかりに爆笑した。

「がはは! いい気味だぜ!」
「姉御! こいつのケツを蹴っ飛ばすオプションはいくらだい?」
「一回につき銀貨一枚ですわ」
「安い! 三回頼む!」

こうして、私の店には『最強の用心棒』『ドジっ子ウェイター』に加え、『元王太子の雑用係』という、とんでもないラインナップが揃ってしまった。

「……ウーロン様ぁ。ランバート様、泣きながら床を磨いてますよぉ。可哀想ですねぇ」

モカがのんきにお茶を運びながら言う。

「可哀想なのは国民よ。これで少しは社会勉強になればいいけれど」

私はやれやれと肩をすくめた。
だが、心のどこかで警鐘が鳴っていた。
役者は揃いすぎている。
王太子までここに来てしまった以上、王宮に残っているのは……。

「……ねえセバスチャン」

「なんでしょう?」

「ギルバート宰相は、今頃どうしていると思う?」

「恐らく……」

セバスチャンが遠い目をした。

「『仕事が終わらない』という理由で、王宮ごとこちらへ引っ越してくる準備をしている頃かと」

「冗談はやめて。笑えないわ」

私はブルリと身震いをした。
だが、その予感は的中することになる。

翌日。
店の前に、王家の紋章が入った豪奢な馬車ではなく、大量の書類を積んだ荷馬車の列が到着したのだ。

そして、その先頭には、目の下にどす黒いクマを作り、しかし目は爛々と輝かせた『あの男』が立っていた。

「見つけたぞ……私の、茶葉(ミューズ)……」

ウーロンの安息の日々は、音を立てて崩れ去ろうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】監視される悪役令嬢、自滅するヒロイン

curosu
恋愛
【書きたい場面だけシリーズ】 タイトル通り

攻略対象の王子様は放置されました

蛇娥リコ
恋愛
……前回と違う。 お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。 今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。 小説家になろうにも投稿してます。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

《本編完結》あの人を綺麗さっぱり忘れる方法

本見りん
恋愛
メラニー アイスナー子爵令嬢はある日婚約者ディートマーから『婚約破棄』を言い渡される。  ショックで落ち込み、彼と婚約者として過ごした日々を思い出して涙していた───が。  ……あれ? 私ってずっと虐げられてない? 彼からはずっと嫌な目にあった思い出しかないんだけど!?  やっと自分が虐げられていたと気付き目が覚めたメラニー。  しかも両親も昔からディートマーに騙されている為、両親の説得から始めなければならない。  そしてこの王国ではかつて王子がやらかした『婚約破棄騒動』の為に、世間では『婚約破棄、ダメ、絶対』な風潮がある。    自分の思うようにする為に手段を選ばないだろう元婚約者ディートマーから、メラニーは無事自由を勝ち取る事が出来るのだろうか……。

不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月るるな
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。 始めは夜会での振る舞いからだった。 それがさらに明らかになっていく。 機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。 おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。 そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?

私は《悪役令嬢》の役を降りさせて頂きます

・めぐめぐ・
恋愛
公爵令嬢であるアンティローゼは、婚約者エリオットの想い人であるルシア伯爵令嬢に嫌がらせをしていたことが原因で婚約破棄され、彼に突き飛ばされた拍子に頭をぶつけて死んでしまった。 気が付くと闇の世界にいた。 そこで彼女は、不思議な男の声によってこの世界の真実を知る。 この世界が恋愛小説であり《読者》という存在の影響下にあることを。 そしてアンティローゼが《悪役令嬢》であり、彼女が《悪役令嬢》である限り、断罪され死ぬ運命から逃れることができないことを―― 全てを知った彼女は決意した。 「……もう、あなたたちの思惑には乗らない。私は、《悪役令嬢》の役を降りさせて頂くわ」 ※全12話 約15,000字。完結してるのでエタりません♪ ※よくある悪役令嬢設定です。 ※頭空っぽにして読んでね! ※ご都合主義です。 ※息抜きと勢いで書いた作品なので、生暖かく見守って頂けると嬉しいです(笑)

〘完結〛わたし悪役令嬢じゃありませんけど?

桜井ことり
恋愛
伯爵令嬢ソフィアは優しく穏やかな性格で婚約者である公爵家の次男ライネルと順風満帆のはず?だった。

処理中です...