女王蜂

宮成 亜枇

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「どう?」
 手渡した原稿を確認するように眺める男に、問う。
「……ん、すごくいいよ。これで行こう」
 男は、笑顔で応えた。

「それにしても、よくこんなものを思いつくよね。俺が頭固いのかな? ん。……いいよ」
「そりゃ、どーも」
 賞賛の言葉には、興味がないように素っ気なく。すでに慣れているのか、男は苦笑を漏らし、原稿をしまった。
 そんな様子を、もう一人はあきれたように見ている。毎回のことだ。ただ、原稿を確認するだけならば、メールで添付すればいい、それだけのこと。なのに、目の前にいる男は面会を要求する。別に構わないのだが、少々面倒くさい。できることなら。自分にはあまり関わって欲しくないというのが本心。

 理由は、非常に簡単で。

「今日は、違うんだね」
 そう告げて。
 あきれた表情を浮かべたままの彼の頬に、男は、手を添える。
「まあね。つか、その手どけろや。うぜぇよ」
「オメガのくせに」
 文句を言う彼に、男は口元をゆがめ、更に加える。

「そうやって、アルファの俺に文句言っちゃって、いいわけ? この原稿、俺がこの場で破り捨ててもいいんだけどぉ」

 放たれた一言に。
 キッと男をにらみつけ、彼は勢いよくその手を払う。別に破り捨てられても、元データは持っている、それを、他に出せばいいだけのこと。実際に声はかかっている、それでもこの男を選ぶのは、単に対価がいいから。それ以外の理由がない。

「まあでも、これないと俺も困っちゃうからね。使わせて貰うよ、『すい』ちゃん♪」

 気持ち悪い笑顔はそのまま、翠、と読んだ彼の首にある極太の黒い帯に触れ。


「その、首元のものさえなければねぇ」
『今すぐ、噛みついてやるのに』

 耳元で囁く。

 彼は、慣れているのか冷徹と揶揄していいほどの視線を送り。
「もう、用は済んだだろ?なら、帰るわ」
 そう残し、部屋を出た。


「メンドクセー……」
 外に出てすぐさま煙草をくわえ、不健康な煙を吐き出す。
(これだから、嫌いなんだよ。あいつらは)
 燻っていた思いは、空へ昇る灰色とともに昇華されればいいのだが。そうもいかず、いつまでも、彼の中にくすぶり続ける。

 先ほどの男は、演出家。
 そして、煙をずっと見続ける彼は、物語を生み出し、描くことを生業としている。


 ”オメガバース”


 そんな、やっかいなものが存在する世界。
 オメガ性を持つ者は、世間から差別され、蔑視べっしされる。
 彼は、そんな運命さだめを持って生まれてきた。しかし。それに甘んじるような生き方はしない。世間の目を疎ましく、嫌悪しつつも今を生きる。もちろん。『防衛策』は十分に取った上で。

(アンタは、自分が作品を作るんだって思ってるかもしれねーけどさ)
(その元がなかったら、何もできねーじゃん)
(結局、アルファのクセして無能なんだよ)

 出てきたビルの先ほどの階を見つめて、心で吐き捨てる。
 強がり、ではなく。実際にそう評価し、されているからだ。

 しばらく、その階を見つめていた彼であったが、クスリ、と自虐的にほほえんで。ビルに背を向け、歩き出した。
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