月兎

宮成 亜枇

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「一真様たちをこちらにお送りした後、わたくしは市内のホテルに待機しようとし向かっておりました。その時に旦那様からご連絡いただいたのです。わたくしが一真様と行動を共にしていることは旦那様たちはもちろんご存じです。そのため、状況を説明して欲しいと」
 佐伯はコンビニの駐車場に車を停め、状況を大まかに説明した。その時は、朔夜がヒートを起こしていたことは隠したという。
 何故? と言う一真の問いには。
「わたくしの願いは、一真様と同じでございます」
 にこやかに彼は告げた。そしてまた、説明に戻る。
 一部を除きすべてを伝えた佐伯は指示を待った。それがもし、一真たちを不利な状況に導くものであれば断るつもりで。しかし、予想外のことが彼の耳に届いた。
「旦那様は、一真様と朔夜さんを認めたい、守りたいと仰りました。そして、この状況で不安に押しつぶされそうになっているだろうから、すぐにでも会って謝りたいとも。そのために、きて欲しいと、その際に詳しいことを教えて欲しいとのことでしたので、一真様たちを残すことは心配でございましたが、わたくしはこの地を一度離れたのです」
 佐伯はホテルに泊まらずにこの別荘に一旦戻り、しっかりと施錠されていること、消灯されたことを確認してから車を飛ばし、鷲尾家にたどり着いた。両親は一睡もせずに待機していて、すぐさま話をすることになった。朔夜のヒートのことを話したのはその時。両親は驚いたが番になったのならそれは喜ばしいこと。そして、すぐにでも息子たちを守らなければならない。そう思い、ほぼ寝ていないにも関わらず別荘に向かうことを決めた。そして、朔夜を安心させるために、迷惑を承知の上で早朝、まだ陽も昇らぬうちに多英にも連絡し、すぐに来て欲しい旨を伝えた。多英は即座に了承し、朔夜の気にいっているものをバッグに詰め込み、マンションを飛び出したという。
「そう、だったんだ……」
 一真がつぶやく。そうして、ポロポロと涙を流し始めた朔夜に、小さく微笑んだ。
「あらあら、坊ちゃん。はい、こちらをお使いください」
 多英が差しだしたタオルに顔を埋め、朔夜は肩を震わす。先ほどまでの恐怖や不安のせいではない、安堵の涙だ。
「ごめ、な、さ……」
「ふふっ、いいのよ。むしろ被害者なんだから謝らなくていいの。朔夜くんはそうやって何でも自分のせいにするクセを直した方が良いわね。自己犠牲の精神は素晴らしいと思うけれど、自分をちゃんと愛してあげないとダメよ」
 クスクスと笑いながら一真の母は言い、同調するように父が頷く。一真は朔夜をもう一度しっかり抱き寄せて、父と母の目を見つめる。その表情は真剣だ。
「ありがとうございます。お父さん、お母さん」
 強い意思を込めたまなざしを受けた両親は、力強く頷いた。

「二人のことは認める。そして、私達の持てる力の限りで守ろう。ただ、それにはいくつか約束して欲しいことがある」
 朔夜の涙が落ち着いた頃、父は告げる。
「まずは、一真だ。勝手な行動の数々には驚かされてばかりだ。だが、私もそうだった。父に逆らい起業し、今に至る。血は争えぬものだな。だが、一真。私達はやはりお前に『鷲尾』を継いで欲しい、そして、ますます大きな会社にして欲しい、そう思っている。だから、いずれは今の立場を誰か信頼できる人物に譲り、お前は」
「わかってる」
 話を遮るのは失礼だと思ったが、それでも一真は告げた。
「いつになるかわからないけれど、俺は『鷲尾』を継ぐよ」
 それを聞き、父は笑顔を見せた。

「朔夜くんには、私からいいかしら?」
「あ、はい……っ」
 にこ、と微笑まれ、朔夜はどう対応していいか迷ったが、とりあえず話を聞く体制を作った。
「朔夜くんは、お医者さんになりたいのよね?」
「はい。でも……っ。親とはあんな状態になってしまったし、それに、医者になったとしたら、なんて言われるかわからないし……っ」
「あははっ、もうっ! 朔夜くん、あなたはもう、鷲尾の人間よ。そんなこと、全く気にしなくて良いの」
「……えっ?」
 彼女の言うことがよくわからない。
「あ! もちろん結婚はできないわよ。一真がまだ子供だから。でも、あちらさんがなにかやらかしてくるのなら、私達は全力であなたを守るわ。気にせずに学校に通って大学も受けなさい。学費ももちろん払うわ。ただ、そのための条件がある。大学でもトップをキープして。そして、すごい先生になって、あの人達をギャフンと言わせて欲しいの。あなたなら、余裕でできるでしょ?」
「余裕、かどうかはわからないけれど……」
 困りながら朔夜が言うと、母は「またまた!」と言い、「あなたなら大丈夫よ。頑張ってね」と加える。
 あっけらかんとした様子に、朔夜はようやく小さく笑い。
「ありがとうございます。おばさん」
 と、礼を言ったが。
「んー? おばさぁん??」
 単語を拾われ、ツッコまれる。
「『おばさん』じゃなくて『お義母かあさん』よ」
「えっ? ええっ??」
「だって、朔夜くんもう、うちのお嫁さんだもん」
「よ……、よめっ!?」
「そうよ。本当に、こんなに理想的な人を今まで拒否してたなんて、一真はバカ息子だけど、私も相当なバカだわ。ほら、言って。……ね?」
「お……、お義母、さん……っ」
「んー。まあ、今のところは合格かしら? よろしくね。可愛いお嫁さんっ」
「は、はい……っ」
 このやりとりを、残された面々は楽しそうに、一真と父にいたっては笑い声まであげて見届けた。

 朔夜は、恥ずかしさに顔を真っ赤に染めたが。
 ようやく、満面の笑みを浮かべた。
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