36 / 60
第三十六話 トラウマを克服しますか?
「えっ!? これが幽霊屋敷なんですか?
まだそんなに古くないし、きれいに掃除されてるし、すごく立派な建物なんですけど……
あっ、でもいる!」
マリーゼ邸に戻ってきた私達。
この屋敷を一目見たヘレンの第一声はこれだった。
レンの養母だったヘレン。
夫と離縁して家を出た彼女を、『幸せの幽霊屋敷ツアー』のガイド役にスカウトしてから約一カ月。
私が一緒に引率する研修期間の二週間を終えて、今日、彼女が初めてのガイド役を務めることになった。
ガイドといっても、役者のように台本を一字一句間違いなく覚える必要はない。
向かう部屋の順番さえ間違えなければ、あとは幽霊達の方で適当に演技してくれる。
私がガイドをする時は、カッチリしたブレザーに丸っこい帽子を被っているけれど、ポッチャリ系のヘレンには、あまり似合わなかった。
そこで、メイド長のような雰囲気のワンピースを仕立てて試着してもらうと、これがイメージピッタリ。
長年ここで働いている使用人らしい雰囲気が醸し出されていた。
「さて、今日から独り立ちよ、ヘレン。頑張ってね」
「は、はい……」
固くなっている彼女を笑顔で送り出し、私は最終地点でお客様が出てくるのを待つ。
きょうはリピーターの人ばかり。どんな反応が待っているだろうか……
小一時間後、目の前の扉がゆっくりと開き、ツアー客の皆様が、ぞろぞろ出てきた。
「あああ、天使様、ありがとうございます」
「……今日は一段と怖かったね」
「いつものガイドさんの、淀みなく安心感がある案内もイイ感じだが……
今日のメイドさんの素人っぽい語り口は、『事件の目撃者』みたいな雰囲気があって、妙な臨場感があったな」
……皆、一様に満足気な表情で、どうやら大好評だったようだ。
めでたし、めでたし。
「本日はお越しいただき、誠にありがとうございました。
天使様の加護を胸に、お気を付けてお帰り下さいませ」
お客様にご挨拶をして、後払いの料金を回収すると、笑顔で送り出す。
後片付けが始まる前に、私はヘレンに声を掛け、感想を尋ねてみた。
「どう? 初日の感想は」
「いや、すごく楽しかったです。
実は一回、次に行く部屋を忘れそうになったんですが、ピアニストの人がサッと横に来て教えてくれて……
おかげで困ることも無かったですわ」
素の笑顔で答えるヘレン。
一般人のお客さんには、ピアニストの姿や声は見えたり聞こえたりしないから平気だ。
屋敷の他の霊達とも上手くやってくれているし、やっぱり霊感のある人を迎えてよかったと、つくづく思う。
レンからの手紙も復活して、ジョンとヘレンにそれぞれ月に二通は届いている。
平穏に過ぎていく、マリーゼ邸の月日。
これでやっと私が屋敷を留守にしても、ツアーを定期的に行える目途がついた。
隣国だろうと、帝国だろうと、ゆっくり見て回ることができる。
……シェアリアの出身地かもしれない、帝国。
何かの手掛かりが見つかるかもしれない。
ツアーの翌日、私は家令のジェームスに、しばらく帝国に滞在できるように手配してもらおうと、彼の執務室の扉をノックした。
「ねえ、ジェームス。
私しばらく帝国に行きたいの。
そうね、1ヶ月くらいかな……
シェアリアがラバン商会に提出した身上書の出身地が、帝国になっていたのは前に話したでしょ?」
「確かに、その話は伺っております。
ただ、現時点ではシェアリアがどこにいるのか分からない状態です。
身上書については、現地の探偵等に依頼して調べさせても、結果に大差ないと思われます」
「でも、シェアリアは変装しているかもしれないのよ?
私自身が直接会って魂を見れば、すぐに見破れるけど、他の人ではそうはいかないわ」
「帝国の人口をご存知ですか? 首都は二百万人を越えているのですよ?
砂場で一粒の砂金を探すようなものです」
「じゃあ、私はどうしたらいいの……?」
「シェアリアを探しに行く前に、マリーゼ様にお伝えしたいことがあります」
そう言って、彼が棚から取り出したのは、隣国・イルソワールの住宅地図と、ファイルに閉じられた分厚い書類の束だった。
「こちらがかつてのグランデ人形館に関する資料です。
三百数十年経っているので、集めるのに苦労しました。
こちらが主に隣国騎士団の治安管理部に残っていた文献。
そしてこちらは二十年前に放火された時の新聞記事から要点を抜粋し、まとめたものです。
おそらく全てが書かれているわけではありませんが、概要は理解できます。
ジョンから聞きましたよ。
あなたがグランデ人形館の焼け跡で体調を崩し、襲ってくる霊がいたにも関わらず、戦闘不能に陥ったことを」
私は二の句を告げなかった。
あの時の私は、得体の知れない恐怖に縛られて、まともに身動きも取れずにいた。
「その時はスレイター氏が元凶を封じ込めて下さったようですが、完全に脅威が消滅したわけではありません。
あなたがそんな状態に陥ったのは、前世においてグランデ人形館で受けた仕打ちが原因でしょう。
シェアリアは狡猾な人間です。
その心の傷を解消して弱みを消し去らなければ……
どんなにあなたが強くとも、何かの拍子に隙を突かれることになるやもしれません。
一度その資料を読んで、過去の自分がどのような人生を送ったのか、知っておいた方がいいと思います。
暗い過去に向き合う辛さは私も承知しておりますから、無理にとは申しませんが……」
「……分かったわ、ジェームス。
目を通してみる。
それを私の部屋に運んでちょうだい」
忘れているのをいいことに、ずっと目を逸らしてきた、自分の過去三百年の歴史。そしてトラウマ。
こうして私は、それらと正面から対峙することになったのだ。
まだそんなに古くないし、きれいに掃除されてるし、すごく立派な建物なんですけど……
あっ、でもいる!」
マリーゼ邸に戻ってきた私達。
この屋敷を一目見たヘレンの第一声はこれだった。
レンの養母だったヘレン。
夫と離縁して家を出た彼女を、『幸せの幽霊屋敷ツアー』のガイド役にスカウトしてから約一カ月。
私が一緒に引率する研修期間の二週間を終えて、今日、彼女が初めてのガイド役を務めることになった。
ガイドといっても、役者のように台本を一字一句間違いなく覚える必要はない。
向かう部屋の順番さえ間違えなければ、あとは幽霊達の方で適当に演技してくれる。
私がガイドをする時は、カッチリしたブレザーに丸っこい帽子を被っているけれど、ポッチャリ系のヘレンには、あまり似合わなかった。
そこで、メイド長のような雰囲気のワンピースを仕立てて試着してもらうと、これがイメージピッタリ。
長年ここで働いている使用人らしい雰囲気が醸し出されていた。
「さて、今日から独り立ちよ、ヘレン。頑張ってね」
「は、はい……」
固くなっている彼女を笑顔で送り出し、私は最終地点でお客様が出てくるのを待つ。
きょうはリピーターの人ばかり。どんな反応が待っているだろうか……
小一時間後、目の前の扉がゆっくりと開き、ツアー客の皆様が、ぞろぞろ出てきた。
「あああ、天使様、ありがとうございます」
「……今日は一段と怖かったね」
「いつものガイドさんの、淀みなく安心感がある案内もイイ感じだが……
今日のメイドさんの素人っぽい語り口は、『事件の目撃者』みたいな雰囲気があって、妙な臨場感があったな」
……皆、一様に満足気な表情で、どうやら大好評だったようだ。
めでたし、めでたし。
「本日はお越しいただき、誠にありがとうございました。
天使様の加護を胸に、お気を付けてお帰り下さいませ」
お客様にご挨拶をして、後払いの料金を回収すると、笑顔で送り出す。
後片付けが始まる前に、私はヘレンに声を掛け、感想を尋ねてみた。
「どう? 初日の感想は」
「いや、すごく楽しかったです。
実は一回、次に行く部屋を忘れそうになったんですが、ピアニストの人がサッと横に来て教えてくれて……
おかげで困ることも無かったですわ」
素の笑顔で答えるヘレン。
一般人のお客さんには、ピアニストの姿や声は見えたり聞こえたりしないから平気だ。
屋敷の他の霊達とも上手くやってくれているし、やっぱり霊感のある人を迎えてよかったと、つくづく思う。
レンからの手紙も復活して、ジョンとヘレンにそれぞれ月に二通は届いている。
平穏に過ぎていく、マリーゼ邸の月日。
これでやっと私が屋敷を留守にしても、ツアーを定期的に行える目途がついた。
隣国だろうと、帝国だろうと、ゆっくり見て回ることができる。
……シェアリアの出身地かもしれない、帝国。
何かの手掛かりが見つかるかもしれない。
ツアーの翌日、私は家令のジェームスに、しばらく帝国に滞在できるように手配してもらおうと、彼の執務室の扉をノックした。
「ねえ、ジェームス。
私しばらく帝国に行きたいの。
そうね、1ヶ月くらいかな……
シェアリアがラバン商会に提出した身上書の出身地が、帝国になっていたのは前に話したでしょ?」
「確かに、その話は伺っております。
ただ、現時点ではシェアリアがどこにいるのか分からない状態です。
身上書については、現地の探偵等に依頼して調べさせても、結果に大差ないと思われます」
「でも、シェアリアは変装しているかもしれないのよ?
私自身が直接会って魂を見れば、すぐに見破れるけど、他の人ではそうはいかないわ」
「帝国の人口をご存知ですか? 首都は二百万人を越えているのですよ?
砂場で一粒の砂金を探すようなものです」
「じゃあ、私はどうしたらいいの……?」
「シェアリアを探しに行く前に、マリーゼ様にお伝えしたいことがあります」
そう言って、彼が棚から取り出したのは、隣国・イルソワールの住宅地図と、ファイルに閉じられた分厚い書類の束だった。
「こちらがかつてのグランデ人形館に関する資料です。
三百数十年経っているので、集めるのに苦労しました。
こちらが主に隣国騎士団の治安管理部に残っていた文献。
そしてこちらは二十年前に放火された時の新聞記事から要点を抜粋し、まとめたものです。
おそらく全てが書かれているわけではありませんが、概要は理解できます。
ジョンから聞きましたよ。
あなたがグランデ人形館の焼け跡で体調を崩し、襲ってくる霊がいたにも関わらず、戦闘不能に陥ったことを」
私は二の句を告げなかった。
あの時の私は、得体の知れない恐怖に縛られて、まともに身動きも取れずにいた。
「その時はスレイター氏が元凶を封じ込めて下さったようですが、完全に脅威が消滅したわけではありません。
あなたがそんな状態に陥ったのは、前世においてグランデ人形館で受けた仕打ちが原因でしょう。
シェアリアは狡猾な人間です。
その心の傷を解消して弱みを消し去らなければ……
どんなにあなたが強くとも、何かの拍子に隙を突かれることになるやもしれません。
一度その資料を読んで、過去の自分がどのような人生を送ったのか、知っておいた方がいいと思います。
暗い過去に向き合う辛さは私も承知しておりますから、無理にとは申しませんが……」
「……分かったわ、ジェームス。
目を通してみる。
それを私の部屋に運んでちょうだい」
忘れているのをいいことに、ずっと目を逸らしてきた、自分の過去三百年の歴史。そしてトラウマ。
こうして私は、それらと正面から対峙することになったのだ。
あなたにおすすめの小説
【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました
22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。
華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。
そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!?
「……なぜ私なんですか?」
「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」
ーーそんなこと言われても困ります!
目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。
しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!?
「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」
逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?
【完結】明日も、生きることにします
楽歩
恋愛
神に選ばれた“光耀の癒聖”リディアナは、神殿で静かに祈りを捧げる日々を送っていた。
だがある日、突然「巡礼の旅に出よ」と告げられ、誰の助けもなく神殿を追われるように旅立つことに――。
「世間知らずの聖女様」と嘲笑された少女は、外の世界で人々と触れ合い、自らの祈りと癒しの力を見つめ直していく。
やがてその“純粋さ”が、神の真の意志を明らかにし、神殿に残された聖女たちの運命さえも揺るがすこととなる。
政略結婚した旦那様に「貴女を愛することはない」と言われたけど、猫がいるから全然平気
ハルイロ
恋愛
皇帝陛下の命令で、唐突に決まった私の結婚。しかし、それは、幸せとは程遠いものだった。
夫には顧みられず、使用人からも邪険に扱われた私は、与えられた粗末な家に引きこもって泣き暮らしていた。そんな時、出会ったのは、1匹の猫。その猫との出会いが私の運命を変えた。
猫達とより良い暮らしを送るために、夫なんて邪魔なだけ。それに気付いた私は、さっさと婚家を脱出。それから数年、私は、猫と好きなことをして幸せに過ごしていた。
それなのに、なぜか態度を急変させた夫が、私にグイグイ迫ってきた。
「イヤイヤ、私には猫がいればいいので、旦那様は今まで通り不要なんです!」
勘違いで妻を遠ざけていた夫と猫をこよなく愛する妻のちょっとずれた愛溢れるお話
編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?
灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。
しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?
「股ゆる令嬢」の幸せな白い結婚
ウサギテイマーTK
恋愛
公爵令嬢のフェミニム・インテラは、保持する特異能力のために、第一王子のアージノスと婚約していた。だが王子はフェミニムの行動を誤解し、別の少女と付き合うようになり、最終的にフェミニムとの婚約を破棄する。そしてフェミニムを、子どもを作ることが出来ない男性の元へと嫁がせるのである。それが王子とその周囲の者たちの、破滅への序章となることも知らずに。
※タイトルは下品ですが、R15範囲だと思います。完結保証。
前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~
高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。
先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。
先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。
普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。
「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」
たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。
そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。
はちみつ色の髪をした竜王曰く。
「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」
番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!
悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~
咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」
卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。
しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。
「これで好きな料理が作れる!」
ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。
冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!?
レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。
「君の料理なしでは生きられない」
「一生そばにいてくれ」
と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……?
一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです!
美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!