ルシアンの物見遊山【月・水・金更新】

フジイさんち

文字の大きさ
2 / 25
護衛契約

【旅の空へ】

しおりを挟む
街の雑踏の中、ルシアンはガルドの少し後ろを歩いてた。先を行く護衛は、付かぬ距離。だが離れても行かない速さ。
人波の中、時折肩越しにこちらを振り返る視線。それとぱちりと目線が絡み、ルシアンはまたも微笑んだ。

「出発は明日の朝ですから、今夜はこの街で宿泊ですね。おすすめの宿屋はありますか」

ガルドの視線が、ほんのわずかにさまよう。
上等な旅装を着て、洗練された物腰で、言うに事欠いてどこの宿がいいかだと、と。

しかし目の前の彼は、冒険者向けの低価格帯の宿を案内しても、大人しく泊まりそうな雰囲気すらある。
下手に「自分で選べ」と言って、ものすごい高級な宿に泊まられても、それはそれで癪だ。

「……あー……」

小さく唸って、ガルドは頭をかいた。
どうにも判断が難しい。庶民宿を斡旋すればそれで済みそうだが、こんな奴をそこへ放り込めば――浮く。間違いなく。

「……静かで、寝床がマシなとこでいいな?」

振り返らず、ぽつりと呟いたその一言。案内というより、条件の確認のような言い方だった。

そしてそのまま、足取りを変える。街の大通りから少し外れた、木造の並ぶ落ち着いた区画へ。
夕餉の仕込みの匂いが漂い、表を掃く女将の姿もちらほらと見える。

歩くうち、ふと立ち止まり、ひとつの宿の前で視線を向けた。

古すぎず、派手すぎず。軒下に咲く花が、誰かの手入れの証。
二階建ての、木の梁と白い壁の外見。各部屋の窓枠にはガラスが使われている。
釣り看板には、小さく冒険者ギルドの印章。扉の板も丁寧に磨かれており、目立たないが、確かに“選ばれた宿”だ。

「……ここなら、まあ」
「ほう」

それ以上の説明はしない。ルシアンの好みも、金銭感覚も、まだ測りきれない。
だが、衛生も雰囲気も、最低限の水準は保たれている――はずだ。

そして何より、こんな風に歩くのが、意外と悪くなかった。
無言で横目をやり、斜め後ろにいるはずの気配を、さりげなく確かめる。

宿を一瞥して、ルシアンは微笑みのままガルドを見上げた。

「あなたもここに?」
「……ああ?」

その問いかけに、――がし、と頭をかく。ガルドは宿に泊まっていない。
昼は適当な依頼に出かけ、夜は酒場で飲んで、これまた適当に時間を過ごしていた。

「……いや、宿はとってねぇ」
「そうですか」

それきり何を言うでもなく、ルシアンはその宿屋の扉を開いて入っていった。
ぽつりと、ガルドが路地に残される。

――あいつ一人で宿なんてとれるのか。
――だがそこまで子守をしてやるほどガキでもねぇだろ。

そんな相反した考えが、ガルドの足をその場に縫い留めた。
よくよく考えれば律儀に待つ必要などどこにもないのだが、ルシアンが姿を消した扉をただじっと見つめる。



しばらくの後、ルシアンは扉を開いて出てきた。
先ほどと変わらぬ場所に立つガルドを見て、また、微笑む。
差し出した手に、木札のついた真鍮の鍵。

「……なんの真似だ」
「あなたの部屋の鍵です。明日から歩きますから、今日はきちんと寝てくださいね」

ちゃり、とガルドの手の中で、鍵が小さく鳴った。

「夕飯は、どこがおすすめですか?」
「……勝手に……」

鍵を見下ろし、ガルドは低く呻くように呟いた。怒る理由はなかった。
むしろ、用意されてしまったことへの戸惑いと、その行動が“当然”という顔でなされたことへの、妙な居心地の悪さ。

――まるで、ずっと連れだった仲間にする仕草じゃねぇか、と。

鍵を懐にしまいながら、仏頂面で歩き出す。再び、ルシアンが後ろにつく。

「……夕飯なら、裏通りのあれだ。鍛冶屋の隣にある小さな食堂」
「なるほど」
「地元の奴しか行かねぇが、肉は悪くねぇ。パンも焼きたてだ」

おすすめを訊かれたのだから、応える。ただそれだけのことだ。

「……てめぇの味の好みは知らねぇ、文句言うなよ」

そう言って、けれども歩く速度をほんのわずかに落とした。
肩越しに視線を送ることもなく、ただ前を向いたまま――だが、並んで歩ける程度の、悪くない歩幅だった。



ガルドは、丁寧に店先まで案内をしてくれた。
小さな佇まいながら、店内にはすでに何組かの客の姿が見える。
視線を泳がせたのち、ガルドは立ち去ろうとしたが、その背にルシアンが声をかけた。 

「食べていかれないんですか?」

――立ち止まり、ガルドが振り返る。
にこ、とルシアンが微笑み、店の扉をくぐった。

ガルドも後に続き中に入ると、香ばしい匂いが二人を包んだ。
店員が顔を上げ、「いらっしゃ――」と言いかけたあたりで、少々戸惑ったような表情を浮かべた。
ぱたぱたと、駆け寄ってくる。視線はルシアンに。

「い、いらっしゃいませ、申し訳ございません、当店貴族様向けのメニューは……!」

はた、とルシアンが止まりかけ、しかしすぐに柔和な笑みを浮かべた。

「貴族様だなんてよしてください。一介の冒険者です。仲間もこの通り」

そうのたまい、つい、と手で後ろのガルドを指し示す。
ガルドの眉がぴくりと上がる。店員からの視線を受け、……まぁ、頷いた。

「そ、それは失礼いたしました……!あちらのお席へどうぞ」

壁際の席へ通され、向かい合わせに座る。
何か言いたげなガルドをみて、ルシアンは微笑みのままに肩をすくめた。

「……お前、あれをやるために俺を誘ったんじゃねぇよな」

ぼそりと呟いたガルドの声に、ルシアンは何も答えず、ただにこやかに水の入ったグラスを受け取る。
その柔らかさに毒気を抜かれたように、ガルドは舌打ちもせず黙った。

目の前のメニュー札は、手書きの黒板式。
焼き立てパンの盛り合わせ、香草焼きの肉、豆のスープに地元野菜の炒め物など、どれも地味だが、旅の胃には嬉しい品が並んでいる。

「……パンと、肉。あとスープだ」

注文を告げるガルドの横顔を、ルシアンが楽しげに見ていた。
注文の手慣れ方、料理の選び方。意外と常連ではないかとでも言いたげな視線。

「何だ」
「いいえ?」

赤い目がちらりと向けられると、ルシアンはまたも肩をすくめるだけ。
そのたびに、店の奥からは料理の香りが濃くなってくる。

「……んで、貴族なのかお前」

ぽつりと、ガルドが言った。
あの店員の慌てぶりは、この無骨な男にとっては見慣れない反応だったのだろう。

「俺はどう扱われようが構わんが……お前、さっきの対応、慣れてんな」

赤い瞳はまっすぐ。問いは、興味でも追及でもない。
ただ、向かい合って座った“旅の仲間”としての、初めての会話だった。

問いを受けたルシアンが、わずかに首を傾げた。やや薄れた笑顔。けれども、口元はまだ微笑んでいる。

「――まぁ、どうにも、私は意図せず視線を集めるようでして」

それは、何の打算も、悪びれた様子もない、声色。
自らへの自信でもなく、ただそういう事実として受け取っているだけのようであった。
要は、興味のない事柄らしい。

「私も誰にどのように見られようとかまいませんが、それにより行動が制限されるのは困りますね」 

カウンターの奥、ルシアンを覗く店員の頬が、かすかに染まっている。
気づけば、周囲の客もちらちらと、こちらを見ている。
ルシアン自身、その視線には気づいている。が、気にするまでもない、という姿勢。

それよりも、と向かいの赤い瞳に視線をくれる。
ギルドのホールで、唯一、自分に”そういった視線”を向けてこなかった、男。
それどころか、こちらを値踏みし、見定めるような気配すらあった。

見た目や先入観で物事を図る輩とはわけが違う。

――非常に、好ましかった。


ガルドは、黙っていた。だが、その赤い瞳がじっと銀のそれを捉え続けていた。

「……ふん」

鼻を鳴らす。
それは嘲りではなく、半ば納得、半ば苛立ち。
どこまでが素か、どこまでが作為か――。その境界が見えねぇ、そういう奴が一番厄介だ。そんな表情。

けれど。

「視線を集めるのが“意図せず”なら、そう装うのも、お前の得意分野ってことか」

小さくつぶやいたその言葉に、反応するルシアンの肩先。
やはり、笑みは崩れない。

「……ああ、やっぱめんどくせぇな」

言いながらも、ガルドの指が、コップをくるりと回す。
そこに、焼きたてのパンが載った皿と、香草の香りが立つ肉料理が運ばれてきた。

店員がルシアンを見る目は、やはりどこか緊張と陶酔が混じっている。
それを横目に、ガルドは目の前の食事を無言で見つめた。

「……ま、確かに行動が制限されるってのは、俺も嫌いだが」

一言だけそう返すと、ナイフを取り、肉に刃を入れる。赤い瞳がまたルシアンを見据える。

「……俺は戦うだけだ。貴族様の従者なんかできねぇぞ」

静かな声。だが、どこか――試すような響きもあった。
ふふ、と正面から、小さな笑みが漏れる。

「戦い、守っていただければ、いいのですよ。あえて付け足すとすれば……」

ルシアンの呟きに、ガルドが鋭い視線を向けた。じろりとした眼差し。それを受けて、ルシアンの笑みも深まる。

そのすらりとした人差し指が、指先だけで店内をぐるりと示した。それを追うように、ガルドの眼光が店内を一巡すれば、不躾な視線たちが波のように引いていく。
咳払い。わざとらしい雑談の再開。慌てて店内に目を逸らす視線。

「…………」
「このように、あなたが隣にいるだけで、十分助かります」

肉料理を切り分けながら、目を伏せたルシアンが微笑む。
ちろり、と向けられた銀の瞳が、必要だ、と語っていた。

赤い瞳が、わずかに細められる。

「……そういう使い方かよ」

くぐもったような声が、喉の奥から漏れる。咎めるでも、怒るでもない。だが確かに――苦い笑いが滲んでいた。
だが、ルシアンは動じない。むしろ、真っ直ぐに“この男の価値”を言葉で肯定しただけの笑顔だった。
ガルドは、黙って皿の上の肉を切り取る。その手つきは乱暴でも粗野でもなく、実に正確で、無駄がなかった。

「……だったら、逃げんなよ」

ぽつりと呟かれたそれは、脅しではなかった。
ルシアンではなく、どこか、己に言い聞かせるような――低く、抑えた声音。

その言葉が届いたかどうかも気にせず、肉を口に運ぶ。パンをちぎり、スープに浸す。
もう視線はルシアンには向いていない。ただ、さっきの言葉が胸に何かを残していたのは確かだった。

“飾り”じゃないと、本気で言われたのは――きっと、初めてだった。





――翌朝。

ガルドが宿屋のロビーに降りてくると、ルシアンがソファに腰かけて待っていた。 
にこり、と柔和な笑み。傾げた首の角度も、計算されたように完璧だった。

「おはようございます」
「……ああ」

並び立って宿を出る。街はまだ朝もやの中にある。
日が昇る前の世界は、どこか現世と乖離したかのようだった。

石畳を歩く軽い足音と、ごつごつとした重い足音。歩幅も重みも違うが、つかず離れずであった。



街門を出て、街の外、街道へ。
――乗合馬車は、と言おうとして、ガルドは口を閉じた。

目の前の主は、当然のように街道を歩き始めている。
なるほど、漫然たる”お坊ちゃん”ではないらしい。

「……俺が来ねぇと思わなかったのか」

少し前を歩く淡紫の髪に、そう声をかけた。
ルシアンは振り返りもせず、肩を少しだけすくめる。

「それならそれまでですが、あなたは来ると思っていましたよ。それに、あの試し金だけでは当座の酒代にもならないのでは?」

皮肉なのか本音なのか、微妙にわかりにくい返答。
――だが、ガルドには十分だった。

「……はっ」

小さく吐き捨てるように笑った声が、朝靄の中に溶ける。
気づけば、足取りが少しだけ軽くなっていた。

「試し金がどれくらいの価値か、知ってて渡してんだろうが」

淡くもやに包まれた街道の先、銀の瞳はちらりともこちらを見ない。けれども、確かに“歩幅を合わせて”いた。
わざとらしさのない自然な距離感。それが、昨日の出会いからわずか一晩で形成されたというのが、なんとも――癪だった。

「……行き先は?」
「ひとまず、次の街を目指しましょう」
「……ねぇってことだな」

言いながらも、赤い瞳はすでに周囲を見回している。
空の具合、草の動き、獣の気配。一歩街を離れれば、そこはもう“異常が普通に潜む”世界。
その只中で、背中を預けられる男かどうか――それを、あの銀の目は既に見極めていたのだろう。

「……いいさ。寄り道でも何でもしてみろ。魔獣が出りゃ、ぶっ倒す。それが俺の仕事だ」

無骨で、粗雑で、それでも――どこか信頼に足る声音だった。





――【旅の空へ】
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

台風の目はどこだ

あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。 政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。 そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。 ✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台 ✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました) ✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様 ✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様 ✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様 ✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様 ✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。 ✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)

もう一度言って欲しいオレと思わず言ってしまったあいつの話する?

藍音
BL
ある日、親友の壮介はおれたちの友情をぶち壊すようなことを言い出したんだ。 なんで?どうして? そんな二人の出会いから、二人の想いを綴るラブストーリーです。 片想い進行中の方、失恋経験のある方に是非読んでもらいたい、切ないお話です。 勇太と壮介の視点が交互に入れ替わりながら進みます。 お話の重複は可能な限り避けながら、ストーリーは進行していきます。 少しでもお楽しみいただけたら、嬉しいです。 (R4.11.3 全体に手を入れました) 【ちょこっとネタバレ】 番外編にて二人の想いが通じた後日譚を進行中。 BL大賞期間内に番外編も完結予定です。

デコボコな僕ら

天渡清華
BL
スター文具入社2年目の宮本樹は、小柄・顔に自信がない・交際経験なしでコンプレックスだらけ。高身長・イケメン・実家がセレブ(?)でその上優しい同期の大沼清文に内定式で一目惚れしたが、コンプレックスゆえに仲のいい同期以上になれずにいた。 そんな2人がグズグズしながらもくっつくまでのお話です。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです ※Rシーンを追加した加筆修正版をムーンライトノベルズに掲載しています。

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

処理中です...