女王蜂

宮成 亜枇

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『そんなことがありえるのか』
 よぎった考えは、同じ。確認するような表情の入江に、鷲尾は首を振る。
 少なくても、鷲尾自身はそのようなことがなかった。
『ラット』は起こしたことはあるが、離れた距離の、しかも車の中という遮断された場所から、オメガのフェロモンを感じることなど。常識から考えても、不可能だ。
 だが、水無瀬が嘘をついているようには到底思えない。だとすると。
「朔夜くん? 一真??」
「あ、ゴメン。じゃあ……、その他に何か、覚えてることはない?例えばどうやって家の中に入ったとか。鍵、かかってたでしょ?」
「鍵は……、かかってなかった。て、言うより、ドアそのものが開いてた。たぶん、奥さん達を心配して、閉め忘れたんだと思う」
 その情報は鷲尾から。
「ゴメン。後はよく覚えてない。でも……」
「でも?」
「なんか。みんなに迷惑、かけたよね。ゴメン……」
 そう言って、再び水無瀬は沈み込む。
「まあ、それは仕方ないよ。秀くんが悪いんじゃない。一真は俺と番になってるから、惑わされることなく、判断ができただけ。謝ることは」
「それなんだけどさ。なんか、全部オメガが悪いみたいじゃん。……そうじゃねーのに」
 申し訳なさそうに語る水無瀬に、入江はかける言葉が見つからない。もちろんそうなのだが、かといってアルファのせいかと言われてもそれは違う。
 どうにもならない、スパイラル。断ち切るためにセンターは存在しているのだが、なかなか思うように進歩していないのも事実。
「でも、秀くんっ、それは」
「あ、ワリ。……ちょっと待って」
 そこまで自分を責めなくていい、と声をかけようとしたと同時に、鷲尾の携帯が鳴る。画面をタップしながら、彼は会議室を出る。……が。
 すぐに、中へ戻ってきた。

「一真?」
「朔夜、あのさ……」

 スマホを耳から離し、彼は、
「さっき入院したヤツと親しい人からなんだけど……。すぐ近くにいる。ここに連れてきていい?たぶん、朔夜が直接ソイツに聞くよりも、いろいろ教えてくれると思う」
と、告げる。
「えっ?あ、うん……。そう言うことなら。俺が迎えに行こうか?」
「いや、朔夜誰だかわかんねーだろ? 俺が下行ってくるよ。ちょっと待ってて」
「わかった、俺からも受付に言っておくよ」
 言葉を交わし。鷲尾は今度こそ本当に、会議室を出て行き、入江は再びPHSで連絡を取った。

 水無瀬は、というと。負の感情に押しつぶされそうになりながらも、あることを思いだし、戸惑っていた。……とても、他には言えないもの。
 真っ白い霧に覆われたような記憶の中に、鮮明に残る『あるもの』。
 それを、抱き寄せ。
 壊れるほどに、啼かせたい……、と。

 そんなことを思う自分に。どうしていいかわからなくなる。……が。

 あの、瞳。
 あの、口元。
 そして、表情。

 それらが脳裏に浮かぶたび。身体が、疼く。
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