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番外編その一 栗原さんの帰宅

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二メートルはあろうかという大きな神様の手が、ポン!と地面を叩いた次の瞬間。
私こと栗原アヤセは、自分の家の玄関のたたきに立っていた。
ついさっきまで天使の格好をして、天国にいたはずなのに……

あまりに急な変化に付いていけなくて、そのままボンヤリ立っていると、玄関のドアが開く。
玄関は広いけれど、ドアの届く場所にいたから、ぶつかりそうになってしまった。

「わっ!ビックリした……アヤセちゃん、今帰ってきたとこなの?」

「は、はい、たった今……」

声を掛けてきたのは、家庭教師の村上チヅル先生。K大学一回生で、背が高くてショートカットのキリッとしたお姉さんだ。
二人で私の部屋に行き、勉強の支度をしていると、コンコンとドアをノックする音がした。お母様だ。

「アヤセ、遅かったじゃないの……ああ、先生、今日も娘をよろしくお願いします。オホホ」

そう言いながら、高級なティーカップに良い香りのする高そうな紅茶と、有名店のフィナンシェを置いていくお母様。

うーん……お母様……ねえ。
そう呼ぶように言われてるから一応呼ぶけど……
ブランド物を着ていても、ぶっちゃけ『母ちゃん』の方が似合いそうな、庶民のルックスなんだけどね、うちのお母様。

学校で、私は良いところのお嬢様みたいに思われてる。実際、家は裕福な方だとは思う。

でもお父様が仕事で一発当ててお金持ちになったのは、私が小学校に入学したあたり。それまでは『ザ・庶民』の代表みたいな家庭だった。そして両親が、変わってしまったのもその頃だ。上流階級に加わりたいと躍起になって、私のことはお嬢様らしく育てたがっている。そんな柄じゃないのに。

そして、私は習い事を山ほどさせられ、こうして家庭教師も付けられてる。
自由な時間なんて、ほとんどない。

……そんな事を考えて、ふう、とため息をつく。

「アヤセちゃん、もし疲れてるようなら、少し休んでから授業を始めてもいいよ?」

村上先生は、よくこうして気遣ってくれる。教えるのも上手だし、先生とする勉強は楽しい。

「実はね、ここにくる途中、スーパーでこんなの見つけたの」

と、先生が机の上に色々な駄菓子が袋売りの駄菓子を、テーブルにわーっと広げた。

あんず飴、ヨーグルト、きなこ棒、のし梅etc……

「すごい!先生、私こういうの、幼稚園ぶりかも!いただきます!」

「よかった、今日初めて笑顔が見れた」

先生が微笑む。
え、私、そんな難しい顔してたっけ?

「でも、これはアヤセちゃんのご両親には秘密ね?」

……

今日の出来事が一気に思い出される。こんなこと、さすがに先生にも話せない。
お姉さんみたいな、大好きな先生。
だけど天使の仕事を引き受けて、私はこれから先生にもたくさん隠し事をするだろう。

でも、今こうして自分が自分でいられる時間、先生との『ひみつ』のティータイムは、これからも大事にしたい。
そんなことを考えながら、サクサクしたソースせんべいを一口かじった。
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