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Chapter3
5
しおりを挟むどう、答えればいいかわからなかった。しかし、相手は客。失礼な対応はできない。たとえそれが、治ることを知らない心の傷を大きく抉る存在、『濱田樹』だとしてもだ。
「……お久しぶりです」
なんとか一言を絞り出した綾瀬は。そのままマティーニを作り出す。
「おいおい。俺の注文は聞かねえのかよ」
それに、呆れたように濱田は告げた。蔑むような笑みは絶やさぬまま。
綾瀬はギュッと瞼を閉じ、開く。そうして、意を決したように、
「……何を」
尋ねた。
「任せる。今のお前が、俺に何を飲ませるのか、興味あるんだよね。作れるんだろ? 性懲りもなくまた、バーテンやってるくらいなんだから」
口調とセリフが合わない。
軽やかであるにも関わらず、内容はキツい。
このような客が全くいないわけではないが、それでも、二人の間に流れる空気は異様。
「い……、つき……、くん?」
笹本は、どうやら濱田とは社長と副社長、それ以上の関係であるらしい。そうでなければ、社長をこうも親しくは呼ばない。
その彼が、濱田の態度に戸惑っている。そして。
「……ナオちゃん?」
ママである、真澄も。
綾瀬が時々憂いを込めた表情で客を見つめているのは当然認識しているが、ここまで自分を保てない様子を見るのは、初めてだ。
……現に。
声には出てはいないが、手元は震えている。真澄からでないとわからないほど、微かに。
どうしたものかと、真澄は考える。綾瀬に出会ったときから、今までを思い返し。……そうして。
「っ! ナオちゃん!!」
気づいた。
目の前にいる『濱田』が、誰なのかを。
「ナオちゃんっ、いいわ。あたしがやるっ。少し裏で休んで」
「大丈夫っ」
あわてた真澄を綾瀬は制し、
「だい、じょうぶ、だから。……ね?」
無理矢理微笑み、頼まれたカクテルを作る。任せてしまいたいのは山々だ。それでも彼にはプライドがあった。今回は、そちらがくじけそうな気持ちに勝った。気力で踏ん張り、カクテルを完成させる。
笹本には、もちろんマティーニを。そして。
「どうぞ……」
濱田に差し出した酒は。
「……へぇ。意外だな。うまいけどさ」
そう呟きながら。濱田はグラスを置く。
先ほどよりやや柔らかみを増したが、とげのある笑みには間違いない。
心は、まだ残っている。
しかし、もう二度とそれを表に出すつもりはない。
あのとき、綾瀬の言葉にしない想いに気づき、決定的な拒絶を吐いた濱田なら、気づくだろう。このカクテルに込めた意味を。
彼の手元にある酒は、『アディントン』。
意味は、『沈黙』。
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