女王蜂

宮成 亜枇

文字の大きさ
46 / 77

46

しおりを挟む
 水無瀬が部屋を去った後、入江はすぐに荻原に連絡し、古城のことを任せた。部屋に来てもらうことに抵抗はあったが、荻原だけでなく楓も事情は察していたようで、柔らかく微笑んで応じて貰えたのがありがたい。
「さて、と……。どうするかなぁ」
 室内の方は元どおりにしたと思う。後は。
 チラリ、と。入江が視線を送った先にあるのは……、隠しカメラ。さすがに彼は、どこに仕組まれているのかを把握している。
「まずは、あっちからか」
 苦笑をもらし、急いで部屋を後にした。

「入江くん」
 やや大股で廊下を歩いていると、不意に声がかかる。
「……はい」
 できることなら無視してしまいたかったが、相手の立場がそうはいかない。そこにいたのは、入江の直接の上司だ。渋々応じ、立ち止まる。
「……どういうことかね?」
 初老、と言っていい容貌の男は、疑心の瞳で彼を見つめる。
「何か?」
「カウンセリングルームのモニターだよ。さっきまでメインはとにかく、二つのサブまですべて使用不可になっていたそうじゃないか」
「えっ? そう、なんですか?」
「とぼけるな」
「君なら、それくらいの小細工容易にできるだろう?」
 権力を武器にした、高圧的な瞳を入江にぶつける。まるで『今認めれば大目に見てやる』とでも言いたげに。
 しかし、入江は。
「またまた、ご冗談を」
 くすり、と微笑んで。
「私にそんな真似ができるわけないでしょう?  ……たまたまですよ」そう、加える。
「お前っ! ふざけるのもほどほどに」
「確かに、部屋は私が申請を出し、先ほどまで利用もしておりましたが。そもそも、モニタリングはオート。マニュアルに切り替えることは可能ですが、管理者権限が必要です。ですから、私のような若輩者にコントロールなどできるはずもありません。なのにどうして。私に疑いの目をかけるのでしょう。確か権限は、医局長以上かそれ同等の者でないと所有はできませんでしたよね?」
 ニッっと口角をあげる入江に、男は顔を紅潮させる。
 不遜な態度による、怒りと。説明されたことによる、恥ずかしさと。両方が入り混じった表情で、入江を見つめる。
「先程のデータがお望みでしたら、対象者から私が話を聞き、纏めます。それで、よろしいでしょうか?」
 まだ、動けずにいる男に対し、表情を崩さずに告げ。
「……よろしいですね?」
 確認する。
 返答はないが、そのまま急ぐように歩き出したのを答えと判断し、彼は安堵の息と共に、携帯を取り出す。

『元に戻してくれたんだね。ありがとう』

 素早くメールを送信し、再び電源を落とす。

 あの男の言う事は、ある意味間違っていない。小細工をしたのは間違いないからだ。
 ……どうしても。あの部屋での出来事を映像に残したくなかった。それが、入江の良心だ。
『記録』として残すなら、話を聞き、纏め上げれば十分。事実を映像としてわざわざ残さなくても。

 男は、知らない。
 確かに入江には権限がない。……だが。
 この病院と研究所は、入江を番に娶って以来、莫大な資金を『鷲尾』が提供している。と、言う事は。

 鷲尾一真は、医局長以上の権限を持っている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...