女王蜂

宮成 亜枇

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 ようやく、と言うべきか。
 身体の力が抜け、意識を失うように眠りについた古城を確認し、入江は安堵の息をつく。と、同時に。
 かくん……、と。膝の力が抜け、床に座り込むような形に。
「はは……っ」
 思わず、乾いた笑いがこみ上げる。我ながら、どれだけ必死になっていたのかが伺えてしまい、呆れる。
 可能性は、ゼロではない。それは考慮していたはずなのに大丈夫だろうと。過信故の事態が起こった。
 膝に無理矢理力を込め、ふらつきながら立ち上がる。確認したい事項があり、今すぐタブレットを持ちたかったためだ。
 真っ暗な画面に、カルテを表示させる。そして、センター内のネットワークにあるデータベースと照らし合わせる。
 見つめる表情は、苦々しい。このまま症状が改善し、退院させても。『彼』に会えばまた、同じ自体に陥る可能性が大いにある。もちろん会わなければいいだけの話だがそうも行かない。必ず、どこかで会う。それだけの強い結びつき。先ほどの彼を見て、はっきりとできなかったものは、しっかりとした答えになった。
 あくまで個人判断ではあるが、もう、断定してもいいのでは。入江はそう思っている。

 そうなると、方法は一つしか思い浮かばないのだが。
「いくらなんでも、ねぇ……」
 思いがそのまま、病室に響く。自らの声に苦笑し、再び表示された事柄に目を通す。

 数は少ないが、事例はある。行った対策についても記されている。結果はすべてが同じ。それも、お互いが了承した上でのこと。
 しかし。この目の前の彼は、相当なアルファ嫌いだ。どうやってそれを説明し、納得させればいいのか。……見当すらつかない。
 現在、古城の容態は安定している。しばらくは看護師に任せて大丈夫だろう。病室を出てナースステーションに声をかけ、施設に戻る。
 携帯の電源を入れると鷲尾から、
『余裕があったら電話貰える?』
 一言だけのメッセージが届いていた。

「どうした?」
 何かあったのかと思い、入江はすぐにそのとおりにする。
『ゴメン。忙しいところ悪いんだけどさ……。ちょっと、話聞いてくれる?』
 その言葉で始まった鷲尾の話とは、水無瀬のこと。やはり何か様子がおかしいという。今朝のことがあったせいかと思っていたが、どうもそれだけではないらしい、と。
 いくつか仕事をしていくうちに気づいたことだが。普段は交渉の間に口出しはもちろん、どちらかといえば興味なさそうに聞いているのに、今日は口を挟む、とまで行かなくても何か苛立っていると。
 話の内容が気に食わないのかと思ったらそうではなく、むしろ、全く関係ないところにあるような気がする、と。
『もしかしたらさ……』
 鷲尾は、ここで言葉を詰まらせる。それでも、言いたいことは伝わる。入江も、全く同じことを思っていたからだ。

「……言った方がいい、って思ってる?秀くんに」
『ん? って、言うかさぁ……。こうなったら、強行手段に出た方が良いんじゃないか、って、思ってる』
 ボソボソ、と告げる彼に、いつものらしさはない。自信はないのだろう。それが正しいのか否か。
 しかし。
「荒療治、か……。それも手かもね」
 入江は告げる。
 本来なら、双方に説明をするのがセオリー。しかし、今回はそんな時間さえないような気がする。言葉でなくて、実体験でわかってもらった方が良いのかもしれない。
 もちろん、対策は十分に取らなければならないのはわかっているが。
「本来なら、本人に了承を得ないといけないことなんだけど」
『荻原さんだろ?わかった、俺から話しておく。……何かあったらまた、連絡するよ』
「ん。よろしく」
 画面は、再び真っ黒になった。

 入江は、自嘲的な笑みを浮かべる。自らをデータの材料とすることにはもう慣れた。しかし、これからやろうとしていることは、全く事情を知らない二人を検体に出すようなもの。しかも本人達に全く了承を得ない形で行おうとしている。罪悪感は否めない。が。
 それならば、この痛みをもう少し抱えていようと入江は思った。



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