【勇者×偽物】~離婚は半年後の予定です~

フジイさんち

文字の大きさ
9 / 30
奥さま、お気を確かに

【優先順位は、俺のようです】

ジノが次に案内された厨房の中では、どこか勝気な女性と先ほどのミルヴァが、綺麗に洗った食器を整えていた。
パッと顔を上げた二人が、リックとジノを見てにこっと笑う。

「ジノ、彼女は料理人のドマ!こっちはメイドのアキアだよ、さっきのミルヴァの双子の妹だね!」
「えっ……」

きょと、ともう一度、ジノがその使用人のほうを振り返った。そう言われてみれば、確かにミルヴァではない。髪色がやや濃く栗色で、なにより表情がとても豊かだ。

「はじめまして奥さま!姉のミルヴァと一緒に、本日よりお仕えさせていただきますねっ!」
「ど、どうも……」

――どこか、リックと同じノリを感じる。こんな場所で出会っていなければ、ちょっと好きになっていたかもしれない……。
……あと、もう”奥様”は矯正不可なのかもしれない……。

「ご飯美味しかったな~とか、あのお菓子また食べたいな~とかあったら言ってくださいね!あたしたちがドマに伝えるので!」
「もちろん、ウチに直接言ってくれてもいいよ」

明るいアキアの声に紛れて、ドマが笑いながら口を挟んだ。

「ごきげんよう、奥様。厨房を預かってるドマよ。朝食、全部食べてくれてありがとね」
「あ、いや、う、美味かったです」
「そりゃよかった!ただウチら使用人には、敬語はいらないと思うよ。なぁ、アキア」
「ええ!ミルヴァに言われちゃいますよ!」

――もうすでに一度お叱りを受けました、と、ジノが小さく肩をすくめる。
なおこうして会話を交えていて、腰に回ったリックの手に、ツッコミを入れる者はいない。

なるほど、と、ジノもだんだんとわかってきた。邸全体が”こう”で、ほぼすべての使用人が押しなべて”リック様の言うことが第一”なのだ。
ただ、これだけ広い邸だ、まだ常識的な使用人がいる可能性も――

「うちの使用人はこれで全員だよ!ジノも早く慣れてくれると嬉しいな!」
「……はっ……?」

はた、とジノが、リックを見上げる。不意に見つめられたリックが、照れたようににこっと笑う。いや、今はそれどころではなく、使用人がこれで……?
老執事、二人のメイド、料理人、庭師……五人……?

(い、いや、わかんねぇけど、普通ってもっと多いんじゃ……?)

ましてやこの男、世界を救った勇者だというのに……そう思うものの、邸の運営は回っているようではある。何より、使用人たちに”働きづめでしんどい”、のような様子もない。
いやそもそも、ジノにそんなことに口を出す権利は……。

(……ッ、あるのか……!?”奥様”には権利があるのか……!!)

くら、と眩暈がした。あ、ありえない。つい先日まで詐欺師をしていた自分に、そんな采配は絶対に無理。あと”奥様”じゃねぇし……!
腰に回っていたリックの手は、いつの間にかジノの肩を抱いている。次はどこを案内しようかと、鼻歌まじりに思考を巡らせている。

……に、逃げたい……。

「……えっと……アキアさん……」
「はい奥さま!でも、”さん”は不要です!」
「えっ!?あっじゃあ、アキア……」

腰の前で手を揃えたアキアが、わずかに首を傾げて笑みを浮かべた。
……ノリは、リックとは、似ている。けれどもあのミルヴァの双子の妹ならば、話が通じそうな気配もある。
――賭けよう。

「コイツの、あ、愛が重いからッ!俺をどっかに隠してくれ……!」
「ええ、ジノ!?」
「まぁ!がってん承知です!!」

――バッ!とアキアの細腕が軽やかにジノの手を引いて、その身をリックの腕の中からすり抜いた。
廊下を駆けだす背後から、ドマの豪快な笑い声が聞こえる。えええ!と叫ぶリックの声も聞こえるが、追ってくる様子はない。

廊下の正面、リネン類を抱えたミルヴァと一瞬だけすれ違う。ややその目が見開かれたが、特に何を言うでもなく。

「今日は図書室に逃げましょうね、奥さま!」
「お、おうっ、あ、ありがとう!」

駆ける栗色のまとめ髪が、ジノの前で小さく揺れる。自分より年下の女性に守ってもらうだなんて……!などと言ってる場合ではないのだ。
リックよりも優先してもらった、ということに、少しほっとしてしまっている自分がいる。ただ”奥さま”はやめてくれ……!!という頭もある。

――今日から、彼らが”家族”になるのだろうか。

じんわりとそんな思いを抱えながら、ジノは柔らかな廊下を駆けていった。



「ああっ、ジノが逃げた……♡」

リックの声が、取り残された厨房に名残惜しく響いていた。
まるで花嫁を間男に連れ去られたかのような声色だが、優しい声をかける者はここにはいない。
むしろ、

「あーっはっはっは!アキア、うまくやんなよ!」
「了解でーす!」

などという、裏切りの掛け声まで飛んでいる始末。いまだ肩を揺らすドマは、鍋に火をかけながらニヤニヤ笑っている。

「いやぁ、随分手こずりそうな奥様だねぇ」
「ドマぁー!」

わっ、とリックが顔を覆う仕草をするが、演技である。バレバレの大根役者。
ジノとアキアが走り去っていった方向を、不思議そうに眺めながら歩いてきていたミルヴァが、厨房の中の二人に目をやり……ああ、と腑に落ちた眼差しになった。

「……リック様、しつこい夫は嫌われますよ」
「うわーん!」

性懲りもなく演技を続ける大根役者が、さりげなくミルヴァが抱えるリネン類に手をかける。鍋の前に立つドマに、「ドマが裏切った!」と笑い交じりの文句を放ち、廊下を洗濯場に向かって歩き出す。
主に荷物を持たせるなんて、という思考回路を持つことは、勇者邸の使用人たちはだいぶ昔に諦めた。
ミルヴァもすっかり慣れたことのようで、リックの手から零れた小さな洗濯物を拾いながら後を追う。

「でもねミルヴァ、ジノは夜は一緒に寝てくれるんだよ♡」
「……せいぜい、犯罪者にはなりませんよう」
「うわーんミルヴァも冷たーいッ」

言いながらも、リックの声色は柔らかい。
先ほどまで腕にあった温もりを思い出すように、ジノが逃げていった廊下の向こうに、ちらりと視線だけを送る。

その口元に浮かんだ笑みは、どうしようもなく甘やかすようなもので――、まるで逃げられることすら、愛おしく思っているようだった。





――【優先順位は、俺のようです】
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?

キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。 知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。 今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど—— 「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」 幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。 しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。 これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。 全8話。

前世が悪女の男は誰にも会いたくない

イケのタコ
BL
※注意 BLであり前世が女性です ーーーやってしまった。 『もういい。お前の顔は見たくない』 旦那様から罵声は一度も吐かれる事はなく、静かに拒絶された。 前世は椿という名の悪女だったが普通の男子高校生として生活を送る赤橋 新(あかはし あらた)は、二度とそんのような事ないように、心を改めて清く生きようとしていた しかし、前世からの因縁か、運命か。前世の時に結婚していた男、雪久(ゆきひさ)とどうしても会ってしまう その運命を受け入れれば、待っているの惨めな人生だと確信した赤橋は雪久からどうにか逃げる事に決める 頑張って運命を回避しようとする話です

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。

キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、 ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。 国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚―― だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。 顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。 過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、 気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。 「それでも俺は、あなたがいいんです」 だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。 切なさとすれ違い、 それでも惹かれ合う二人の、 優しくて不器用な恋の物語。 全8話。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

王様の恋

うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」 突然王に言われた一言。 王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。 ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。 ※エセ王国 ※エセファンタジー ※惚れ薬 ※異世界トリップ表現が少しあります

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」