16 / 30
勇者様、お戻りです
【ジノ様、大変助かります】
――それは、勇者不在七日目の午前中だった。
「ジノ様、よいところに!」
ジノが玄関付近を通りかかった際、玄関口で話し込んでいたセノールとエンがジノに気づき、セノールがそう声をかけてきた。
ぱ、と顔を向けたジノが、不思議そうにしながらそちらへと歩み寄る。
「おう、どうしたんだ」
「先ほど城より通達があり、本日リック様がお帰りになるとのことで」
「えっ」
ぎくり、としたジノが、肩をわずかに引く。早いな……と頬を引きつらせた顔に、セノールが眉を下げて笑った。
「これからエンが城までお迎えに上がるのですが、ジノ様もご一緒いたしませんか」
「え、な、なんで……」
「きっと、喜ばれますでしょうな」
へ……と、ジノの表情が固まった。――い、いや別に、勇者を喜ばせることに喜びを見出してはいない。……迎えに行ったら行ったで、またヤツが大変なことになりそうな気もする……が……。
セノールとエンが、”お嫌ですか?”といった眼差しで、こちらを見ている……。勇者はともかく、使用人とは、いい関係を築いていたい……!
ジノが、渋々、と言った顔で、頷いた。
「助かります、ジノ様。わたくしめもお供いたしますよ」
セノールが、ほっと安堵したように軽く頭を下げた。――”助かります”とは……?とジノがわずかに視線を巡らせるが、二人はすでに、静かに準備を始めていた。
エンは御者の装束に袖を通し、手綱袋を肩にかける姿は、無口ながらどこか嬉しそうにも見える。
「……すぐに、馬車を……」
「ええ、頼みますよ」
手際よく引き綱を調整しながら出立の準備に入るエンを背に、セノールが玄関扉を開ける。
朝のひやりとした空気が、少しだけ熱を持ったジノの顔に触れた。
(……帰ってくんの……か)
玄関前の石畳に、日差しがまぶしい。ジノが目を細めながら足元を見つめる。
たったの七日、それだけのはずなのに――あのバカの声がやけに遠く感じる気がしたのは、気のせいか。
馬車の扉が開かれる音。エンが首をかしげながら手を差し出す。
――それはお前、女性にするやつだろうが、とジノが、その手をぺちりと軽く叩く。くすぐったそうに口元だけで微笑むエンを尻目に、ひとりで乗り込んだ。ついで、セノールも。
「……早ぇな、しかし」
小さく吐き捨てる声に、ふ、とセノールが微笑む気配があった。
「ほほ、確かにいつもより、任務達成がはようございます」
「……化け物かよ」
「勇者様ですから」
馬車が、ゆっくりと石畳を進み始める。
エンの操る手綱のリズムに合わせて、窓の外の風景が少しずつ動いていく。……ジノは、腕を組んで目を閉じた。
別に、待ってたわけじゃない。ただ、……迎えに行ってやるだけだ。
それ以上でも、それ以下でも――
(……ねぇよな)
馬車は、まっすぐに城門の方角へと向かっていた。
もうすぐ、バカが帰ってくる。
* * * * *
馬車が城門の見えるところまで滑り込んでいけば、城門付近はそれはもう大変な騒ぎになっていた。
凱旋、とかそういうものではない。血や泥でごちゃごちゃになった軍の兵士や侍医たちが、当該勇者を囲んでそれはそれはすったもんだとしている。
「なりません勇者様ぁぁあ!!勇者様せめて!せめて治療魔法をッッ!!」
「いらないいらない死なないから!!こんなもので死にはしないよ!」
「何をおっしゃってるんですか!?腕なんて骨が見えてるんですよ!?」
「ダメだわ、誰か勇者様を取り押さえてぇえぇ!!」
「大丈夫だから帰らせて!?ジノに会えば治るから!!」
「だからさっきからその”ジノ”って誰なんです!?」
――現場は、そんな惨状である。
ジノ、馬車の中にてうずくまり、頭を抱える。
……そうだ、そうそう、勇者ってそういえばこういう人間だ。かつての”勇者情報”を、脳内に引っ張り出してくる。
屈強で強靭な肉体、耐痛性も異様に高く、腹を深ぁく抉るような怪我をしても「いやぁ~」と笑って次の街へ行くような男。勇者パーティーの仲間たちもさぞ苦労したという逸話が残っていたが、そうか、どうやら実話だったか……!
ギィ、と馬車が城門前で停まり、それを見とめた勇者――リックが晴れやかな笑顔でエンを向いた。そのまま兵士や侍医を引きずって、慌てて馬車の扉に手をかける。
「エン、いいところに!!早く邸に――」
がちゃり、と扉を開け……笑顔のままに、リックが固まる。
微笑むセノール。睨むジノ。ぴゅっと傷口から血が噴き出すリック。
「♡!!――っジ」
「治してもらってこォォォい!!」
「ひッ♡ごめんなさァァァい!!」
城門前に響き渡るジノの怒声に、馬車が数ミリ浮いたような錯覚すらあった。
悲鳴のような叫びと共に、リックが扉を閉め、ばたん!!と豪快な音が響いた。一瞬にして、兵士たちと侍医たちの手により、勇者の身体が引き戻されていく。
「おとなしくしてぇぇええ!!!」
「その血は勇者様の中から出ているんです!!!」
「骨!骨出てるのおおお!!!」
ごちゃごちゃごちゃ、と地面に転がる勇者、取り囲む治療師、制止に入る副官。
一連の動きの中で、リックの叫び声がひときわ大きく響いた。
「ジノが!!ジノが迎えに来てくれてる~~~!!!♡♡♡」
「あああ血が噴き出すゥゥゥ!!」
「勇者様叫ばないでぇえぇえ!!」
ジノは馬車の中で頭を抱えたまま、その騒ぎをどこか意識の遠いところで聞いていた。
セノールが、咳払いひとつ。
「……助かります、ジノ様。……ああしていつも、治療を嫌がるもので」
「……なるほどな……」
ぼそりと返すジノの声に、疲労と納得の色が乗る。
外では、リックの「ン待っててねぇぇえ!!♡♡」という絶叫が、城の石壁に木霊していた。
勇者、全身治療中。
ジノ、馬車内にて限界寸前。
――『爆速で帰る』の弊害が、ここにあった。
――【ジノ様、大変助かります】
あなたにおすすめの小説
【完結済】俺のモノだと言わない彼氏
竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?!
■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。
【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?
キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。
知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。
今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど——
「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」
幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。
しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。
これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。
全8話。
前世が悪女の男は誰にも会いたくない
イケのタコ
BL
※注意 BLであり前世が女性です
ーーーやってしまった。
『もういい。お前の顔は見たくない』
旦那様から罵声は一度も吐かれる事はなく、静かに拒絶された。
前世は椿という名の悪女だったが普通の男子高校生として生活を送る赤橋 新(あかはし あらた)は、二度とそんのような事ないように、心を改めて清く生きようとしていた
しかし、前世からの因縁か、運命か。前世の時に結婚していた男、雪久(ゆきひさ)とどうしても会ってしまう
その運命を受け入れれば、待っているの惨めな人生だと確信した赤橋は雪久からどうにか逃げる事に決める
頑張って運命を回避しようとする話です
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。
キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、
ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。
国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚――
だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。
顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。
過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、
気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。
「それでも俺は、あなたがいいんです」
だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。
切なさとすれ違い、
それでも惹かれ合う二人の、
優しくて不器用な恋の物語。
全8話。
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
王様の恋
うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」
突然王に言われた一言。
王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。
ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。
※エセ王国
※エセファンタジー
※惚れ薬
※異世界トリップ表現が少しあります
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」