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しおりを挟む『明後日なら』と言う鷲尾からの言葉を受け、入江は早急に場所を手配した。
場所は、病院内の一室。滅多に使われることのない、カウンセリングルームだ。ここは元々特殊な作りになっている。
プライバシー保護のため、他の看護師にも聞こえないよう防音設定になっている。そして、外から中の様子を伺うこともできない。
ただ。ここで起こった出来事は、設置された隠しカメラが記憶する。
……いまだに悩む。当事者に何も言わず、こんな事をしていいのか。『前に進むしかない』と言う荻原の言葉には一理ある。それでも。こんな風に人を騙し、勝手にデータを取るのは、どうしても気が引けるのだ。
しかし、ここは病院であり、研究所が併設されている。『何も記録を残さずに』部屋を利用することは不可能。
「やるしかないよ、ね……」
苦しさを、言葉に表す。時間は、間違いなく迫っている。
当日。
入江は古城をカウンセリングルームに導いた。とは言ってもあの状態から自力で歩けるほど回復はしていない。車いすを使い、ここまで連れてきたのだ。
「何でわざわざ……」
「まぁまぁ。なんて言うのかな? あそこだとさ、ナース達が聞き耳立ててることがあるし、ずっと病室にいるのも気が滅入るでしょう。それに、ほら。古城くん俺に聞いたじゃん。何で初対面なのに、そんな話するのかって」
「えっ? あ、うん。話してくれんの?」
「うん。話すって言うかさ。……俺、その時なんて言ったか覚えてる?」
「あっ? えっとぉ……。確か、『そのうちわかる?』」
記憶を呼び起こし、古城はその時言われたことを告げる。
「ん、そう言ったよね。ちょっと待ってて。……準備、してくる」
そう残し、入江は部屋を出て行く。
何だよ? と言う疑問と、かすかな怒りは沸いたが。そのまま大人しく、彼は待つことにした。……そうする以外なかった、と言う理由もある。とにかく、身体が言うことを聞いてくれない。
いつもなら、ここまで酷い症状にならない発情期。一週間くらい燻ることはあるが、薬を飲めば抑えられたはずなのに。何故そうなったのか、聞きたいと思っている。しかし。担当医師の態度が、それをさせてくれない。
おそらく、相当頭のいい医者。
古城自身も機転が利き、話の主導権を握るのは得意な方だ。それができたからこそ、あの店でアルファを手のひらで転がすという技をやってのけていたのだから。なのに。彼に対してはいまいちその機会を見つけられない。
そうして待っていると。カチャリ、とドアが開く。
「ちょっとアンタ! 患者待たせてどこ行って……っ」
待たされたのは数分だが、飽きる。戻ってきた医者に文句の一つでも言ってやろうと思った……、のに。
そこにあったのは、別の姿。
「うそ。な……、ん、で……?」
漏れた思いは、相手も同じ。表情で、見て取れる。
驚きを、隠せない。そのまなざしで見つめるのは。
『あの時』の、男。
何が起きているのか、何故、ここに『彼』がいるのか。その理由を、水無瀬は探っていた。
「休みのところ悪いけどつき合え」と突如鷲尾に言われ、センターに着いた途端「秀くんこっちこっち」と入江に促されて押し込まれたこの部屋。
目の前には。
『あの時』とさほど変わらない、姿。
相手も、何が起こったのか理解できていない。それは表情から伝わる。
「な……、ん、で……?」
呟きは、水無瀬と同じ思い。
ワケがわからない。
「なん、で……、アンタがいるのよ?朔夜、は……?」
「あっ……」
相手から『朔夜』の言葉を聞き、思い出す。押し込んだここの研究員のことを。
「待って、今呼んでくる」
そう言って、すぐさま踵を返しドアを開けようとした……が。
「開かない……っ?」
ノブを回しても、押しても引いても。扉はガチャガチャと音を立てるだけ。
「うそっ。……何でっ?」
「両面シリンダー錠……」
「えっ?」
「よく見てよ。そこ、サムターンじゃないでしょ? 鍵突っ込まなきゃ、その扉開かないわ」
そう言われて、水無瀬はノブの少し上に焦点を合わせる。確かに、そこには内ドアではあまり見かけない、シリンダーが。
「まさか……、閉じ込められた?」
「みたい、ね。全くあの医者、何考えてるんだか……」
彼の言葉には、大きく同意する。何を考えているのかが全くわからない。こんな事をして、一体何の意味があるのか。
もう、諦める以外ないと判断したのか。目の前の彼は、はぁ……、と大きく息を吐き、座っていたソファーにますます身を沈める。とても、気怠そうに。
そんな、他愛のない動作に。
水無瀬の中で、何かが反応する。
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