付喪神狩

やまだごんた

文字の大きさ
6 / 46
過去編―棚橋亨―

6.特殊捜査課

「自主退職――ですか」
 予想した通りだった。上層部は警察の不祥事を公にしたくなくて、敢えて処分なしとなるよう手を回したんだ。そして自分から退職するよう、説得しに来たんだろう。
 とおる東雲しののめ警視正を見た。
 目の前に座っているこの警視正は年の頃30代後半と言ったところか。警察には似合わない柔和な表情の優男だ。女にもモテそうな顔をしている。
 差し出された名刺をもう一度見る。
 
 長官官房人事課理事官 東雲裕一郎(警視正)
 
 大学を出てエリートコースをひた走ってきたキャリア様だろう。現場に出た事もなく、こうして内部の汚点を掃除して回る仕事をしてきたのは想像に易い。
 亨は唇を噛んだ。しかし、自分が犯した罪は罪だ。本当であれば懲戒解雇の上、殺人罪に問われてもおかしくない事をしたのだ。
 罪から逃げたいとは思わなかったが、こんな風に切り捨てられるのならば、いっそ潔く罪を償いたかった。
 だが、それは同時に警察の不祥事となり警察全体の信用の失墜を意味する。
 罪を償いたいなど、自分には贅沢すぎる望みなのだろう。――であれば。
「――拝命します」
 立ち上がって背筋を伸ばし、敬礼をすると、亨は東雲を真っ直ぐ見つめて言った。
「勘違いしているようだね。僕は上司に辞表を出せと言っただけだ」
 東雲は亨の思いつめた表情を見て、苦笑いを浮かべると亨に言った。
「それはつまり自主退職と言う意味であると、自分は認識しております」
「ちょっと違う」
 東雲は笑顔を作って亨を見つめて座るように促した。「立たれると首が痛くてね」と言って首を回している。
「40にもなるとね、首やら肩やらあちこち悪くなるんだよ。君も気を付けないといけないよ」
 どう見ても30代後半がいいところだと思っていたのに、40代と言われて亨は驚いた。
 亨の視線に気が付いた東雲は「妻が元エステティシャンでね――スキンケアにはうるさいんだよ」と言って自分の頬を撫でて見せた。
「そんな事よりも――だ。君は聞いた事がないかな。警察には裏の組織があると」
 東雲の言葉に亨は息を飲んだ。まことしやかに囁かれる噂の一つにそんな話があった。超常現象や心霊現象に対応した組織があると。
「私はね――表向きはその通りだが」
 東雲は亨が手にしたままの名刺に視線をやった。
「その実は、警察庁特殊捜査課と言うところで課長をしている。そこに君に来て欲しいと思っているんだ」
「揶揄ってらっしゃるんですか?そんな噂でしかない組織――あるわけないでしょう」
「噂というのはね、大抵が事実を元に囁かれるんだよ」
 亨が語気を荒げたのに対し、東雲は柔和な表情を崩さずに、しかし目には鋭さを宿して言った。
「現に君はあの現場で付喪神ツクモガミを見ただろう」
「つくも――何ですかそれは」
 亨は嫌な汗が背中に流れるのを感じた。あの日見た化け物を言っているのか?
「付喪神を見たのは君だけだ。周りには見えていない。それに気付いた君は途中で証言を変えたね?錯乱したと」
 東雲の言葉に亨は黙って頷いた。
「付喪神はね、その辺の霊とは訳が違う。神ではないが、神と呼ばれるだけあって悪霊なんかよりもっと強力な存在だ。それ故、それらを見れるのは限られた一部の人間だけなんだ。――つまり、君だ」
 東雲の言葉は嘘や揶揄いとは思えなかった。
 何故だか亨は東雲の言葉を素直に受け入れられた。不思議な感覚だった。
「付喪神は人の命を奪って力を増す。多くは自然死に見せかけてじわじわと殺すが、中にはこのように人を使って殺人を犯させる者もいる。――我々はそういう事件を扱うんだが、付喪神はさっきも言ったように通常、人には見えない。付喪神を見れる人間は私が知る限り、君を入れて後二人だけだ」
 東雲の言葉に亨は息を飲んだ。
「あと二人とは――?」
「私と――もう一人はそのうち会えるだろう」
 東雲は、亨が自分の提案を断らない事を確信した。

 後日、亨は言われた通りに辞表を提出した。
 東雲が言うには、辞表は受理されたように見えても処理はされない。
 表向きは退職したように見せかけて、亨の身柄は警察に残り、特殊捜査課へ配属されるのだと説明された。
 そして、その通り辞表を提出した2週間後、組織図から亨の名前は削除され、亨は迎えに来た如月きさらぎという男に連れられ、東雲の元にやってきた。
「棚橋亨巡査長。本日を以て特殊捜査課心霊班所属を命ずる」
 辞令は発布されず口頭発令のみだったが、亨は知らぬ間に巡査から巡査長に昇格していた。
「昇格は私からのサービスだよ」
 相変わらずの柔和な表情で東雲が言うと、亨はこの人は一体どんな立場でどこまでの権限があるのだろうと疑問に思った。
 しかし、そんな疑問を持ったままでいられるほど、特殊捜査課は甘くはなかった。
「付喪神が見えるだけでは餌になるだけだ。少なくともある程度の術を使えるようになってもらわねばならない」
 東雲の言葉で、亨は熊野山中にある寺院に連れられ、半年間監禁されて術を叩きこまれる事となり、東雲の言葉に耳を傾けた事を後悔するのだった。

「俺は大和御門やまとみかどだ。付喪神狩をしてる。東雲のおっさんから依頼を受ける事もあるが、大抵は民間の依頼だな」
 亨の次の修行の場所として連れてこられたのは、やたら背が高く切れ長の目が特徴的な美形の男の元だった。
「一年はかかると思ってたが、半年で術まてやマスターするとはねぇ――」
 御門と名乗るその男は、興味深く亨を見つめると、妖艶な微笑を向けて「東雲から聞いてんだろ。今日からルームシェアだ。部屋は空いている」と言って室内を案内した。
 高層階建てマンションの最上階にあるその部屋は、ワンフロアを丸々使用した所謂豪邸で、とても自分と変わらない年齢の男か一人で住んでいるとは思えなかった。
「ここは俺の部屋だから、とーるちゃんはここ以外ならどこ使ってもいいぜ」
 部屋を案内する間、御門はずっと亨の肩を抱いて離さなかった。
 近すぎる――亨はさりげなく御門の腕から逃れると、御門の部屋からリビングを挟んだ部屋を選んだ。
 東雲から、修行の為に御門と一緒に暮らすことを命じられた時は、警察学校の宿舎での生活を思い浮かべていたが、まるで間違う。
 御門と対峙して初めて亨は自分は色々な意味で恐ろしいところに送り込まれたのではないかと、熊野に放り込まれた時以上に、身の危険を感じたのだった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科 空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する 高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体 それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった 至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する 意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク” 消える教師 山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

愛を知った私は、もう二度と跪きません

阿里
恋愛
泥だらけのドレス、冷え切った食事、終わりのない書類仕事。 家族のために尽くしてきたエカテリーナに返されたのは、あまりにも残酷な追放宣告だった。 「呪われた男にでも喰われてこい」 そう笑って送り出した彼らは知らなかった。辺境伯ゼノスが、誰よりも強く、美しく、そして執着心が強い男だということを。 彼の手によって「価値ある女」へと生まれ変わったエカテリーナ。 その輝きに目が眩み、後悔して這いつくばる元家族たち。 「エカテリーナ様、どうかお助けを!」 かつて私を虐げた人たちの悲鳴を聞きながら、私は最愛の夫の腕の中で、静かに微笑む。